第6話『自分磨きの第一歩、破滅への序曲』

時刻は17時15分


 「お疲れ様でした、課長お先に失礼します。」


「おつかれさん、来週からの新人研修頼むぞ、漆原。」 


 今日も充実した1日だった。


途中、笹山の奴が邪魔しに来たが、まぁ通常運転だ。


 来週からは新人研修生の面倒をみなくてはならない、課題も作らないといけないし、忙しくなるな。


陽介は来週の事を考えながら、家路へ急ぐのだった。


途中エイトイレブンに寄り、夕飯を買い再び歩きだした。



マンションの前に着くと、何やら上の方が騒がしい、螺旋階段を上がり、自部屋に向かった。


どうやら騒がしいのは、リビングからの様だ。


「また、新しい住人でも、越して来たのかな、毎度恒例の歓迎会か、まともな奴が入ってくると良いな。」


「もう、、あんな事は沢山だ。」


陽介の部屋を誰かがノックした。


コンコン


 「漆原君おる?、うちや、ちょっと用事あんねん。」


「はい、居ますよ。」


「おったな、あんな、今日新しい子入って来たんや、そんでな、今歓迎会してんねん。」


 「でしょうね、聞こえてますから、で女?、男?。」


「男や、でもな明るくて、おもろい子やで、

確か、、名前が、清瀬君言うねん。」


 「清瀬?、しかし驚くのは、ルームシェアは本当に色んな名字多いですよね。」


「せやな、大月なんて滅多におらんで、がっははっは。」


「折角やし、顔見せにリビング行ったらええよ。」


 「まぁ、確かにそうですね、、挨拶にでも行きますか。」


 陽介は、大月に連れられて、リビングへと向かった。


そこには、いつものメンバーが、集まっていた。


 椅子にはオーナー、テーブルには、青木、樽井、海原、河西、そして、見たこともない住人、恐らくそれが清瀬だ。

見た目は、茶髪で、少し髪が長い、笑顔の時にくしゃっとなるような顔だ。


「おお、漆原君、来たのかね、今ね、彼の歓迎会をしていてね。」


「清瀬君、漆原君に挨拶を。」


 「初めまして、漆原さん、『清瀬 終二』です!」


「漆原陽介です、よろしくお願いします。」


リビングに行くといつものメンバーが居て、

オーナーが、彼を紹介した。


「漆原さんに、お会いできるの待っていましたよ、皆さんから話を聞いて、是非会ってみたくて!」


「なるほど、噂通りの人だ。」


 「?」


 「俺もまだ入って間もないけど、良い所だから、きっと気に入ると思うよ。」


「はい!、俺1階に新しく出来た、プレハブ小屋に住んでます、時々遊びに来てください!」


 「ああ、分かったよ、遊びに行かせてもらうよ。」


気のせいか、笹山に雰囲気が似てるような気がした。


何て言うんだろう、犬っぽい感じがした。



歓迎会から、1ヶ月半が過ぎた。


1階プレハブ小屋


「漆原さん、新作のエロゲー面白いですよ~


後で貸しますから。」


 「ああ、はいはい、ありがとう。」


「このキャラ良くないですか?、俺こういう子タイプなんですよ~。」


 「確かに可愛いな、でも俺はこの子だな。」


「そうですか、でも、その子病むんですよ。」


 「おいおい、ネタバレするなよ。」


陽介はすっかり懐かれていた。


「漆原さん、銭湯行きましょうよ~。」


 「また、今度な。」


「分かりました、約束ですよ~。」



陽介は清瀬と別れ、屋上へ。


「しっかし、大分、懐かれたな~、本当に笹川みたいな奴だ。」


「悪い奴じゃ無いんだけどな~。」


「ソファーで、昼寝でもするか。」


 陽介は昼寝をすることにした。


夏以外は、屋上は過ごしやすい、気持ちの良い風も吹いて、そこだけ時間が止まった様な感覚を味わえる。


その心地よい環境の均衡を破る人物が現れた。


大月だ。


「漆原君、ちょっときいて、きいて。」


 「なんですか、、、眠いんですが、、」


「きいて、きいて、あんな、清瀬君の事なんよ。」


 「清瀬がどうしたんですか、、」


「実はな、本人から聞いたんやけど、驚いたらあかんで、、清瀬君な、現役のV系バンドのvocalなんやって!」


 「ん?、、清瀬が?V系バンドのvocal?」


