第14話 祭りのあと(二)
早速、
「ワッショイ! ワッショイ!」
と言いながら旗を振ります。ワクは右の後ろ、センタは左の後ろを担当しました。最初はコツがつかめず、やたらに肩が痛いだけでフラフラしていましたが、少しずつ慣れてきました。この分なら、明日も練習すれば本番は何とかなりそうです。
練習後、神輿を地面に置くと、上に乗っていた若者が飛び降りて、駆け寄ってきました。
「やあ、ありがとう! 君ら、上手いな。初めてとは思えんよ。」
「いやあ。」
モジモジする二人。手の平はヒリヒリしています。
「俺、コウサク。あの二人は、ショウとユウ。」
「俺、ワク。」
「センタ。」
コウサクたち三人は、宿の二人の部屋へついて来ました。皆で酒を酌み交わして盛り上がります。ショウとユウは未成年なので、果物水ですが。コウサクはワクよりひとつ上の二十五歳。ショウとユウは十九と十八。みんな盛り上がるのが楽しい盛りなので、夜が更けるのも忘れてワイワイと大騒ぎ。終いに女将さんが注意に来ました。
「こら、あんたたち! いい加減に引き上げなさいよ! お客さんは今日お着きになったばかりでお疲れなんだよ。コウサク、あんたが下の子たちの見本にならないでどうするの!」
「うひょ! はーい。」
コウサクはペロリと舌を出し、
「うちのお袋とここの女将が一番怖いだよう。」
と大げさに震えて見せました。ワクとセンタは大笑い。
とにかく、思いがけず祭りに参加する機会を得て、しかも気の良さそうな仲間もでき、二人は大満足で床につきました。
翌朝、さっそくまたコウサクが宿にやって来て、御守り作りもやってみないか、と二人を誘いました。お祭りと御守り作りの両方に関われば幸運が舞い込んでくる、という言い伝えが昔からあるそうです。例の、神社で売っていた御守りです。祭りの時には、出店で観客向けに売っており、近隣の集落からも買いに来るとのこと。二人は迷わず、御守り作りにも参加することにしました。
布の染色、裁縫、紐の結わえ付けなど、色々な工程がありますが、どれも仕上がりの見た目を左右するため、初心者には難しいのです。そこでワクたちは、何やらキラキラ光る断片を、御守り袋の中に一定量ずつ入れていく作業をあてがわれました。聞くと、そのキラキラは金箔を細かく千切ったものだ、とのこと。どうりで値段が高いわけだ、と二人は納得しました。
そしていよいよ祭りの当日。
ワクとセンタも、祭りの制服とでもいうべき
「よう似合っとるじゃねえか。」
村の長老にも、恰好についてだけはお墨付きをいただきました。
よく晴れた秋空の下、神輿をかついで朝から村中を練り歩きます。赤い神輿と青い神輿はそれぞれ別々の順路を辿り、途中で一度だけすれ違います。すれ違いざま、お互いに、
「ドッコイサー! ドッコイサー!」
と声援を贈り合います。その瞬間が祭りの山場でした。その練り歩きを、朝、昼、夕方と、合計三回行います。一回目は朝の爽やかな空気の中、心地よく周りました。二回目は食べ過ぎた昼食の後で、腹が重いのを感じながらも、何とか乗り切りました。三回目になると、ワクはもうかなりヘトヘトで、腰が砕けそうでした。それでも最高に気持ちの良い一日を過ごせて、ワクは大満足でした。すぐ左隣には、センタがいます。彼もくたびれて息が上がっている様子ですが、笑顔でした。
夕暮れ空にたくさんのトンボが映える中、ようやく神輿の練り歩きは終わりました。見物客はそろそろと引き上げようとし始めています。
ワクは、心の底から満たされた気分でした。
センタは――。センタも楽し気に笑ってはいますが、その視線はちょくちょく、不自然に見物客の方に注がれていました。若い夫婦の家族連れや恋人同士の観客が多かったのです。センタは――おそらく無意識に――そういう人たちを見ていました。それに気づいてワクは、心の中で静かにうなずきました。その時が近づいているのだ、と思いました。
