第11話 友の想い(一)

それからも二人は、時には口論したりしながらも、仲良く肩を並べて旅を続けました。

足首をくじいたワクを、センタがきめ細やかに手助けしたり、熱を出したセンタを、ワクが寝ずに看病したり。ワクがセンタに、草履の作り方を教えたり。

そんなふうにして、二年半ほどの月日が流れました。


初夏の頃。

茶店に並んで腰かけ、焦がし胡麻団子を頬張る二人。

「いやあ、それはな、こういうことだ。よく聞けよ。…」

「ん? なんだか違わねえか? だって、そうだとしたら…。」

先ほどから熱心に議論する二人。が話題は正直、どうでもいいことでした。適当な話題で会話を楽しんでいるだけです。いわばです。二人にはよくあることでした。

「…だったら、断然そっちの方がきれいに整うはずだろうがよ? え? どうなんだよ?」

ワクが得意気にまくしたてます。

「…。」

「ん?」

「…うん、きれいだ。」

「あ?」

センタは頓珍漢な返事をして、そのまま硬直していました。目つきが変です。

ワクは、センタの目線の先を見やりました。

若い娘。蜜柑色の着物がよく似合います。センタは彼女をぼーっと見ているのでした。

と、その娘が、持っていた財布から、お金を落としました。

「あっ。」

その瞬間、センタはぜんまい仕掛けのようにピンと跳ね上がって、娘に駆け寄り、ぶちまけられたお金を拾い集め始めました。

呆気に取られてその光景を見ていたワクは、やがてはっと気づき、自分も手伝おうとしました。が、センタは何となくワクを遮るようにして、すべてを自分が拾おうとします。

(なんだ、こいつ。どうしちまったんだ?)

拾い終わるとセンタは、やはりぜんまい仕掛けのおもちゃのように、お金を載せた両掌を娘に差し出しました。

娘は、センタの勢いにやや戸惑いながらも、

「ありがとう。」

と微笑みます。

その時のセンタの顔。目じりが下がり、とろけそうな表情でした。それを見てワクはようやくピンと来ました。

(ああ、こいつ、この子に惚れやがった。)

一目惚れ。

自分自身もナズナに対して一目惚れに近かったので、その気持ちはよく分かりますが、他人が自分の目の前で一目惚れをする瞬間を見たのは初めてでした。


その翌日、二人は別の場所で、この娘を見かけました。雑貨屋の前をほうきで掃除しているところでした。この店の娘か雇い人なのでしょう。

センタは、この町にもう少し滞在したいと言い出しました。

「いいだろう、少しくらい?」

「うん、まあいいけどよ。」

そして、大した用事もないのに、雑貨屋に通い始めました。必要のない道具類を次々に買ってくるセンタ。ワクはそれを呆れながら見ていました。

が、そのおかげで、センタは娘と懇意に話ができるようになりました。彼女はこの店の娘で、名前をキミといいました。キミはセンタのことを「センちゃん」と呼びます。時々、つぶらな瞳でにっこり笑って、

「…ね、センちゃん。」

などと言われるたびに、センタは芯からとろけそうな顔になるのでした。

そんなある日。

センタはいつものとおり、雑貨屋に来ています。今日はワクも一緒でした。できるだけ時間をかけて、今日は何を買おうかと考えていると、

「いやよ!」

キミの声でした。奥から聞こえるようです。

「うるさい! お前は黙って俺の言うことに従えばいいんだ。」

「それって、ほとんど犯罪でしょ!」

「シっ、声がでかい!」

それから、会話の声が小さくなり、はっきりと聞こえなくなりました。会話は続いているようでした。

ワクとセンタは、顔を見合わせました。

「犯罪だってよ…。」

しばらく沈黙する二人。

「こんにちは、いらっしゃい。いつもありがとう。」

キミは店に出てくると、何事もなかったかのように笑顔で応対してくれます。今日は、使いもしない調理用のお玉杓子を買うことにし、支払いを済ませたとき、センタはキミに声をかけて、店の外へ連れ出しました。

