第3話『来訪者、動き出す陰謀』
時刻はAM8時30を回っていた。
陽介にとって、初めての新生活の朝を迎えた。
寝ぼけながら髪型を整え、顔を洗い、朝食に近くのコンビニで買った、ンドイッチを頬張りつつ、スーツに着替えマンション前の自販機で買っておいた、コーラを飲みながら、ズボンを履く。
陽介は意外に面倒くさがりだ。
着替えを済ませ、部屋に鍵を掛け
忘れ物が無いか確認し、その場を後にした。
螺旋階段を降りて行く途中、奥さんに会ったので、挨拶をして、マンションを出た。
時間に余裕がある為、ゆっくり歩いて駅に向かう。
駅に着いた陽介は改札を抜け、会社のある山宿行きに乗車した。
前に住んでいた最寄りの駅から乗るのと、現在の下野から乗るのでは、乗車率が全然違う。
電車内は凄く込み合っていた。
各駅に止まる度、扉が開き、人が押されながら、
流されながら乗車してくる、罵声が聞こえたりもする。
だが、陽介は運が良い事に、席に座れていたのだ。
あと、数分遅ければ今頃は人の渦の中、早起きは三文の徳とは良く言ったものだ。
陽介は安堵した。
「絶対、毎朝早起きしよう、、これは耐えられない」
「『満員電車』に初めて乗ったが、想像以上だ。」
「山宿までの、主要駅は3つ、下野、『水池』、そして、山宿。」
「ただでさえ、主要駅が二つも被ってるからな~、、そりゃ混みもするさ」
次は山宿~
車内にアナウンスが流れると同時に、人々の視線は、開く扉に集中する。
電車は降りる時も大変だ、特に後ろの方へと追いやられた者は、降りたくても直ぐには降りられない。
それは何故か?
左右から、人の波が押し寄せて来るからだ。
双方から来る波は、目の前の列に合流しようと、割り込んでくる。
↑先降
割人→ ←割人
↑後人
その為、結果的に後ろの者は後回しにされてしまうのだ。
こう言った現象はコンビニ等にも起こるが、
大抵線引きされ管理されている。
だが、満員電車だけは別だ、そんな常識は通用しない。
まるで、大自然のサバンナに放り出された、草食動物の様だ。
当然、肉食動物の前では、逆らう事も抗う事も出来ず、諦めるしかない。
陽介は運良く席に座れたが、降りる時は草食側だ。
此処での弱肉強食に従うしかない。
時刻はAM 9時05分を回っていた。
やっとの事で、山宿に下車出来た。
先程までの圧迫感から解放された陽介は、
急いで改札を通り、地上に出た。
「流石に早く着きすぎたか、まぁ、、
あれより酷い目に遭うよりはマシだな。」
「さて、時間までどう暇潰すかな~」
「またカフェでも行くかな。」
山宿に早く着いてしまった陽介は、前回同様にカフェに向かおうと歩き出そうとした、
その時、背後から近付く気配があった、
いつもの様に、ヘラヘラした態度で話掛けて来たのは、後輩の笹山だった。
「陽介先輩!」
「おはようございます~、、どうですか?
新しい生活は?」
「おう、おはよう、、つか漆原先輩な!」
「お陰様で順調だよ、あん時はサンキューな」
「それは良かったです~、、と言う事でお昼奢って下さいね」
笹山はニッコリ笑みを浮かべながら、陽介に近付、右肩を叩いた。
「それでは漆原先輩、詳しい事はお昼にでも聞かせて下さいね。」
「では、お先に失礼します~」
「だから漆原だってー!、、ん?、合ってる!、、ちゃんと言えたじゃないか」
笹山は嬉しそうに去って行った。
会社に着いた陽介は、自分のデスクに着くと
本日のスケジュールを確認して、作業に入った。
意外に会社では、仕事が出来る方だった。
課長に一目置かれる位だ。
そんな事もあり、新人の教育係りを任されてしまった。
笹山は、その時の後輩だ。
「漆原、毎年で悪いが新人達の研修を頼むぞ、今年の奴等は骨が無さそうだからな、きちんと教育しろよ。」
