第13話 祭りのあと(一)

ある日の真夜中。

ワクとセンタは、野宿の焚火をはさんで向かい合い、なにやら真剣に話し込んでいます。

「いや、ぜってえさっきの子の方が可愛い。」

「いや、昨日の子がいいさ。」

珍しく意見が食い違っている二人です。

「どこをどうとっても、さっきすれちがったあの子だ。」

「だって、昨日の子はめちゃくちゃ色白だったぜ?」

と、ワクは思い出すような表情をして、

「おまけに優しいときてる。」

「へっ! 優しいかどうかなんて、どうして分かるんだ? すれ違っただけなのに。」

「俺くらいになると分かるのさ。顔つきを見りゃな。」

センタは笑いを堪えるようにして、

「よく言うぜ。恋人の一人も出来たことねえくせに。」

「お前だってそうだろうが!」

センタはなぜか急に勢いを失って、

「…ああ、そうだな。」

それきり、しばらく言葉を発しませんでした。

ワクも黙って、焚火の炎に赤く照らされたセンタの顔を一瞥した後、あらぬ方を眺めていました。

焚火の炎は、暗闇の中、赤く赤く燃え盛ります。


夏の終わり。

見通しの良い一本道が続いています。遥か前方には森。その森からここまでの間、道の両脇に、まばらに樹々が立ち並んでいます。山は、森の向こうにある山脈の、さらに向こうから、小さく頭だけを覗かせています。

さっきから、道沿いに二体並んだお地蔵様に向かって手を合わせている二人。二体は夫婦のように見えます。センタは拝み終わった後も、何かを思う風に、無言でしばらくお地蔵様たちを見つめていました。

前方に人影が見えて来ました。男女二人のようです。道端にしゃがみこんでいます。

通り過ぎざま、ワクとセンタは顔を見合わせました。何か困り事でしょうか。

「あの。」

二人は同時に声を出しました。

「どうかしたんですか?」

センタが問いかけると、男性の方が、

「いや、実は草履の鼻緒が取れまして。直そうと思っているんですが、藁の持ち合わせもないし、あまり得意じゃないもので…。どうしたもんかな、と思っているんです。まあ、無理して歩けないこともないが。」

ワクとセンタは顔を見合わせました。そういうことなら得意です。二人も先日、自分たち用に草履を作ったばかりで、藁の余りもありました。

偶然にも、彼ら二人の鼻緒がほぼ同時に取れたとのことでした。ワクとセンタは、それぞれ一足ずつ、修理をしてやりました。

「やあ、ありがとうございました。おかげ様で助かりました。」

「いえいえ。お二人はご夫婦ですか?」

とセンタ。

「ええ。いや、正確にはまだで。これから結婚の段取りを進めていくところですよ。今日は仲人さんのお宅へ行く途中なんです。」

「へえ、そりゃ、おめでとうございます。」

「ありがとう!」

二人は顔を見合わせて笑いました。その笑顔からは幸せがこぼれ落ちそうでした。男性はワクたちよりも少し年上、女性は同じくらいかと思われました。

並んで歩き去って行く男女の背中を、ワクとセンタはしばらく立ったまま眺めていました。

その時のセンタの表情に、ワクはセンタの切ない気持ちを見て取りました。


秋の夕暮れ。

ワクとセンタは小さな村にさしかかりました。

「…いや、そうじゃないよ、君。それは君が間違っているね。分かっちゃいねえよ。」

「いやー、お前はどうしてそう頭が悪いかなあ? だからな、いいかよく聞けよ…。」

さっきから些細なことで軽い言い争いをしている二人。まあ、いつものなのですが。

日暮れ時。村の入り口辺り。二人は、小さな神社を見つけました。

「お、ちょっと寄って行こうぜ。」

センタが言います。

「おお。」

二人は言い争いのことはたちまち忘れ、仲良く神社の鳥居をくぐって行きました。

参道――といってもごく短いのですが――その参道沿いに小さな掲示板があります。三日後に開催される、三年に一度の村祭りの案内でした。

「三日後か。今晩なら見に行くところだけどな。」

祭りはワクの地元でも行われていましたが、年齢的に参加したことがなく、祭りに興味はあります。少し残念な気がしました。

境内の脇にある無人販売の台には、御守りが売られていました。絵柄自体は特に変わったところのない感じですが、たくさんの色から選べるようです。

「へー、珍しいな。いろいろな色があるぜ。」

「大願成就だから、一つずつ買っていこうか。」

「ああ。」

気軽にそう言ったものの、値段が意外に高く、二人は躊躇しました。それでも心惹かれるものがありましたので、一晩ゆっくり考えて、明日、買うかどうかを決めることにしました。

村に一軒しかない小さな宿に荷物を置くと、宿の女将さんが言います。

「お客さんたち、失礼ですが、おいくつでいらっしゃいます?」

「え? ああ、俺は二十四、こいつは二十三ですけど?」

「まあ、ちょうどいいわねえ。」

「?」

それっきりその話題には触れず、女将さんは一通り宿の案内を終えると、部屋を出て行きました。

再度部屋を訪れた時、女将さんは言いました。

「お客さんたち、祭りには興味がおありでないですか?」

「ああ、ありますあります。神社の掲示板で見たんだが、祭りは三日後だってんで、残念に思ってたんですよ。」

センタが答えます。

「そうですか。それは。今晩と明日の晩は、若い衆が神輿みこしの練習をするので、よかったら見物なさいません?」

「へえ、面白そうじゃねえか。ワク、行こうぜ。」

「ああ。」

夕食の後、二人は神輿練習の様子を見物に出かけました。

日が暮れた広場に、明かりが幾つか灯されただけの薄暗い中。小さな神輿が二つ、前後に並べて置かれています。前が赤い神輿、後ろが青い神輿でした。見物人は少しで、ほとんどが子供でした。

やがて、暗い中、赤い方の神輿に一人の若者が乗り、四人の若者が担ぎ上げました。小さい神輿ですが、なかなか華やかな飾りです。若者の威勢の良い「ワッショイ!」のかけ声に合わせて広場の中を練り歩く様子はちょっと魅力的でした。

が、青い方の神輿は、いつまでたっても動く様子がありません。不審に思ってよく見ると、若者はあと三人しかおらず、人数が足りていないようです。三人の若者は、ただぼうっと赤い神輿を見ています。遅れて来る仲間を待っているのでしょうか。

すると、三人の若者の一人が、ふいにワクたちの方へ歩み寄って来ます。

「あの、いきなりこんなこと言うのはどうかと思うんだけど…。」

「はい?」

「俺たちの神輿を、一緒に担いでもらえないかと思って…。」

「え! いいんですか?」

するとやはり、人が足りないのでしょうか。でも、通りすがりの部外者が、村の大事な神輿を担ぐなんて…。

「俺たちでいいんですか?」

ワクが聞くと、

「ええ、手伝ってくれたら、すごくありがたいっす。うちの村には、神輿をやるような年頃のやつが十人いるんで、本当なら二つの神輿を上げられるんだが、今年は、一人が他所へ勉学に行っちまってて、もう一人、怪我をしたやつがいるんで。二人も足りないとさすがに無理かなと思って、今年は赤い神輿だけにしようか、なんていう意見も出ているところなんです。でも、本来は二つの神輿が揃ってこそ、うちの村の祭りなんで…。」

「俺たちでいいなら、喜んで!」

「本当ですか!」

「ああ。」

そんなわけで二人は、急遽、祭りに参加することとなりました。一泊だけの予定でしたが、迷わず三泊に変更すればいいだけのことです。二人はワクワクしてきました。

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