23・外出

 待ち合わせの近衛用の広場にルーチェと共に着くと、すでに綾瀬のレオンが来ていた。素早く私たちに気がついて笑顔で歩み寄ってくる。それ以上に早くルーチェの後ろに隠れる私。


「隠れないでほしいな、マリエット。今日はひっつめ団子じゃないじゃないか。よく見せて」

 今日の私はゆるゆるとして可愛いハーフアップだ。

「半径1メートル以内に入らないと約束してくれるなら」

 ルーチェが吹き出す。

「髪はルーチェさんが結ってくれました。あんまり可愛いいから、本当はみんなに見てもらいたいの」

 今度はレオンが吹き出した。


「分かった。今日は何もしないから、出て来て」

『今日は』に引っかかったけど、おとなしく前に出た。

「本当だ。すごく可愛い。似合っているよ」

「でしょう?ルーチェさんは器用なの」

「あなたが不器用すぎるのよ」

「君もいつもと違う髪型だな。よく似合っている」

 レオンが言うと、ルーチェの口元がによによした。

「ありがとう。気がついてもらえるとは思わなかったわ」

「隊長じゃあるまいし、分かるよ」

 カールハインツはそういうところが鈍いのか。想像通りすぎる。


 そこに近づいてくる足音がした。カールハインツだと思い振り返ると、ヨナスさんだった。

 驚きつつ挨拶を交わしたあとに彼が最初に言ったのも、髪型への賛辞だった。またルーチェのおかげと説明する。


「それで、なんのご用件でしょう」訝しげなレオン。

「ただの見送りだよ」とヨナスさん。「マリエットは城に来て以来、個人的な外出をしていないからな」

「殿下に差し向けられたのですね」

「まさか」にこりとするヨナスさん。「意地っ張りはひとりで苛々しているだけで、何も言わない」


 ヨナスさんは意味ありげに私を見るけど、木崎が苛立っているのならそれは私には関係のないことだ。

『最近のあいつは勘違いが甚だしい』と言った不機嫌な声を思い出す。


「しかしこの可愛らしいマリエットをムスタファ様に見せてあげたいな」

「ダメです」とレオン。

「帰ったら殿下に挨拶に行きなさいよ」とルーチェが私に言う。「私の腕前をアピールしてきて」

「そう言われてしまうと困ります」

 ふふっと笑うルーチェ。

「ダメ」レオンがまた言う。

「頑固」と私がふざけると、彼は

「ゆるふわな髪型はあの人のドストライク!」

 くわっと怖い顔をした。


 そうだ。

 木崎の元カノ間宮さん。彼女のヘアスタイルはいつも、どうアレンジしているのか分からない、おしゃれで可愛いゆるふわなハーフアップだった。



 ──そうか。間宮さんに丸かぶりか。



「マリエット? どうしたの? 大丈夫?」

 尋ねるルーチェに

「どうもしませんよ」と笑みを向ける。「あれ。あの馬車がこっちに来ませんか?」

 なんだか車輪の音が聞こえると思ったら、一台の馬車が広場目指してやって来る。しかも黒い馬に黒い車体。


「隊長だ」とレオン。

 やっぱり。あからさまに黒一色だもの。

 馬車は私たちの前に止まり、中からカールハインツが降りてきた。私服だけど、こちらも黒一色だった。もしや黒以外の物を持っていないのだろうか。

 そんな彼はヨナスさんを見て、やや目を細めた。


「おはようございます、シュヴァルツ隊長。本日はマリエットをよろしくお願い致します」

 ヨナスさんがそう言えば、堅物黒騎士は

「彼女は殿下に代わり、私がしかと守るとお伝えしてくれ」と答える。


 カールハインツてば完全に誤解しているし、完璧に護衛のつもりだ。ルーチェが私を見てこっそり肩をすくめる。

「馬車で行くのですか」とレオン。

「そのほうが殿下も心配が減るだろと、昨晩思い付いた」


 隊長はまるで任務であるかのように、今日のルートをヨナスさんに説明している。

 ヨナスさんまでもが残念そうな表情で私を見る。

 いいのだ、一緒に出掛けられるだけで嬉しいから。


 ◇◇


 外出の目的、お守りは教会ですんなりともらえた。そのあとは手芸用品店へ。カルラに贈るワッペンの材料を買うためだ。ここで予想外なことにカールハインツが、丁寧に糸選びを手伝ってくれたのだ。正式な記章に近い色を吟味し、オリジナルの部分にはカルラが好きだという薄紫色をチョイス。さすが王族に忠誠を誓っている騎士。こんなことにも手は抜かないらしい。


 隣り合って買い物をする私たちは恋人同士に見えたかもしれない。


 ◇◇


 城に帰り着き馬車を降りるとそこには笑顔のヨナスさんが待ち構えていた。

「お帰りなさい。さすがシュヴァルツ隊長。予定と違わない帰着ですね」

「当然だ」と答えたカールハインツは、またも任務だったかのように道中のことを報告。

 それから。


「レオンの手前、なんだが……」

 とカールハインツは握りしめた手を私に向かって差し出した。開くとそこにはお守りがひとつ。

「カルラ様はお前を気に入っている。お揃いならなおのこと喜ぶだろうと思ってな」

「私にですか!」

「そう」

 恐る恐る騎士の大きな手の上から指先でつまみ上げる。きゅっと握ると、まだカールハインツの手の温もりが残っているような気がした。


「ありがとうございます! 大切にします!」

「隊長ズルい!」

 レオンが吠える。上司は姫様のためだ、なんて答えている。

「良かったじゃない」とルーチェ。

「はい!」

 嬉しくて顔が緩んでしまう。

「侍女の笑いではないわよ」

「マリエット」とヨナスさん。「ムスタファ殿下がお呼びです。このまま一緒に来て下さい」

「やっぱり!」と再び叫ぶレオン。

「まあまあ」とルーチェが宥める。


「では」ヨナスさんは再びカールハインツを見て笑みを浮かべた。「本日はご苦労様でした。殿下に代わり、労わせていただきます」


 ムスタファが労うのは何だかおかしくないかな。 まるで私の保護者みたいだ……。

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