「はい!課長、、任せて下さい」
「それと、今日の飲み会だが、また欠席するのか?」
「酒の席に出無いと出世出来んぞ、、まぁワタシの世代はそうだったんだがな。」
「すいません、課長、、酒はどうしても駄目なんです…」
「まぁ、無理にとは言わん、、取り敢えず
新人達の研修は任せたからな。」
「すいません、、研修は任せて下さい!」
課長は陽介の左肩を叩くと、会議室の方へと向かった。
時刻は12時を回ろうとしていた。
「さぁ、昼だ笹山が食堂で待ってる、、あ!そういえば奢るんだったな…」
「ま!、、幸い食堂で一番高くても1000円いかないからな、アイツには借りが出来たし、仕方無いか」
相変わらず、食堂は混雑していた。
今日のメニューは、A『 トンカツ定食』B『 秋刀魚定食』だ。
陽介は笹山の好みを知っていたので、A定食二人前を頼み、席に着いた。
それから数分経ち、笹山が来た。
「笹山、お前の分これで良いよな?」
陽介はトンカツ定食を指で指しながら、笹山に言った。
「ん~、、そうですね、、B定食の気分だったけど我慢します~」
「人に奢らせて、何が気分だ!、、図々しい奴だな」
「しょうがないじゃないですか~、、魚も好きなんですよ~俺」
「わ、分かったよ、分かったから食え」
「それでは、いただきます~、、衣がサクサクしていて美味しいですね、、あ!レモンかけてなかった」
「俺に奢らせた飯だから旨いんじゃないのか?」
「はい、そうですね~、、ところで、どうなんですか?ルームシェアは、、住人の方達と上手くいってますか?」
陽介は笹山にこれまでの出来事を話した。
「という事なんだ、変わった場所に個性的な住人達だろ?」
「逆に先輩の方が凄いと思いますけどね~
初めてのルームシェアで、初日から打ち解けるなんて」
「しかも、そんな変なマンションで、住人と暮らして行くんだから」
「おまけにオーナー夫婦は癖があるみたいだし、俺なら願い下げですけどね~」
「俺だってあんな所だと知っていたら、今頃住んでない」
「まぁ、次が見付かるまでの我慢だな」
「うーん、、とにかく先輩騙されやすいから気を付けて下さいね。」
「それでは、また会いましょう~」
そういうと笹山は去っていった。
内心喜んでいるに違いない。
だが、結果的に笹山に助けられた事には間違いないのだから。
大目にみてやる事にした。
陽介も席を立ち、自分の部署に戻って行った。
══════════════════
時刻はPM18時05分
会社帰りの陽介は、家近付くのコンビニに立ち寄り、飲み物や弁当を購入した。
一応、台所には炊飯器が3台置いてあるが、聞いた話、住人はあまり使わないらしい。
下駅から家までは、約5分利便性はかなり良い。
余裕を持って、朝は出られる。
しかし、今朝の満員電車には敵わない、
早起きは三文の徳なのだから。
陽介はマンションに着き、螺旋階段を上がり、3階へ。
陽介の部屋は3階の一角にあった。
内装は木造で出来ていて、ベッドも手作りだ。
しかも、布団に枕付きだ。
ラッキーな事に両隣は空き室らしい。
陽介は洗面台で手を洗い、部屋に戻って
買ってきた弁当を食べ始めた。
「『リーソン』の弁当も上手いな、『エイトレブン』派だったけど。」
「リーソンは箸に拘ってるし、底上げしてないし、可愛い店員多いしな。」
等と陽介が弁当を堪能していると、誰かが帰って来た様だ。
「帰って来てたんですか、お疲れ様です」
話掛けて来たのは、前に屋上で話した樽井健太だった。
樽井の部屋は、陽介の部屋から真ん中にあり、電気を付けると、他の部屋から目立つ
よって、在宅、不在が解る。
「はい、今さっき、、そっちも弁当ですか?