「俺たち、さっき聞こえちまったんだ。」

「何が?」

不安そうなキミ。

「その、は、犯罪とかなんとか――。」

「!」

その瞬間に、店内から大声が響きました。

「キミ! キミ! どこへ行ったんだ! キミー!」

キミは小声で、

「行かなきゃ。」

「あとで会えないか?」

「じゃあ、三つ目の角を曲がった先の広場に、お昼に。」

「分かった。」

センタは迷いなく、キミと会う約束を勝手に決めてしまいました。キミが店内に入って行った後、センタはワクに言いました。

「悪いな。勝手に約束を入れちまって。ちょっと付き合ってくれよ。」

「ああ。」

ワクは、センタの気持ちが分かっていましたので、大人しくセンタに従いました。

「すまねえ。」

センタは下を向いて、照れを隠しているように見えました。


昼にキミから聞いた事情は、ざっとこんな内容でした。

キミの父親はキミの本当の父親ではなく、母親の再婚相手である。その母親は一昨年、亡くなった。後に残された、母の母、つまりキミの祖母とキミが、義理の父親の経営する雑貨屋に住まわせてもらっている身。義父にしてみれば、二人とも血のつながらない相手であり、食わせてやっているだけ有難いと思え、という態度で、かなり辛く当たられている。かといって、年寄りで体が弱っている祖母を連れて逃げ出すことは難しく、仕方なくここにいるのだとか。そうしているうちに、最近父親は、他の近隣の店に関する悪評をわざと流して、客を自分の店に独り占めしようとし始めた。その片棒をかつがされつつあるのだとのこと。

キミは、話しながら悔しそうな顔をしていました。

「私ひとりなら、こんな家、さっさと出ていくんだけど。おばあちゃんを置いて行けないから。」

「一緒に出て行けばいいじゃねえか。」

「出て行くとなったら、お父さんは反対すると思うの。これでも店の役には立っているし。かといって、こっそり逃げるには、おばあちゃんの体が…。もうとしだから、そんなに長い距離は歩けないわ。ましてや、追われて逃げるなんて、無理。」

キミの話を聞きながら、センタの決心が音を立てて固まっていくのが、ワクの耳には聞こえるようでした。もうすっかり、自分がキミを助け出すつもりでいるのです。

(仕方がねえな。もし俺がこいつの立場だったら、やっぱり同じことを思っただろう。)

ワクとセンタは、その午後、宿で作戦を練りました。唯一の問題は、おばあさんを連れ出す方策です。それをなんとか考えなければなりません。

「まさかずっとおぶって行くわけにもいかねえしな。」

「いや、何なら俺、おぶって行くぜ。」

センタは何とも鼻息の荒いことを言います。

「まあまあ、いくら何でももう少しましな方法を考えよう。…あの雑貨屋に、戸板があったな。外して立て掛けてあった。」

ワクが言います。

「ああ、俺も見たぜ?」

「あれにバアさんを乗っけて運ぶか。」

「え!」

「うん、それしかあるまい。」

センタは呆れ顔。

「ええと、ちょっと言いづらいんだが…それってましな方法なのか?」

ワクの、大胆な発想――いや、薄っぺらというべきでしょうね――その発想にはさすがのセンタも驚いた様子でした。

「うん、我ながらいい作戦だ!」

ワクの自信たっぷりの宣言に、センタは笑い出しました。

「あははは! こいつぁ面白えや! お前は底なしの阿呆だ!」

「だけど、あれにバアさんを乗せたら、さすがに壊れるかも知しれねえな。」

ワクが言うと、

「よし、補強しようぜ!」

今度は、当たり前のようにセンタが言います。センタはセンタで、キミのためなら何だってやる勢いで、恐ろしく前のめりです。

今度は二人は町中まちなかをぶらつきながら、戸板を補強する方法を考えました。するとセンタが、ある店の中へ、すっと入っていきます。

「こんちは! おやっさん、ここらで一番の材木を扱っている店だと聞いてきました。おれたち、丈夫で大きい板が一枚、急ぎで必要なんです…。」

ワクは店の前で待っていましたから、店の主人とのやりとりがよく聞こえませんでしたが、何となく良い雰囲気で、笑い声が店の外にも響いてきました。

出てきたセンタは、ワクに言いました。

「オッケーだ。板を一枚、もらえることになった。」

「もらえる?」

「ああ。それと、カナヅチやなんかの道具と、作業する場所も貸してくれる。」

ワクは改めてセンタの手腕に感心しました。

「いったい、どういう風に話をしたんだよ?」

「いや、正直に事情を話しちまった。そしたら、えらく同情してくれた。」

「店の名前も言ったのか?」

「それはさすがにボヤかした。」

「…。」

ワクは言葉がありませんでした。

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