「唐突過ぎてわからないですけど、マジですか!、、でもなんでそんな奴がこんなマンションに?。」


 「そうそう、うちもわからへんねん、なんで、ルームシェアなんかしてるか、本人に聞いても教えてくれへん。」


「それが本当なら、凄いですね、、なんてバンドですか?」


「ドットリブってバンドや!、これみてみぃや。」


 「あ!、知ってますよ、この曲、確か有名なカードゲームのアニメの主題歌でした!。」


「ほんまなん?。」


 「はい、この曲有名ですよ、クリスマスに別れた男女がまた次のクリスマスに奇跡的に出逢うって様な、素敵な歌詞で俺好きなやつですよ」


「しっかし、凄いな!、清瀬の奴が、、

ただの明るくて、笹山に似てる様な奴だと思っていたら有名バンドか。」


「世間て狭いな。」


「でも、なんでそんな話になったんですか?」


 「カントウキッズの話しになってな、清瀬君大のジョニーズ好きやねんて。」


 「毎年、カウントダウンコンサートいくんやて。」


 「いつか、共演するのが夢なんやて。」


「なるほど、だから俺懐かれていたのか、

知世さん前に声が似てるって言ってましたもんね。」


 「せやな、漆原君めっちゃ、懐かれているもんな。」


「なんだ、そうだったのか、理由が解って良かった。」


 「いまのうちに、サインもろうといた方がええよ、じゃあ、ほなな!。」


知世は、いつもの様にがっははっはと笑いながら、下へ降りて行った。


「清瀬が、か、、ガキの頃に聴いていたあの曲を清瀬が、、」


陽介は何とも言えない、感覚に包まれていた。


時刻は18時20分。


陽介は清瀬に呼び出されてリビングに居た。


「漆原さん~、このエロゲー俺のダウンロードさせてあげますよ~。」


 「本当ですか、ありがとうございます。」


「これ有名な奴なんで、赤色の護衛ってやつで、凄い面白いし、可愛いんですよ。」


 「面白そうですね、俺はこの子好きです

ね。」


「ん?、漆原さん、さっきから、おかしいですよ、なんかあったんですか?」


「もしかして、バレちゃいました?」


 「ああ、知世さんに聞いて知っちゃったから、つい他人行儀になった、、」


 「そういうのやめてくださいね、いつもの漆原さん、らしくいてください。」


「でもさ、俺が観ていたアニメの主題歌を、お前が歌っていたなんて、ビックリだよ。」


 「えへへ、、内緒ですよ、、特にオーナーには。」


「わかってるよ、バレたら多分何時間も、話しに付き合わされるぞ。」


 「漆原さんも、ジョニーズ、カントウキッズ好きなんですよね、、今度カラオケ行きませんか?。」


「お!いいね、行こう!」


 「二人だけで行きましょう!」


「おい、その言い方やめようぜ、、」


「じゃあ、今度の日曜日な!、聴かせてくれよ、プロの声ってやつを、さ。」


 「分かりました、沢山歌いましょう。」


そして、日曜日当日。


陽介と、清瀬はフリータイムでカラオケに入った。


「さぁ!、歌いましょう!。」


 「じゃあさ、じゃあさ、あれ歌ってよ!。」


「アレですね、懐かしいな、あまり歌わないんですよ、クリスマスソングですから。」


 そう言うと、清瀬はソファーに足を掛け、丁度、良くあるバンドマンがする、スタンドマイクパフォーマンスの様な体勢で歌いだした。


 陽介は衝撃を受けていた、過去に親友と共にバンドの様な真似事をしていた陽介だが、


本物は違っていた。


腹式呼吸による声量、伸びのある響きに、ビブラート、普段へらへら笑ってるイメージとは、別人だった。


パチパチ


 陽介は歓喜した、まるで目の前でライヴを観てるかの様だった、その時に思ってしまった。

 この一週間、ドットリブについて、沢山調べて解ったが、清瀬には沢山ファンが居る、

そのファン達からしたら、俺はなんて恵まれてる存在なんだろうかと。


 こうやって、カラオケや、食事したり、話せたり、いつでも俺に対して敬語だし、ファンが体験したい事をしている。


 改めて、自分の今の立場が価値のあるものに思えた。


「すげぇ、感動したよ!、ありがとう!」


「そうだ、記念に録音しよう。」


 「え!録音出来るんですか、知らなかった。」


「じゃあ一緒にカントウキッズ、歌おうか!


