ログイン5 この能力はぶっ壊れだ!

「おい、あんた。ここらでは見ない顔だな・・・」


「あぁ。見覚えがあるようで、ないような場所に突如として飛ばされたんだ」


「この前の洪水で景色まで変わっちまったのか・・・。まぁ、そういうこともあるわな。気にするな、ここにいる奴ら全員そんなことを経験した人ばかりだ」


 うん、会話が噛み合っているようで噛み合っていないな。村を入って、少し歩いた先にある酒場の前に日中ずっと座り込んでいる老人。腰が曲がり、地面と平行になっている。正面を目で捉えることも一苦労だと思われるが、首だけをこちらに向けて礼央に話しかけてきた。


「そう・・だな。ってか、あんた、そんなに足細かったんだな・・・」


「ん? まぁ、最近は歩くことも億劫で、ずっと座ってばかりいるからな。細くなっているかもしれないが、なぜそんなことが気になるんだ?」


 礼央はかぶりを振りながら、笑みを浮かべた。その様子は、目の前の老人からしたら、かなり異様に映っただろう。首を傾げながら、深く顔に刻まれたシワにそって、手で肌を撫でた。


『この人が、ゲームだったらチュートリアルを進めてくれる老人のNPC・・であってるよな? 確か、名前は——だめだ思い出せない』


 胸の中でつぶやくと、礼央は正面から老人の姿を捉える。もしかしたら、彼の全形を視界に収めれば、何かしらの画面や文字がポップするかもしれないと思ったからだ。過去に見たことがあるアニメでは、この方法でNPCの情報を確認できていた。試してみる価値は大いにある!


「感情がコロコロ変わるやつじゃな。笑ったと思ったら、急に真顔で見つめてきおって・・・。よほど、辛いことがあったんじゃろな・・。お前さんの苦しみ、全てを分かることはできないが、カケラほどなら理解できる」


 右も左も分からない世界で、失敗はつきもの。そうだろう? 礼央の世界には、先ほどと、いや現実世界と変わらないレスポンスが返ってくる。ゲームの世界ならではのシステムは、作動する気配すら感じさせない。


それどころか、突飛な言動により老人に心配すらさせてしまう始末だ。恥じらいを覚える礼央であったが、先程のセリフがいやに頭にこびりついた。耳の穴から、反対側の穴まで何の隔たりもなく抜けていくはずだった言葉。その正体にいち早く気がついたのは、このゲームに注ぎ込んでいた熱量の賜物としか言えないだろう。


『さっきのセリフ。チュートリアルでこの人が話していた内容とほぼ同じだ!!』


 そのことに気づいてからは、礼央の頭の回転は加速を始める。正直な話、現時点で知りたい情報は至極限定的であった。なぜなら、既に礼央はこのゲームを何時間もプレイしているから。不必要なこの世界の説明であったり、ノアの方舟の情報などは、もはや全て頭に入っていると言っても過言ではない。


「おやっさん、どうやったらステータスとマップを開くことができるんだろうか?」


 まず、第一に知りたい情報。それが、ステータス画面とマップ画面の開き方だ。実際問題、この二つの方法を知りえれば、冒険に出る準備は整ったと言っても過言ではない。


「この世界についての話は聞かんでええんかね?」


「あぁ、問題ない。とりあえず、さっき言った二つの方法を教えてくれ」


「ふむ、分かった。と言っても、これらは簡単だ。右手と左手の人差し指があるじゃろう? それを、宙で上から振り下ろすと、その動きに連動してその画面が開けるじょ。やってみなさい。ちなみに、右手がステータス、左手がマップを表示させるぞ」


 礼央は言われた通りに、まずは右手の人差し指を伸ばして、顔の付近まで持ってくる。そして、勢いよく下に向かって振り下ろした。


「おぉ! 出た出た!!」


 ウィーン・・・という機械音を発しながら、青い背景に照らし出されたステータス画面が表示される。プレイヤー名、レベル、体力、筋力、速度、耐久、の項目の順に数値が並び、それとは別に『付与効果』の欄が設けられていた。自分がプレイしていた時の能力値を引き継いでいる、という淡い妄想を心のどこかで抱いていたのだが、現実はそんなに甘くない。


「レベル1。能力値も全て初期値か・・・」


プレイヤー名、サー・レオニカとして登録されていたことには胸を撫で下ろした。だが、あくまでそれだけだ。その他の能力には不満しかない。世界ランキング1位のステータスが水泡に帰したのだから。


「見れたかね?」


 老人が、下から覗き込むように尋ねてくる。


「あぁ。見れたぞ、助かった。これが分からなかったら、冒険にならない」


「それは良かった。確かに、ステータスを甘く見る奴は返って早死にする。相手との能力差に気付けんくてな。お主が、そのような類のプレイヤーではなくて、少しホッとしたぞ。ちなみにじゃが、そのステータス画面は他の人には見れん。だから、安心して確認して欲しい」


「そうか・・それは安心だな」

 

 安心——この言葉には二つの意味が込められていた。一つは、老人に対して、目の前にいるのが早死にを望むプレイヤーじゃなくて安心だなという意味合い。 もう一つは、ステータス画面を見られないことに対してだ。


能力値に関しては問題がない。他のプレイヤーに見られても、そこまで珍しがられるものではないだろう。問題は、『付与効果』の欄に書かれた文章だ。ここだけ、明らかに異彩を放っていた。


『付与効果:プレイヤーが1km歩くたびに、100,000経験値のボーナスを常時獲得できる』


 はっきり言おう。この能力は——ぶっ壊れだ・・・!!




 

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