凄い良い匂いがするから。」
「お、俺、エイトレブンで、肉野菜弁当買って来ました。」
「いいね!肉野菜弁当、俺も今度買おうかな」
「どうですか?、、住み心地は、慣れましたか?」
樽井は陽介に気を使いながら、話掛けてくれているが、矢張、声とのギャップが激しい。
屋上でもそうだったが、野太いおっさんの様な声だ。
なのに、歳は二十歳だから驚きだ。
「そ、そう言えば、また新しい人が入ったらしいです、まだ見てないんですが、金髪の男。」
「金髪ですか、しかし、住人の入れ替りが激しいですね、ここは」
「で、ですね、漆原さんがまだ会って無い住人が、まだ結構居ますよ。」
「例えば、屋上で話した、嫌な奴、金井彰久、赤木さんと同じ名字の赤木宗則、そして、声優オタクの諸星 純ですね。」
「あ、漆原さん、タメ口で大丈夫です、俺年下ですから」
「あ、分かった、そうするよ、、そうか、、まだ三人会ってないのか。」
「正確には後、二人、カップルが4階に住んでいます、今月出るみたいですが。」
「カップルってあれか?、、洗濯置き場に置いてあった、、下着はその彼女の物だったんだな。」
「お、俺も初めて見た時は驚きましたよ、、普通に干してあるんですから。」
それから1時間程会話をした、途中、樽井は奥さんに呼び出されリビングに消えって行った。
実は、二人の会話は周りには筒抜けだった、殆どの部屋には天井が無いので、丸聞こえだ。
そう、プライバシーも何もない。
騒音問題で、越してきた陽介からは、考えられない環境だった。
時刻はPM 19時を回っていた。
何やらリビングの方が騒がしい、どうやら住人達数人で話している様だ。
陽介はやる事も無いので、リビングへと向かった。
リビングの扉は開いており、遠目からテーブルの椅子には、例の金髪男と見知らぬ住人の二人が
座っており、オーナーのパソコン用の椅子に、もう一人、座っていた。
陽介は警戒心を抱きながら、リビングへ入室した。
あの要注意人物の金井彰久が、確実にこの中に居るからだ。
「こんばんは、なんだか皆さん楽しそうですね、、俺、漆原と言います。」
「ああ、オーナーから聞いてますよ、僕は『赤木宗則』です、同じ名字が二人居るから、よく間違われます。」
テーブルの奥の方の椅子に座って居たのは、赤木宗則だった。
体格は細身で、見るからに色白な虚弱体質な感じだ。
「俺は、『諸星 純』です、宜しく、知世さんが言ってた新人さんか」
赤木の隣に座って居たのは、諸星 純だった。
体格は大きく色黒で、腹から出ている良い声だった。
と言う事は、オーナー専用の椅子に座って居るのが、金髪男だから、必然的に離れたパソコン用椅子に座って居るのが、例の金井彰久になる。
「初めまして、今日入ってきた『林藤 修』っす、聞きましたよ漆原さんも入ったばかりっすよね?」
「はい、新人同士よろしくお願いします」
金髪男の名は林藤 修と言うらしい、見るからにサーファーの風貌だ。
肌は少し日に焼けていて、良く見ると金髪にオレンジ色のメッシュが掛かっていた。
言葉尻は、○○っす、と特徴的だ。
そして、この流れから、次は真打ち金井彰久の登場だ。
陽介は息を飲んだ、、、
「最後はオレですね、漆原さん、『金井彰久』です、以後お見知り置きを。」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
少し離れた場所から、挨拶してきたのは金井彰久だった。
話に聞いていた人物と違い、礼儀正しく、
見た目は真面目そうな青年という印象だ。
流石に陽介も面を食らってしまい、後の言葉が続かなかった。
何故なら、とても問題児には見えなかったからだ。
「どうかしました?、オレの顔に何か?」
「いや、、何でも無いですよ、今日はオーナー夫婦は居無いのかと思って。」
怪訝そうに、陽介を見る金井に動揺してしまい、取り繕うとしたが、何か見透かされている様な気がした。
「オーナーはもう寝ましたよ、あの人時代劇の無い日は基本早寝なので」
「そうそうオーナーは、いつも大音量でテレビ観るから、居るかどうか解るよ」
「確かに特別な事が無いと、夕食を食べて直ぐ寝ちゃいますね。」
陽介の問いに、金井、諸星、赤木の三人が答えた。
「なるほど、そうなんっすね、だから見当たら無いのか。」
「そう言えば、漆原さん、聞いたっすよ、ルームシェアしたきっかけ。」
「アレっすよね?騒音トラブルでしたっけ?」
「はい、、そうです、隣と反りが合わなくて、暴力振るわれて、追い出されてしまいました。」
「マジっすか、そりゃあ大変でしたね、いるんすよねそういう奴」
「あのう、誰にこの事を聞いたんですか?」
「知世さんすよ、昼間仲良くなって、そんで色々きいたんすよ。」
