不穏な影が動き出す⋯⋯

ログイン28 人影が伸ばす左手の人差し指

「それで、これから俺たちはどんな行動をしていけばいいんだ?」


 日が変わり、次の日の朝。胃の中に十分すぎるほどの量の食材を落とし込むと、礼央は片付けが終わったテーブルに息を吐きて話始める。忙しなく動く一つの影は、その動きを一ミリも緩めることなく、顔だけこちらに向ける。疲れが取れていない表情だ。彼の様子を見て、礼央は瞬時にそれだけは悟った。


「特に特別なことをしてほしいとは思っておりません。ですよね、ビエラお嬢様」


「えぇ。まだ、こちら側が動ける段階じゃないのよ。でもね、もうすぐよ。もうすぐ、この王国に反乱が起きるの。そのための下準備は既に整っているわ。かれこれ水面下で数年間の時間をかけて、ここまで形にしたんですもの。失敗は許されないわ」


「数年間ってすごいな⋯⋯ 。それ、大洪水がくる前からずっと準備をしてきたってことか?」


「その通りよ。この王国の腐った政治体制をぶっ壊すんだから、それくらいの日数は絶対に必要になる。それこそが、あのお方の望みなんだから——」


「あのお方?」


「ということですので、レオニカ様。貴方様には、とりあえず今日。この時間は、自由時間として活用してください。有意義に活用されることを強くお勧めいたします。それが過ぎれば、貴方様にとって心安らぐ時間というものが、この世界からなくなるでしょうから」


「何を言っているのか意味が分からないぞ?」


 そう首を傾げる礼央に対して、二人は何やら企みがありそうな笑みを浮かべた。それが、あまりにも輝いて見えたのは、恐らく俺だけじゃないだろう。


とまぁ、これが今朝俺たちの間に起きたやりとりの一部始終だ。最初こそ自由な時間というものに戸惑いを覚えたが、今となっては1日という時間を割いてもらって感謝しなければいけないと思う。なぜなら——この国には周りきれないほどのスポットが多く存在するからだ!


「昨日は、なんやかんや色々起きすぎて、日課の距離数を歩くことが出来なかったからな。今日はそれを取り戻すつもりで歩き回るぞ!!」


 そう心に決めて歩き始めて、今の時刻は夕日が少し傾いてきたかな、と思うほどの時間帯になっていた。歩き始めて感じたことだが、この王国は想像していたよりもずっと敷地面積が狭いということだ。


マップ画面を広げて見た時は、集中するスポットのマークに、広大な面積を想像したものだが、実際のところは隣接するようにスポットが設けられているだけであった。そのため、礼央は王国の外周をぐるぐると何度も周回することで、スポットを巡る旅を行う羽目に陥ってしまった。


 そして、もう一つ感じたことがある。それは、スポットの偏り方だ。


「確かに現実世界でも都心部はスポットが隣接してはいたけど、ここまで異様な偏り方はなかったよな。だって、割合的にいうと、王族が住んでいるであろう一般市民が立ち入り禁止として線引きされたお城の周囲に、スポットのおよそ8割強が集中しているんだもん」


 礼央は、目の前で存在感強めに張り巡らされた黄色いテープに視線を送る。そこにも、ご丁寧なことに、『立ち入り禁止! もし破られた場合、王族による洗礼がその身に降り注ぐだろう』、という文字が等間隔で書き込まれている。


「もし、この奥に行けたらもっと効率良くスポットを回せるのにな〜。でも、今の段階でこれ以上目立つような行動を取ると、二人に怒られるかもしれないからな⋯⋯ 。今のところは、この気持ちを抑えるしかない——か。それに、もう一つ気になることも出来たしな」


 礼央は独り言をその場で呟くと、踵を返して二人が待つ家に戻り始める。懸念する現象を頭の中で何度も再現し、どうやって説明するば一番分かりやすく伝わるのか。そのことばかり考えていた。だからこそ、礼央は気づかなかった。後方に伸びる人影の先に、分岐するように伸び始める影があることを。


「あいつ⋯⋯ 不穏な動きありと報告が上がっていた男だよな。今日1日の動き、あれは間違いなくスポットを巡っていたとしか思えないが⋯⋯ 。今後の危険因子だな」


 影を伸ばす男は、伸びた顎髭を触りながら、。そして、勢いよく作った手の形のまま地上に向かって振り下ろした。途端に現れるシステムの画面。そこには、紛れもなくこの王国の全容が詳細に刻まれたマップが、鮮明に描写されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る