ログイン27 悩みを吹っ飛ばす地図上の青い円

 ザブゥン⋯⋯


 自分の身体の体積に押し出されて、湯気を伴う温水が淵からこぼれ落ちていく。途端に、全身を気の緩みそうになる程の温もりが包み込む。緊張していた全身の筋肉が緩んでしまったのか、遅延なく口から吐き出た吐息には脱力感が十二分に含んでいた。


「ノアの方舟が——世界の格差を生み出した悪の根源か⋯⋯ 」


 溢れた言葉は、狭い浴室の中を何度も反響する。しかし、そんなことを気に止める余裕がないほど、礼央の耳は入ってくる音の情報は脳の一歩手前のところでシャットアウトしていた。考えることが多すぎる。礼央の中で沸き立つ考えは、この一言に尽きていた。


謎に包まれた王国、そしてこの王国に蔓延る王族の醜態。これだけでも頭が困惑するのに、そこに加えてノアの方舟のことや、スポットのことやら。まるでマトリョーシカを連想させるほど悩むの種は現れてくる。それも、そのどれもが明確な答えを持ち合わせていないのが、余計にタチが悪い。考えても、考えても巡りまわる思考の渦に巻き込まれてしまい、いつしか礼央の頭は疲弊しきっていた。


「今まで通り、普通にゲームをしてたら絶対そんな考えを抱かなかったよな。だって、ノアの方舟は最強を維持するために絶対に欠かせない存在だったから⋯⋯ 」


 言いながら、浸透圧によりシワを覗かせる右手をお湯の中から持ち上げる。そして、思うがままに人差し指を伸ばして、空を切った。ステータス画面は、ここがお風呂場だというのに、そんなことはお構いなしに宙に姿を見せる。


「サー・レオニカ。俺は⋯⋯ どうしたらいいんだろうな。この世界に連れてこられてから常識を疑うことばっかり連続して起きている。これからどんな行動を起こしていけばいいのか。それすらも、見失いそうだよ」


 突如として力が抜けてしまったのか。上昇した右腕は、小さな水飛沫を上げながら再び着水し、わずかに冷えた部分を温め直す。その様子をのぼせ始めた目線で見つめると、気がつけば持ち上げられていた左手に気づく。その行為は、全くもって無意識下での行動。


しかし、一度振り上げられた左手をそのまま振り下ろしたところで、何の意味も持たない。礼央は、右手と同様のポーズを左手で作ると、そのまま先ほどよりも大きな水飛沫を上げながら振り下ろした。


「おいおい!! なんだよこれは!!??」


 脳が一気に加速していく感覚が、礼央の身体を駆け巡る。先程は聞き逃していた、自分の声の反響の煩わしさが一気に押し寄せ、眉間にシワを作られる。しかし、衝撃的な事実を映しているマップ画面は、平然な態度のままその場所で光り輝きながら、内容を明瞭に照らし出していた。


 『???の王国』

 

 自分の現在地を知らせるカーナビのように、画面上に目立つようにその文字が書き込まれている。久しぶりに見たその文字列には驚きを覚えた。だが、王国の名前はその土地に住んでいる人すら知り得ていない、と二人から話を聞いていた。なので、そのには、特に驚きを覚えることはなかった。


驚いた問題はそこではない。その下に正確に写し出されるこの王国の地図。その中に、僅かの距離でも詰めるように光り続ける青い円の記号に驚愕を覚えたのだ。おびただしい数のスポットを表すそれ。礼央は衝撃と共に、悩んでいた思考から解放されるような好奇心を感じた。

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