第3話 これはすっぱくてまずいチートに違いない

 さて、次にチー太郎が訪れたのは『ウサギとカメ』のお話です。

 彼が考えるわかりやすい悪役として思いついたのがこのウサギでした。

 昆虫から哺乳類にランクアップしていますね。

 このまま徳を積むことで再び人間として転生できるでしょう。

 彼に必要だったのはチートの信仰心ではなく仏教の信仰心だったのかもしれません。

 いや、その飛び級ならぬ飛び魂を可能にするのがチートなんですけどね。



「よーしカメさん、あの山の上まで競争だ」

「いいよぉ」


 チー太郎はもはや自分が女神の息子だったことすら忘れてウサギとしての兎生を楽しんでいました。

 野生に帰って純粋に野を駆け回ることを生きがいとしていたのです。

「いやそこまで堕ちてないから」

 あら、そうなんですね。


「ヨーイドン。へへっ、こりゃ勝利はいただきだな」

 あっという間にチー太郎ウサギは山の中腹までやってきました。

「カメはまだ麓だな。ふう、疲れたしちょっと一眠りするかな」

 おやおや、彼はフラグを立ててしまったことに気付かず眠ってしまいましたよ。

 当たり前ですが、この隙にカメは猛追を見せチー太郎ウサギよりも先にゴールしました。


「くそーっ、俺としたことが! も、もう一回勝負だ」

「いいよぉ」


 今度は油断しないチー太郎ウサギ、いとも容易く山の頂上まで飛び跳ねていきました。

 レース風に言うと一千馬身くらいの差をつけてゴールしました。


「へへーんだ。やっぱりウサギさんがナンバーワンだ!」

「ウサギさんにはかなわないなぁ」


 チー太郎ウサギは考えます。

 あまりに簡単に勝てすぎてつまらないと。

 そもそもチート使ってないじゃんと。


「……もう一回、勝負しないか」

「いいよぉ」


 今度もチー太郎ウサギがあっという間にゴール目前までやってきました。

 そこで立ち止まります。


「簡単に勝てるじゃん……でも、それじゃあチートなんて要らなくないか?」

 ここで勝ってしまうと、彼の本来の目的であるチートの布教が意味を成しません。

 だって、チートなんてなくても勝てるんですから。

 では、チートを使って勝てない勝負を勝てるようにするにはどうしたら良いのだろう。

「あ」

 そんな風に悩んでいると、いつの間にかカメがゴールしていました。


「く、くそぅ。ウサギとカメじゃ上手くチートを扱えない。そうだ、やっぱりアリとキリギリスの話だな。今度はキリギリスになってやろう」

 チー太郎は再びアリとキリギリスの物語に向かいました。



 チー太郎キリギリスは夏の間バイオリンを演奏し遊び呆けていました。

 今までで一番いつものチー太郎に近いですね。


「え、待って。この前足でバイオリンの弦押さえるの難しすぎなんですけど」

 彼が大好きな情熱大陸のテーマを弾けるようになるまで練習している間に季節は冬を迎えました。


「よっしゃ冬になったな。当然このキリギリス様には何の蓄えもない。まさにギリギリッス」

 凍てつく冷気が辺りを吹き抜けました。

 まるで雪女の到来です。

「少しも寒くないわってやかましいわ」

 チー太郎キリギリスが一人でツッコんでいると、扉を叩く音が聞こえます。


「やぁキリギリスさん。夏の間はずっとバイオリンの練習で忙しかっただろう? ほら、差し入れを持ってきたよ」

「え……ど、どうも。あれ、ここでキリギリスは食べ物がなくて餓死するパターンなんじゃ」

 チー太郎キリギリスが不思議に思っていると、アリが笑いながら言いました。

「あっはっは、昔の童話じゃそうかもしれないけれど、最近じゃキリギリスが可愛そうだからってハッピーエンドに改変されているんだよ」

 アリとキリギリス以外にも多くの童話がハッピーエンドの結末に差し替えられているそうです。

 これも時代の流れなんだよ、とアリさんは言いました。



「ああ、もっと直接的にチートを発揮できる悪役ヴィランにならなければ……」

 そこで目をつけたのが、桃太郎のでした。

「こいつなら、本来勝てないはずの桃太郎に勝利するというチートを達成できるぞ」


 チー太郎鬼のところに桃太郎たちがやってきます。

「今こそ俺のチート能力を駆使してお前らなんて返り討ちだ!」


 しかし統制の取れた桃太郎軍、攻撃をうまくかわします。

「くっ、何故だ……ん?」

 そこに居たのは猿のサトリでした。

 奴がチー太郎鬼の心を読んで桃太郎に伝えていたのです。


「ただの猿になれ。えいっ」

「ウキーッ」

 妖怪からただの猿になったお供など、チー太郎の敵ではありませんでした。


 彼は見事に鬼退治にやってきた桃太郎たちを返り討ちにしました。


「ざっとこんなもんよ。これぞチートの本領発揮だな」



 しかしその後も桃太郎は何度も鬼退治にやってきます。

 最初は余裕だったチー太郎鬼ですが、何度も何度も立ち向かう桃太郎に根負けしてしまいました。

 鬼であることに疲れ果ててしまったのです。

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