林藤は終始笑いながら、陽介に話し掛けてくる
「漆原さん、知世さんに色々話さない方が、いいよ、あのおばさんお喋りだから、しかもいい歳して、アイドル好きなんですよ」
二人の話に割って入って来たのは、諸星だった。
「アイドル好き?どんな名前何ですか、男?女?」
「男だね、、そうそう、カントウキッズだっけかな」
「二人組のユニット何だけどさ、あの有名な事務所、ジョニーズだっけ、そこのデュオ」
「ああ、知ってます、俺も一時期ハマりましたよ、ドラマの曲が良くて、カラオケでよく歌ってました。」
「あ、本当?、、知世さんが知ったら、きっと何時間も話しに付き合わされるよ、、」
「うーん、それに漆原さん、うーん、、アレが似てるから余計絡まれるかも。」
諸星は、ハッキリしない口調で、曖昧に答え、陽介は何の事だか解らず、不思議な顔をしていた。
それから、二時間程経過した頃
諸星が、あまり長居すると、奥さんが来て怒ると言うので、各自解散する事になった。
══════════════════
時刻はPM 22時15分を回っていた。
陽介は自室に戻ろうとしたが、呼び止められてしまった。
恐る恐る、振り返るとそこには、金井彰久が立って居た。
「漆原さん、先程はどうも、、もう少し話しませんか?、、奥さんが来るとまずいので屋上に行きましょう。」
「はい、俺も金井さんと、もっと話したいと思ってました。」
二人は、螺旋階段を登り、屋上へと向かった。
実際、3時間程、皆で話したが、金井と話したのはせいぜい15分程度、残りの殆んどが、諸星だった。
屋上へと出た二人は、ソファーに陽介、椅子に金井が座った。
金井が灯りを付けると、陽介に話し掛けてきた。
「さっきは楽しかったですね~、、 久し振りに長居しましたよ、いつも奥さんが途中で邪魔をしに来るんですよ。」
「そういう時は皆、屋上に避難するんですけどね。」
「確かに奥さんは、怒ったら怖そうだ」
「でしょ?、、漆原さんはこのマンションを、どう思いますか?」
「そうですね、、駅が近いし、利便性はあるし、住人も良い人ばかりだし、オーナー夫婦間は癖があるけど、面白い体験が出来る場所って感じですかね」
陽介の返事に金井は少し神妙な面持ちで、聞いていた。
そして、少しの沈黙の後、金井は口を開いた。
「…なるほど、、漆原さんは、、そういう認識ですか、、何も解っていない様ですね。」
「解っていない?、、何を、、ですか?」
「…良いでしょう、教えて差し上げますよ、
実はですね、、オーナー夫婦は裏で家賃以外にもお金を徴収しているんです。」
「しかも、住人に対し、まるで奴隷の様に扱う、、漆原さん、覚えがありますよね?」
突然の金井の言葉に陽介は、言葉を失った。
確かに癖が強いオーナー夫婦だが、その様な悪徳紛いな事をしている様子が、見受けられ無かったからだ。
だが、陽介には一つだけ心当たりがあった。
「……覚えと言うか、、引っ越して来た日、オーナーに物を運ぶのを手伝わされました。」
「ですが、、樽井さんや、大月さん、赤木さんが、それはオーナーが、誰でも頼むから。しょうがない事と、、。」
「だから、別にオーナーはそんな悪い人には見えません!、、奥さんに至っては、お昼を御馳走してくれました!、、にわかに信じがたいです。」
陽介は自分が見てきた真実を否定され、感情的になってしまった。
と、同時に心の奥底では、金井の言うことも一理有るのではないかと、疑念が積もっていった。
その直後、先程まで冷静に話していた金井が立ち上がり、豹変した。
「クッフッフッ、、ハッハッハッハ、、ああ、、駄目だ、、こいつも、、駄目だ
救えない、、本当に救えない、、馬鹿。」
「人が親切に教えてやれば、、悪い人には見えないか?、、たかが二、三日で、その人間の本質が見極められると思ってるのか?」
「ああ、、救えない、、本当に、、救えない」
「何が救えないだ!、、俺は十分救われてる、、あんな事が遭った俺を少なくともオーナー夫婦は優しく出迎えてくれた、、俺は信じる人の優しさを!」
「クッフッフッフッ、、矛盾してるよ漆原
これはオレにとって君への優しさだ、同じ、じゃないか、、人の優しさだろ?」
「違う!、、こんなの優しさなんかじゃない」
陽介の返事に金井は不適な笑みを浮かべて答え。そして、一呼吸すると椅子に座り軽い口調で話し始めた。
「オーケー、オーケー、解ったよ、、そこまで言うなら、信じれば良いさ、、だが後悔するなよ?」
「ああ!、、俺は後悔しない」
少しの沈黙の後、金井がまた豹変した。
「うーん、、言い合いをするつもりはなかったんですけどね、、、本当は漆原さんに耳寄りな情報を提供するつもりでした、、」
なんだコイツ先程までとは違い別人の様だ
二重人格か?、、どっちが本当の金井彰久なんだ?
