第4話 この世で一番きれいなチートはなあに
「くそっ。俺の負けだ!」
チー太郎鬼は自分の負けを認めました。
でも、納得がいきません。
「なぜだ。何故お前は何度も何度も負けるとわかっていて鬼ヶ島に来るんだ。お前だって満身創痍じゃないか。もう立っていることすら辛いだろうに、どうしてそこまで頑張れるんだ。まさかそれが主人公補正ってやつか。それこそチートじゃないかっ」
「それは違うよ」
「えっ?」
桃太郎の言葉に驚きを隠せません。
彼は優しく、しかし気高く力強い笑みを浮かべながら言いました。
「それこそが、僕が成すべき役目だからさ」
チー太郎がチート能力を使って、自分が鬼として強くなることは出来ましたが桃太郎を鬼ヶ島に入れさせないことはとうとう出来ませんでした。
桃太郎が鬼退治に行かずおじいさんとおばあさんの脛をかじって暮らすという世界線もあったかもしれませんが、それでは『桃太郎』として成立しません。
それはおとぎ話としての桃太郎ではないのです。
鬼が金銀財宝を奪わなければ桃太郎は鬼ヶ島には向かいませんし、鬼も前もって桃太郎を始末しておこうなんてセコい魔王ムーブはカマしません。
桃太郎には桃太郎の役割が、鬼には鬼の役割があって、それぞれが己の役目を全うしているだけです。
チートは手漕ぎ舟をクルーザーにするとか、鬼の金棒をイチローが記録を打ち立てた時のバットにするとか、そういう使い方をするためにあるのです。
チートがいかに万能だとしても、それは物語の中だけのお話であって外側の世界にまで干渉することは出来ません。
ゲーム内でのパラメータをすべて最大値にしたって、現実のプレイヤーが素手で岩を砕くことが出来ないように。
鬼がいくらチートを使って強くなったところで『桃太郎』のお話を『桃太郎がやってこない鬼ヶ島のスローライフ』に変えることは出来ないのです。
それはもはや別の物語。
そこでの主役は桃太郎ではなく鬼なのです。
「そんな……じゃあ俺が広めようとしていたチートとは何の役にも立たないじゃないか。物語を変えられないチートなんて、チートじゃない」
落ち込むチー太郎に桃太郎がそっと肩衣を被せました。
肩衣とは時代劇で偉い人が着ている袖のない上衣のことです。
弁当の卵焼きにくっついているバランくらい鬱陶しいだけでした。
「そもそも、チートなんて必要ない。そんなものがなくたって君の物語は成立しているじゃないか。君が主役のこの物語は、君がチートで願ったからかい?」
「いや、違う。俺はそんなことは願っていない」
「そうだ。それは手段なのさ。決して目的じゃない。チートをもらうことが目的なんじゃなくて、チートを使って自分が本当にやりたいことをやる。それが自分が主役になれる物語なんだってことにみんなが気付いただけなのさ」
チー太郎は桃太郎の言葉にハッとします。
「つまり、みんなチートが要らなくなったわけじゃなくて、やりたいことを見つけて『自分だけの物語』を生きているからそれ以上チートなんて使う必要がないんだ」
チートを求めるのは現実世界から逃げてきたり、上手くいかないことがあって悩んでいる人ばかり。
そんな彼らもやりたいことを見つけ充実した日々を過ごすうちにチートなんてなくても楽しいよね今夜はパーリナイッ! という気持ちになってチートを使わなくなります。
つまり今、異世界転生界隈は『チートなんてなくても充実した暮らしができる主人公になれる』世界なのです。
*********
「――というわけです、母上。チートが必要とされないと嘆くより、チートがなくても素晴らしい異世界ライフを過ごせる平和な今を喜ぶべきなのです」
チー太郎はチートの女神様のところに戻り、今までのことを報告しました。
ちょうどドラマを見終わった女神様は次回予告だけ気になりつつも、チー太郎の言葉に耳を傾けます。
「なるほど。それがお前の出した結論なのですね」
「はい。そして僕はこれから素晴らしきこの世界を謳歌するべく、再びおとぎの世界を見て回ろうかと思います。この世界はチートなんてなくたって美しくて素晴らしいのだと、この目で見てみたいのです」
すっかり心が浄化されたチー太郎はキラキラと目を輝かせながら夢を語ります。
「そうですか。そこまで言うなら母はもう何も言いません。お前の好きにしなさい」
「はい。ありがとうございます、母上」
冒頭で
こうしてチー太郎は長い引きこもり生活を終え、再び己が主役の物語を綴るべく部屋を飛び出しました。
眩いほどの光の向こう側にチー太郎は消えていきました。
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