ログイン4 NPCも生きてたんだな〜

 ちゅんちゅん・・


「あぁ〜・・懐かしい景色だ・・・」


 始まりの村、ホワイトヴァレット。ゲームの出発点であり、全てのチュートリアルをこなす場所だ。何の変哲もない普通の村で、冒険に必要になってくる施設なども普遍的にだが揃っている。そこから少し離れた小さな丘の上に、礼央は今立っていた。


「ちゃんと、NPCも生きていたんだな・・・」


 眼下を往々にして歩き去る多種多様な形をした人々。ノアの方舟が活躍するのは、キリスト教の聖典に描かれる神と人が混合しながら生きていた世界だ。それゆに、人の定義が現代と僅かに異なっていた。顔が犬のような見た目をした半獣人もいれば、翼を異様に発達させた翼竜人の姿も伺える。


 しかし、彼らから平等に漏れる笑い声や、泣き声が激しく鼓膜を震わせた。現代社会に根付くような、不平等や不条理はそこから一切感じることはない、誰もが、他者と手を取り合い協力しながら生活をしていた。


「とりあえず、昔の記憶を頼りにチュートリアルを再現してみるか」


 礼央は春の陽気を連想させる、朗らかに吹きつける風に自分の声を乗せる。それは、この世界中をずっと旅してきたからか、思ったよりすんなりと声を拾い上げると、颯爽とまた飛んでいってしまった。しばらくは、目で声の行方を見守っていた礼央であったが、行く末を見失ったのだろう。突如として、視線を村の方に向けると、そこを目掛けて歩き始めた。


 スマホを通じて見ていた、この村の印象は残っていないと言うのが本音だ。物好きなプレイヤーは、この村を拠点として様々な冒険をすると噂程度で聞いたことはある。この村で家を購入して、自分の攻略グループの根城にしていたとか、そのような類の話をチラホラと。


だが、礼央はチュートリアルが終わるや否や、村を離れ冒険を始め、そこから今日まで戻ってくることはなかった。いや、今回のことのようなことがなければ、恐らく二度と戻ってくることはなかっただろう。


 礼央がそうまでして、この村を拠点としなかったのには大きな理由がある。設備が最前線の集落と比べて見劣りする? 確かに、武器職人や防具職人のレベルは比較対象にすらならない。だが、そんなことは武具と防具を強化する際に、最前線まで出向けばいいだけで問題にはならない。レベル上げに関しても同様だ。この村にわざわざ家を構える理由にはならなかった。


「この村・・・背負っている過去を知ると悲しくなってくるんだよな~」


 これは礼央の推測の域を出ることはないが、この村で家を買ったプレイヤーの購買意欲も、これの影響を多分に受けていると思う。同情、といった言葉が適切かもしれない。ホワイトヴァレット、別名を洪水の終着点。


ゲームを始めるプレイヤーにとっては始めての村だが、この世界では洪水が流れゆく果ての地なのだ。つまり、ここにいるNPCは全員、神々が起こす洪水によって流れ着いた者たち。笑顔の下には、常に悲しい過去を隠しているのだ。


「今回もあんまり関わらないうちに、早くこの村から出よう!」


 そう強く決意して、礼央は目の前に設けられた門をくぐった。全て木で作られたそれには、剥がれることのない洪水の傷が垣間見える。門の頭にまでへばりついた泥の痕跡。そして、多くの傷がある、柱にくくりつけられた看板は文字を掠れ掠れにしていた。


『ようこそ!! ホワイトヴァレットへ!!! 〜無限の色を自分に描こう〜 』


「——・・・なるほどね」


 ゲームをしていた時には無かった看板の文字。それを、横目で視認してから、礼央は活気あふれる街に足を踏み入れた。まだ、色を保有する礼央にとって、その場所は、そこに住む人々は・・・。不釣り合いの何物でもなかった。

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