デュオしよう。」


こうして、陽介と清瀬は、ジョニーズとアニソンのカラオケを歌い尽くした。



時刻は22時40分。


 清瀬と陽介は、マンションに戻ると早速、先程撮り、サイトにupした動画を観た。


今思うとその時だったんだろう、清瀬と、陽介のベクトルが変わったのは。


 暫く二人で観ていたが、清瀬は珍しく不満そうだった。

 いつもへらへらして明るい清瀬は、何故か動画を観てから困惑の表情を浮かべていた。


そして、しばしの沈黙の後、陽介に衝撃の一言を言った。


「俺って、、こんな下手だったんですか。」


 「ん?下手って、いや。上手いよ、声も出てるし。」


「いや、下手ですよ、、俺こんな歌をお客さんに聴かせていたんですね。」


 「うーん、俺には解らないけど、たとえそうだとしても、他人の曲だし、しょうがないよ。」


「だとしても、、知らなかった、、こんなに」


「でも、ありがとうございます、漆原さんのお陰で気付けました、、」


 「いや、俺はなにもしてないよ。」


「お礼と言うか、俺も気付かせて頂いたんで、言うんですけど、前々から思っていたんで言うんですけど。」


「漆原さん、髪とかきちんと洗えてますか?

いつも寝癖が酷いし、シャンプー洗い残しの匂いが残ってますよ。」



 「あ?、、そう、そうなんだ、、」


陽介はついムカッとした、清瀬の言動が解らない、さっきは人を恩人扱いして、今度は不潔扱いか。


「他の皆さんが言わないと思うから言いました、きっと皆さんそう思ってますよ。」


 「清瀬、あのな、親しき仲にも礼儀ありだ

ぞ。」


「正直言います、勿体無いと思いました。」


 「勿体無いって、、俺を?、、」


「はい、折角顔が整っているのに、なんできちんとしないのかなって、肌だってボロボロだし、顔も色黒で、日焼けが凄いし、、だから勿体無いって思いました。」


確かに清瀬に言われるまで、俺はあまり意識しなかった、気にする年でもないし、誰も何も言わないし。


「それで漆原さんに、これオススメします!


『ヘッドスパ』です。」


 「ヘッドスパ?、なんだそりゃ?」


「これを見てください、普通に頭を洗うのは誰でも出来ますが、ヘッドスパは店の人が頭をマッサージしながら、炭酸が混じった、特殊なシャンプーで頭を洗ってくれるんです。」


 「へぇ~、、凄いな!」


「はい、頭皮って洗うの難しいんですよ、普通に洗っていても駄目なんです、俺なんか

月に何回も行きますよ。」


「で、俺が勧めるのはこの店で、『林宿』にあるヘッドスパ専門の店です!」


「予約はこうするんですよ、、こう入力して、、はい!、それで確定です。」


「値段も、12000円で安いんですよ。」


「だから、ヘッドスパ行って、格好良くなって来て下さい。」


 「分かった、現役バンドのvocalが言うんだから間違いなんいんだろうな、化粧もするし、大体、男のクセに肌が綺麗だしな。」


 「ありがとう、正直言われた時は、最初はムカッときたけど、清瀬の言う通りだ、今まで誰にも指摘された事が無かったから、、てか、誰も言ってくれなかった、、俺の親友ですら。」



