四月二十八日、昼
「…」という建物は洋館風で、突然に視界に現れた。パンフレットにはアイススケートを楽しめるとあるが、ステンドグラス風の装飾がされた重たいドアを開けると、喫茶風の館内が広がっており、とても娯楽施設のようには見えなかった。
しかし人はおらず、執事服を着た無愛想そうな中年男性が一人、面倒くさそうにグラスを拭いている。
「…一名入ります」
彼は私を一瞥した後、裏へ向かってそう叫んだ。建物は間違っていないようだと少し安心した。しかしそれから何をすれば良いのかがわからない。何も指示はない。男性は裏へと引っ込んでしまった。
仕方がないので私は、居心地の悪さを感じつつ近くの席へ腰を下ろした。館内の椅子は全て大きな黒いクッションであったので、どのような姿勢でもきっちりと身体の形に合わせてくれた。少し離れたところにあるテーブルに、どうやら客がいたらしい形跡を認めた。コートから女性だろうと思う。ぼんやりとそれを眺めていると、その奥に暗い階段があることに気がつく。上階へ続く階段ではなく、地下階段である。私は何となく、その階段を降りねばならないような気がした。
気まずそうに周囲を見回した後、私はそっと階段へ近づいた。もしかするとこの下にスケートリンクが広がっており、インストラクターがやあ、やっときましたね、と笑顔を向けてくれるかもしれない。そう思って手すりに手をかける。
階段は幅が狭く、螺旋状に続いていた。遠目に見たときは明るく見えたのに、降りれば降りるほど暗くなる。照明が一切なく、目を開けているも閉じているも同じほどである。手すりを頼りに、足場を探りつつ、階段を降りていく。と、同時に頭が重くなってゆくことに気づく。分厚い眠気がずっしりとのしかかり、まぶたがぐいぐいと降りてくる。もはや手すりにもたれる形で、私はついに階段を降り終えた。
私が期待していたものは無かった。そこは埃っぽい、コレクションルームのように見えた。ショーケースが並び、小さな正方形に描かれた絵が等間隔で展示してある。展示とは言っても、説明書きのようなものは一切なく、相変わらず照明もない。夜目が効いてきた私はかろうじてそれらの輪郭を捉えることができた。
なるほど、作品の形式は全て同じだが、作者は全て違うらしい。まぶたは今にも閉じてしまいそうで、黒い影ののしかかった頭を抱えていたが、私は作品を見ようとした。私は来てはいけないところへ来てしまったのかもしれない。二つ目の作品をじっと見つめながらそんな感覚を覚える。無理やり絶たれそうになる意識を全て作品を見ることに集中させることで、何とか今にしがみつく。三つ目の作品を見る。足音がする。見ると、微かに光射す上階から先ほどの男性の脚が、ゆっくりと、歩を進めて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます