40・罠
礼拝堂地下で図書室(そう呼ぶことが暗黙の了解となっている)を発見した日から三日間の夜は、私はリーゼルの部屋に泊まった。というのもムスタファが夜中にフェリクスと魔法の特訓をしていたからだ。
その間部屋にひとりにしておくのは心配だという懸念が、ムスタファとフェリクスの両方にあり、そういうことになった。フェリクスは母国との連絡を一旦再開したものの話はやはり平行線で、以降は完全に無視している。そのため大使や密偵仲間に厳しく叱責され続けているそうだ。
フェリクスとリーゼルがシュリンゲンジーフに行くための手筈は整い、あとはいつ出発するかを決めるだけ。それはムスタファとフーラウムの対決の行方を見てから考えるという。
そうしてムスタファが父親と話すときがついにやって来た。彼は第一王子として正式な面談を申し込み、立ち会い人としてのエルノー公爵と、側近としてのヨナスさんと私の同席を求め、全ての許可が降りたのだった。
ヨナスさんと私はフェリクスが魔法で細工した、ブローチにしか見えない鏡を胸につけた。私は普段装身具を身につけないから怪しまれないよう、陛下の御前に出る正装との設定で、ムスタファに借りた髪飾りもつけている。更に凄ワザ魔法が私にかかっていて、私が聞こえたものがフェリクスにも聞こえるようにもなっている。
フェリクスの部屋にはリーゼルさんだけでなくオーギュストとクローエさん、休暇をとったレオンが詰めている。木崎は綾瀬に仕事に出ていろと言ったのだけど、綾瀬は頑なだった。
私たちが呼ばれたのは、国王の執務室そばの小ぶりな部屋だった。政務の合間に休憩するための場所のようだ。豪奢な長椅子にはやつれて顔色の悪いフーラウムが座り、傍らにはひとりの近侍とひとりの護衛──なんと、カールハインツがいた。
カールハインツとはムスタファが意識不明から回復したあとに一度だけ話した。『殿下がお目覚めになられて良かった』と言ってくれたのだが、どことなく不自然な表情をしていた。きっとムスタファの嚇怒のせいだろう。私もなんとなく気まずくて、礼を言っただけで会話は終わった。
なんでこんなときに限って護衛が彼なのだ。ムスタファも嫌だったみたいでフーラウムに退出させてほしいと頼んだ。だけどダメだった。
フーラウムの向かいにムスタファとエルノー公爵が座り、その背後にヨナスさんと私が控える。
「陛下」とムスタファが呼び掛ける。
「よい、分かっている」とフーラウムが片手を上げて息子を制した。「そこの侍女見習いと結婚したいのだろう。聞いている。書記官としての能力が高いということにしてエルノーが支援していることもな。構わん、好きにするがいい。ただし王位継承権は放棄しろ。大公位をくれてやるから都から離れて政治に関わるな」
ん?
フーラウムがそのような用件と誤解している可能性は考えていたけど、随分と物分かりがいい。ムスタファが国費横領を暴かなければそれでいいということなのか。
「私は長くなさそうだ。王位はバルナバスに譲る」
フーラウムはそう言って、追い払うかのように手を振った。その様子に嘘はなさそうに見える。ということは、彼は不死ではないのだろうか。
「……ありがたい話ですが、用件はそのことではありません」とムスタファ。
『ありがたい』のかと、こんな時なのにどぎまぎする。
「違うのか」とフーラウム。「だがお前と他に話すことなぞない」再び手を振る。
ムスタファが振り返り、手を出す。その手にヨナスさんが巻いた紙を載せる。
「こちらを見つけました」
ムスタファはそう言って、紙を広げてフーラウムの前に置いた。図書室にあった、あの警告文だ。
「これはどういったものでしょう」
まずはファディーラ様の名前を出したり、ムスタファの魔族の血については触れないで様子を見る作戦だ。
フーラウムは身をのりだしてそれを見た。
「……何だ、これは。私の名前ではないか」
眉間に皺を寄せて文を何度も読んでいる。思いもよらぬ反応だ。
彼は顔を上げてムスタファを見た。
「意味が分からん。不穏な内容のようだが、何なのだこれは。何故私の名前になっている」
心底不思議そうな顔。
「それは私が訊きたいことです」
「私はこんなものは知らぬ。署名は私のものに見えるが偽造だろう」
「惚けないでください」
「惚けてなぞおらん。本当に知らん。お前はこれをどうしたのだ。『これ』とか『滅ぼされた者』とかは何だ」
そっとヨナスさんを伺う。戸惑いの表情をしている。
「これは」とムスタファ。「偶然にあるところで見つけました。禍々しい気を放つ水晶のような珠があり、その前に置いてあったのです。陛下が書いたのでしょう?」
「私は知らぬと言っている。あるところとはどこだ」
「……本気で言っているのですか」ムスタファの声にも戸惑いが見られる。
「嘘をつく必要などない」
「……」
ムスタファが沈黙する。フーラウムが惚けるかもとは考えていたけれど、本当に知らないような態度だ。ムスタファはどうするか思案しているのだろう。
と、彼は振り返りヨナスさんに手を出した。ヨナスさんはやや躊躇ったものの、もう一枚の巻いた紙を渡した。
「警告文にある触れてはならない『これ』は先ほども言った巨大な水晶の珠のようなものです。心当たりはいかがですか」
「知らん」フーラウムは近侍を見た。「お前はそんなものを見たことがあるか」
いいえと答える近侍。彼もことの成り行きに困惑しているようだ。
「その珠の中には、母の額飾りが入っていました」
とたんにフーラウムは顔をしかめた。
ムスタファが紙を広げる。フーラウムが描いたファディーラ様のデッサンだ。
「この飾りです」とムスタファが指を指す。
フーラウムは左手でこめかみを押さえた。
「しまえ、不愉快だ!」
「大事な話です。災いをもたらすというものに母の額飾りが入っている。このままにはしておけないでしょう」
「私も同意見です」とずっと口を閉ざしていたエルノー公爵が言った。「一体それは何なのか。臣下の私がこのようなことを申し上げることをお許しいただきたいのですが、陛下のご存命中に解決せねばなりません」
「だから私は何も知らん」
「では陛下はこの絵の額飾りは何を見て描いたのですか」
ムスタファの質問にフーラウムのしかめ面が消える。
「……この絵を私が描いたというのか」
「そのように聞いています」
フーラウムはわざとらしいまでに大きなため息をつき、こめかみを指で叩く。
「不愉快極まりない!」
「陛下。ご気分を害して大変に申し訳ありません。ですが……」
エルノー公爵の言葉をフーラウムが手で遮る。
「あの女のことを考えるだけで腹立たしい!」
「ですがあなたがどこかからお連れになった方でしょう」とエルノー公爵。
「知らぬ!」とフーラウム。
子供か、とツッコミたくなる。
再び盛大なため息をついてからフーラウムは嫌悪感丸出しの顔を息子に向けた。
「私はあの女におかしな術で操られていた。彼女が死んだことにより、その術が完全に解けたらしい。術にかかっていた間の記憶があやふや──というより、ほぼないのだ。思い出すのは騙されていた怒りだけだ」
あまりに予想外の言葉だった。
部屋に沈黙が降りた。
「本当だ」とフーラウム。
「……ですが母には魔力がなかったのではないのですか」
尋ねるムスタファの声が掠れている。顔は見えないけれど、動揺しているのは確かだ。
「そう思われていたようだが事実とは限らない。彼女が隠していただけかもしれない。でなければ彼女に仲間がいたか」フーラウムは険しい表情を崩さない。「どのみち私を操っていたことは間違いないのだ。でなければこれ程までに記憶がないはずがないではないか。その書状にあの女が関わっているのならば、私が書いたものなのかもしれない。覚えがないだけでな」
これはどう考えればいいのだろう。一度退いて作戦を練り直したほうがいいのだろうか。
「陛下」
ムスタファの声が平静に戻っている。さすが木崎、立ち直りが早い。
「母を殺したのはあなたですか」
「っ!」ヨナスさんが声にならない叫びを上げた。
私も耳を疑う。ムスタファは今、なんて。ものすごく核心をつくことを尋ねたように聞こえた。
フーラウムはますます人相を悪くしている。
「馬鹿馬鹿しい」
「感想を訊いているのではありません。殺したのかどうかを尋ねているのです」
「あの女は出産で死んだのだ。私が彼女の侍女と再婚したことで、事実無根の噂が出回った。そんな与太話を信じるな」
「ですが母からは心臓と血が抜き取られていたと聞いています」
「なんだその怪談じみた話は」
フーラウムは初めて聞いたかのような顔をしている。
「あなたも母のその状態を確認したと聞きましたが」とムスタファ。
「知らぬ。──いや、それも忘れていることなのか」フーラウムの声に不安が混じった。「だがそんなものを何のために取るのだ。どうせ私とパウリーネをやっかんだ者の虚言だ」
「殺していないというのですか」
「いくら彼女が悪女だったとはいえ、出産を終えたばかりの女を殺そうなんて考えん。お前は私を何だと思っているのだ」
ムスタファがゆっくりと振り返った。困惑で情けない顔になっている。
ヨナスさんが
「発言してもよいでしょうか」と言った。
「構わん」
「ムスタファ様は、邪魔な王子である自分もいずれファディーラ様のように殺されるのではとお考えになられています」
「邪魔だからなんて理由でいちいち人を殺したりはせぬ!」
解せぬと不満そうにぶつぶつ言うフーラウム。
これは本心のようだ。
となるとファディーラ様を殺したのはフーラウムではない。不死でもなさそうだ。
だけど当時の記憶がないのならば、殺したことを忘れている可能性だってある。
──だめだ、混乱してきた。どれが事実でどれが違うのか。
再び正面を向いたムスタファが懐から鏡を取り出した。奥の手として用意していたものだ。それをフーラウムの前に置く。
「こちらには魔法がかかっています」とムスタファ。「映っているのは、その警告文があった部屋です」
青銅の扉から映したものだ。中央に威圧的な檻がある。それを覗き見たフーラウムは再びこめかみに手を当てた。顔が歪み息が急激に荒くなっている。そして。
「ファディーラ……!」
小さな声でそう叫んだかと思うと、突然テーブルに突っ伏した。
近侍が駆け寄る。
「陛下、陛下!」
起こされたフーラウムは真っ青で苦しげな顔で、脂汗も浮かんでいる。
「まずい。魔術師を!」
近侍の言葉にヨナスさんが部屋を飛び出して行く。
「……こいつの口から初めて母の名前を聞いた」
ムスタファがそう呟いた。
◇◇
「謎が深まるばかりだな」
フェリクスの言葉に返事はなく、黙ってうなずく人が何人か。
彼の私室にヨナスさんを除いた全員が揃っている。中央の卓には会談の様子をリアルタイムで映していた鏡がふたつある。さらにフェリクスが私を通じて聞いた内容を口述していたから、ムスタファ対フーラウムの内容は全て把握できているそうだ。
そしてフーラウムの予想外の反応に、誰もが戸惑っている。
倒れたフーラウムは魔術師の治癒魔法を受け顔色は良くなったものの、意識は取り戻さなかった。私たちが認識しているよりずっと衰弱していたらしい。近侍がムスタファに、心構えをしておいて下さいと伝えていた。
下手をすると全てが謎のままになってしまう。
扉をノックする音がしてヨナスさんが入ってきた。
「話は聞けたか」と尋ねるムスタファ。
ヨナスさんはええと答えて彼のとなりに座る。
「侍従長と上級魔術師団の古参に。みな陛下がファディーラ様に操られていると思ったことはなかった、と。ですが操られていなかったとも断言はできないそうです。どのみちそんな話は初耳だと、驚いていました」
「母の魔力については」
「調べるようなことはなかったので、嘘をつくことは可能だったろうとのことです」
「調べないのか」とフェリクス。「うちの国は王族の結婚相手どころから、城に勤める者は全員調査対象だぞ」
リーゼルがうなずく。
「まあ、留学生の私のことも調べなかったか。おおらかなお国柄なのだな」
「とにかくフーラウムの話の筋は通る、ということだな」とムスタファ。
「事実かどうかは別として」すかさずヨナスさんが言った。「陛下の記憶の喪失がファディーラ様の仕業とは限りません」
「持てる魔力の強弱を偽れるなら、パウリーネ妃がそうしている可能性もある。主の夫に横恋慕をしたあげくに、自分のものにするため記憶を失わせた」とフェリクス。
「彼女が母を殺した?」
「別の話なのではないですか」とレオンが口を開いた。「ファディーラ様は大変お美しく、独特の雰囲気があったと叔母が話していました。彼女を殺害したのはサイコパスなストーカー。妃殿下はその死をチャンスに変えて後妻に収まった」
「ないとは言い切れないね」とオーギュスト。
「駄目だ、ここで考えているだけでは埒が明かない。次の一手はどうするか」
ムスタファがそう言うと、リーゼルが片手を上げた。
「その前に、お伝えしたいことが」
失念していたとフェリクスが言う。
「ラードゥロ情報です。昨晩、ムスタファ殿下のお部屋に何者かが侵入しています」
「えっ」とヨナスさんとレオンが同時に声を上げる。
「警戒中の近衛兵がいたでしょう!」とレオンが身を乗り出す。
「それが魔法を掛けられて、立って目を開いたまま寝ていたそうです。異変に気づいたラードゥロが身を潜めて様子を見ていたところ、殿下のお部屋から顔、身なりを隠した不審者がひとり出てきたとのことです」
思わずとなりのムスタファの手を握る。それでは警備の意味など全くない。ここ三晩、ムスタファはフェリクスに秘密裏に魔法を習いそのまま彼の部屋に朝までいる。近衛の目をかいくぐっての部屋の出入りは大変だからだそうだ。もし自室にいたらと思うと、ぞっとする。
「もしや作業小屋の件は本当にムスタファの暗殺を狙ったものだったのだろうか」とオーギュスト。
「いや、あれは違う。彼女を囮に使うなら、俺が出かける時間に騒ぎを起こすのはおかしい」
「ああ、そうか」
「私たちが言いたいことはつまり」とフェリクス。「ムスタファもマリエットも身辺を気をつけなければならないということだ」
「どんな対策なら安全なんだ!」レオンが叫ぶ。「ラードゥロという人は不審者を追わなかったのですか」
「彼の目的は魔王探索だからな」
「そうでした」とレオン。
話し合いは侃々諤々の様相になり、ムスタファは次の一手を打つべきか諦めるべきか、フーラウムの他に当時に詳しい者を探すべきかそんな人間がいるのか、不審者は何者か、身をどう守るかなどなどと話し合いは紛糾した。
だけど何も決まらずみんなが議論に疲れてちょっとした沈黙が降りたとき、ムスタファがふと思い出したかのようにレオンに顔を向けた。
「そういえば『隊長を肉食女から守る会』はまだ活動しているのか」
「もちろんです。我らが隊長が仕事に専念できるようにすることが会長たる僕の使命ですから」
綾瀬は誇らしげに胸を張っている。
「浮気者。ムスタファだけにしておけ」とフェリクス。
「お前に言っていなかったが、俺はシュヴァルツが嫌いだ」断言するムスタファ。
「ええっ。あんなに真面目で王家に忠節を誓い部下を育てる近衛は他にいませんよ!」
やいやい言い合うふたりを見ながら、立ち上がる。
「そろそろ失礼します。カルラ殿下の元へ行く時間なので」
二日に一度の遊び時間。ムスタファが眠っていた間はお休みさせてもらっていたから、今日は休まずに行く。普段より遅い時間だけど、カルラにはそれでいいから絶対に来てねと言われているのだ。フーラウムとの対談内容によっては無理かもしれないと考えていたから、一応は無事に終了して良かった。
「もうそんな時間か。一旦解散するか」ムスタファがそう言うとレオンも立ち上がり
「それなら僕はマリエットを送りがてら近衛府に行ってきます。情報収集」と言ってニカッと笑う。
「無理をするな」
「しませんよ、ただの世間話をしてくるだけです」
「彼女は私が送りましょう」と今度はクローエさんが立ち上がる。「トイファーさんではまた余計な噂が立ちます」
「そのほうがいい」とムスタファが言えば
「クローエさんにまで警戒されている」とレオンは肩を落とす。
そんなレオンはヨナスさんに励まされながら、私とクローエさんは和やかに、フェリクスの部屋を出たのだった。
◇◇
私のほうが楽しんだのではないかというくらいにカルラと思い切り遊び、明後日の約束をさせられてから彼女の部屋を出ると、クローエさんが待っていた。
「すみません、お世話をかけてばかりで」
「今来たところよ。間に合って良かった」
わざわざ私の見送りに出てきたカルラの侍女がほっとした顔をしている。私が作業小屋で酷い目に遭ったことを気にしているのだ。
「安心して。ちゃんとムスタファ殿下の元まで付き添うから」とクローエさんが言うと、彼女は頭を下げ室内に戻った。
「複雑な気持ちです」
廊下を進みながらクローエさんに愚痴をこぼす。
「みなさんに心配も手間もかけさせたくないのに、お手を煩わせることが今は一番みなさんを安心させる」
「仕方ないわ」
「攻撃魔法を習ったほうが良かったでしょうか」
「どちらでも同じだったと思う」
彼女とそんなことを話していると、前からテオがやって来た。私を見て笑顔を浮かべる。
「良かった間に合った!」
テオは小走りに掛けよってくると、これ、とふたつ折りの紙を差し出した。受け取り開く。そこには手書きの社章と三の数字があった。
「近衛のトイファーさんから伝言です。『先輩のことで内緒の相談があります。礼拝堂に来て下さい』だそうです。では」
テオはそう言って笑顔で去って行く。
「どういうことかしら?」とクローエさん。「わざわざあなたを呼び出すなんて。トイファーさんの名前を騙った罠?」
「だけどこのマークを知っているのは彼と私、ムスタファ殿下、ヨナスさんの四人だけです。それにレオンが彼を『先輩』と呼ぶのは仲間うちだけのときだけのはずですし、テオが嘘をつくとも思えません」
「そうよね」
もしかしたら綾瀬は、叔母様から聞いたことでまだ木崎には話していないことでもあるのではないだろうか。フェリクスの部屋を出るとき、私と一緒に行こうとしていたし。
「クローエさん。一緒に礼拝堂に行ってもらえますか。私が入ってみてレオンだったらすぐに出て、そう伝えます。もし出てこなかったらすみませんが、その辺りの人、できたら近衛を捕まえて様子を見に来て下さい」
「危なくないかしら」
「このマーク」社章を改めて見せる。「私、殿下、レオンが手紙で秘密のやり取りする時に使うもので、三はレオンの番号なんです」
「そこまで詳しい情報が漏れているとは思えないのね」
「はい。それにまだこれも」
と、胸元のブローチにしか見えない鏡を示す。私自身にかけられた魔法はもう解かれているけど、鏡は何かあったときに役に立ってくれるはずだ。
「では行ってみましょうか」
クローエさんにの言葉にうなずいた。
◇◇
礼拝堂の隠し扉一枚目を開けたまま、二枚目を開ける。
「レオン?」
中に入ってぐるりと見渡す。けれど誰の姿もない。レオンも。それ以外も。
廊下で待つクローエさんの元に戻ろう。
そう思い踵を返そうとして、その足が動かなかった。
視線を下げると床に星形の光が浮き上がっている。
罠だったのだ!
『助けて』と叫ぼうとしたのに、力が入らない。強烈な眠気がする。足も頭もふらふらとして瞼が下がる。
たまらなくなってその場にうずくまった。
眠い。
ダメだと分かっているのに眠くて仕方ない。
足音が近づいてきてそばで止まる。
必死に瞼を上げる。
黒い靴先が見えた。
「ブルーサファイアを取り上げて。まったく、厄介なものを着けているんだから困っちゃうわ。溺愛にもほどがあるわよね」
可愛らしい口調でそう話す声は、パウリーネのものだった。
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