「いえ、いえ、俺も歌を気付かせて頂きましたから、お礼です、予約しましたから、、きちんとその日に行って下さいね!」


「ああ!分かった、俺行って来るよ。」


今思うと、これが自分磨きを知ったきっかけだったかもしれない、もしこの時清瀬に会わなかったら、、自分磨きを知らなかったら、


今頃、◯◯に出逢えなかっただろう。


こうして、俺の自分磨きへの第一歩が始まった。


══════════════════


時刻13時28分




 翌週、清瀬との約束で、陽介は林宿に来ていた。


林宿は若者の街で知られ、ジョニーズショップのタレントのグッズや写真が売っている店が立ち並んでいる。


他にもクレープ屋があったり、裏参道という、長い道もある。


 陽介は林宿に来るのは初めてだった。


すれ違う人間は若者の男女ばかり、中には家族連れも居るが、男一人は流石に場違いである。


 人混みを掻き分け長い道を暫く歩くと、やがて大きな道路へ出た。


清瀬が予約してくれた店は、この大通りの近くらしい。


陽介は携帯で店の場所を検索して、目的地が

直ぐそこだと解ると、足早に向かった。



時刻13時55分



 予約時間の14時に何とか間に合った。


店内に入ると、お洒落なBGM が聴こえてきた。


洋楽でもなく、流行りの音楽でもない。

そう、ヒーリング、癒しの音と言えるだろう。


陽介に気付いたのか、一人の男のスタッフが声を掛けてきた。


流石に林宿のスタッフ、年齢は20代前半で

黒いTシャツに、黒いズボン。


髪型もお洒落だった。


「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」


 「はい。」


「お名前を宜しいでしょうか?。」


 「14時に予約している、漆原です。」


スタッフは、名簿を確認すると、陽介を奥へと案内した。


「漆原様ですね、畏まりました、こちらへどうぞ。」


 陽介は奥へ通されると、そこには見たこともない、機械が沢山置かれていた。


雰囲気は美容室と変わらないが、あちらこちらから、プシューっという音が聴こえてきた。


 陽介は席へ座り、少し待つことになった。


目の前には、鏡があり、そこには緊張感に見舞われた自分が映っていた。


場違いな所に来てしまった。


きっと清瀬が、あんな事を言わなければ、こんな所に来ることも無かったろうに。


感謝の気持ちと、対をなすように、今すぐ帰りたいという気持ちが、複雑に絡み合っていた。


 暫くすると、また一人の男が現れた。


年齢はやっぱり若い、茶髪でロングで、

とても会社員の陽介には出来ない髪型だった。


「漆原様ですね、本日担当させていただきます、Ryuです!宜しくお願いします。」


 「こちらこそ、宜しくお願いします。」


「本日はどの様に致しますか?。」


 「えーと、知り合いに勧められて、ヘッドスパというやつを受けに来ました。」


「畏まりました、では、軽く頭皮のマッサージをした後に、シャンプー台で洗った、後、ヘッドスパの機械で再度頭皮のマッサージをさせていただきます。」


 そう言うと、Ryu は陽介の頭皮をマッサージし始めた。


掌を広げ、掴むような形を作って、揉みだした。


擬音で表すと、ゴワゴワ、ワシャワシャ、ぐわんくわん、という感じだ。


すると、不思議な事に固くなっていた、頭皮が徐々に柔らかくなってきた。


と、同時に眠気が襲ってくる。

体がリラックスしてきた証拠だ。


「いかがですか?、凄く凝り固まっていたので、念入りに、ほぐしました。」


 「はい、、なんか頭がスッキリしました。」


「では、こちらへ、今度はシャンプー台で、髪を洗います。」


 美容室にある様な、シャンプー台に案内されると、陽介は座りながら仰向けになる体勢を取った。


頭はシャンプー台の上に置き。


Ryu は、頭にシャンプーをつけて、陽介の頭皮を洗い出した。


「痒いところはありませんか?」


 「いえ、無いです。」


 15分位で洗髪は終わり、陽介はあの機械に案内された。


そして、例の音の正体である、シューっと炭酸スプレーを頭にかけて、頭の上に機械を被せた。


すると、頭がスースーして、不思議な感じがし。


機械からは、淡い光が漏れていた。


20分位だろうか、ようやく機械が取り外され、陽介はまた席へと戻り、髪を乾かしてもらい、初めてのヘッドスパが終わった。


「はい、これで終わりです、お疲れ様でした。」 


 「ありがとうございます、頭がスッキリしました。」


「また来てください、ありがとうございました。」



陽介は店を出ると、入店する前の緊張感が嘘のように無くなっていた。


時刻は16時10分を回っていた。


「いや~、、凄いなヘッドスパって、頭がスッキリした。」


「帰って清瀬に、礼を言わないとな。」



時を同じく、何やら不穏な動きが、この時別の場所で起こっていた。


「二人共そろそろ動いてもらって、良いですか?」


 「解りました、実行に移します。」


 「まかせときなさいよ、こんなマンション◯◯してやるから!。」


「派手に暴れちゃって下さい、ついでに◯◯も始末しちゃって構わないですから。」



陽介は足取りも軽く、帰りを急ぐのだった。


だが、平穏も束の間、陽介の身にまた新たな、トラブルが近付いていようとは、


この時の陽介には、思いもよらなかった。


═══════════════════

6話、如何だったでしょうか?


カラオケを通じて解気付いた二人、


今まで、誰も触れてこなかった、陽介の部分


それを清瀬が、言ってくれましたね~




皆さんにもあるんじゃないですか?

こういう、他人からの きっかけ。


自分磨きって、そういう気付きの

部分が大事だと思ってます。


さぁ、トラブルメーカーの陽介、

次のトラブルは果たして、なんだ!?


覚えていますか?あの二人を、


次話ついに動きます!


では、次話でお会いしましょう。

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