祭りの終わったその夜は、宴会です。ワクたちが宿泊している宿屋の大広間を使って、村民のほとんどが顔を出し、大賑わいでした。
コウサクはワクとセンタに酒を注ぎながら、
「いやあ、最高だったて! 本当、良かった。
などと言って二人を
翌朝、遅めに起きた二人は宿を出ました。
別れ際、見送りに来ていたコウサクが、思わぬお土産をくれました。それは、あの御守りです。
全種類の色を手に持って、
「ほら、一つずつやるだよ。好きな色を選べよ。」
ワクは深緑色、センタは山吹色を選びました。
「ありがとう! これ、高いのにな。」
「いやあ、助かっただもの。大事な祭りだからな。おめえらは恩人なんだよ。こんな御守りの一つや二つ、安いもんだ。」
二人にしてみれば、すべてただで楽しい経験をさせてもらって、おまけに高価なお土産までもらって、本当に言うことなしです。
宿の前で、コウサクは二人が見えなくなるまで、手を振ってくれていました。
祭りが終わった後というのは、いつでもとても淋しいものです。加えて、今日はもう夕暮れ時なのに、集落にたどり着けそうな気配はありません。野宿になりそうです。
野宿自体は、二人は慣れっこですので、どうということはありません。秋の夜は少し肌寒いですが、何とかなります。ただ、昨日が大広間での大宴会だっただけに、その落差に、ワクは侘しさをひしひしと感じていました。
昼に採った魚を焼いてたらふく食べた後、ワクはコウサクからもらった御守りを取り出しました。表に大きく縫い込まれている文字を見て、
「大願成就だとよ。楽しかったよな。」
「うん。」
「…。」
「大願か。願い事、かなうのかな。」
センタは心なしか沈んでいます。その横顔を見て、いよいよだと思い、ワクは切り出しました。
「いいよ。」
「…何が?」
「帰れよ、あの子のところへ。」
驚いてワクを見つめるセンタ。目が潤んでいます。
「キミちゃんのところへ。今ならまだ間に合うだろう。」
「い、いや。もう俺のことなんか忘れてるよ。」
「そんなわけないだろ。」
「そ、そうかな。」
「お前は自分で気づいてないだろうが、お前、いつも夫婦連れや恋人同士を見ているぞ。祭りの会場でもそうだった。」
「…。」
「見ちゃいられねえよ。痛々しくて。まだ半年そこそこだ、別れてから。今から戻りゃ半年後には着くだろう? 十分大丈夫だ。」
「でも、俺には、住みやすい理想の地を見つけるっていう使命があるんだぜ。」
「一緒に見つければいいじゃないか、キミちゃんと。」
センタは黙って袖で目を拭いました。普段は決して静かな性質ではないセンタが、静かに涙を流している。それだけ想いが深いのだと、ワクは感じずにはいられませんでした。ワクはセンタの肩を力いっぱい抱き締めました。それを合図に、センタは声を上げて泣き始めました。
翌朝、別れ道で二人は、それぞれの方向に別れました。
別れ際、ワクとセンタはお互いをしっかりと抱き締めました。かけがえのない相棒を失う淋しさ。これまでの様々な場面が頭をよぎります。
「幸せになれよ。」
「お前もな。」
「あ、でも、もしキミちゃんに振られたら、戻って来て俺に追いつけ。」
センタはいたずらっぽい目つきで笑いました。
しばらく歩いてから振り返ると、センタも立ち止まってこちらを見ていました。
「センター!」
「ワクー!」
手を振り、名前を叫び合う二人。
秋も終わりに近づき、本格的な冬の到来を予感させる風が、全身に吹き付けます。ワクはぶるっと身震いをして、再び歩き始めます。
山は相変わらず、その形の良い頭をちらりと覗かせています。
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