「そっちが仕掛けてきたんだろう、俺もそういうつもりは無かった。」
「分かりました、オレが悪かったです、、漆原さん、簡潔に言います、このマンションを一緒に出ましょう。」
「まだ、、そんな事を言うのか!」
「落ち着いて下さい、説明しますから、、あの金髪の男、覚えてますよね、林藤 修
彼は、ルームシェアのオーナーらしいんですよ。」
「自分で経営していてるそうで、家賃はここより安いし、防音設備も整っていて、しかも、綺麗な所です。、、写真を見せて頂きました。」
「百聞は一見にしからずです、この写真を見てください。」
陽介は金井から渡された携帯の写真を見てみると、そこには綺麗な部屋や、浴室、等が写っていた。
驚いたのは、きちんとしたプライバシーが守れた空間、それがあるのが普通は、当たり前だだが、此処にはそれが無い。
何より陽介が追い出された原因、音。
防音完備それがそこには有る。
この対比は陽介にとって、とても重要な事に思えた。
だからこそ、金井の提案が本当に良心的に思え、魅力的に思えたかも知れない。
ワンテンポ遅れた形で陽介は答えた。
「確かに、、此処とは違い綺麗だし、防音設備も整っていて、俺が求めていた環境だ。」
「しかし、、オーナー夫婦を裏切ったりする事は、、俺には出来無い」
陽介は両の拳を膝に置きながら、困惑した表情を浮かべている。
金井はそれを見て、何かを確信した様に陽介に詰め寄った。
「ですよね、それは分かっていますよ、ですが、漆原さんは、もう答えを出してるじゃないですか、何故、漆原さんがあんな酷い目に遭わされ、揚げ句の果てに、こんな場所に来てしまったか、お解りですよね?」
「原因は騒音問題ですよ?、、我慢しなくて良いんです、その場所は漆原さんにとって、理想の場所何ですよ、ですから、俺は真剣なんです、、手を伸ばせば届くんですよ」
「また、同じ事を繰り返すんですか?、、見知った相手が沢山居たら、そこはあなたにとって『楽園』になるんです、漆原さん、俺達と共に行きましょう。」
「オレに、赤木宗則さん、諸星さんも一緒です!、、それに後に大月さん達も!」
「まだまだ、増えるんです、一緒に楽園へ行きましょう!」
陽介に対する金井の言葉に悪意は感じられなかった、それどころか、とても心地良い感覚、例えるなら宗教に入信する信者の様な気分だった。
陽介の心に本当の意味で隙が出来たのは、その時かも知れない。
陽介は微睡みの中に居た。
何が正しくて、悪いのか、善悪、の判断が付かない状態だった。
だが、心の奥底では、求めていた、、安息の地を。
誰にも邪魔をされない、干渉されない地を
求めていた。
理不尽に追い出された陽介にとって、これ程までに無い誘惑、幻惑、否、手の届く現実だった。
「ありがとう、、俺は、、君を誤解していた様だ、、そこまで俺の事を考えてくれて、、、いたなんて、、そうだね、、我慢する事は無いんだ、、あの時だって、、俺は、、、」
「解って頂けましたか、、嬉しいです。
皆で集まっていたのは、この為の作成会議でした、、漆原さんが、この作戦に参加してくれて良かったです、、皆で自由を勝ち取りましょう。」
「はい、そうですね、、我慢する事はない
無い、、皆で出ましょう、、ここから、、」
陽介は金井達の作戦に参加する事になった。
微睡みの中に居たとはいえ、陽介の本心に変わりはなかったのだ。
「ようやく話がまとまったみたいっすね?、、長いんで、待ちくたびれましたよ」
そこに現れたのは、林藤 修だった。
彼はタイミングを見計らっていたのだ、
陽介がyesと答えるのを、ただひたすらずっと、待っていたのだ、例えるならば、獲物を待ち構える肉食動物の様に、行きを潜め、身を屈め獲物が罠に掛かるのを、ひたすらずっと。
「では、漆原さん契約成立すっね、一応仮だけど、成立って事で。」
「でも、大丈夫っすよ俺は正義の味方なんで、金井さんから事情を聞いて、善意で動いてるんで、安心してください。」
「そういう事ですから、漆原さんは安心して下さい、作戦の決行日が決まったら、教えます。」
「分かりました、、皆さんを信じます、、、よろしく、、お願いします。」
金井はそう言うと、林藤と共に屋上を去った。
陽介は、その場に取り残され、金井や林藤が残した、甘い言葉に酔いしれていた。
「俺は、、我慢した、、だから、、自由を」
気が付くと陽介は自部屋に戻っていた。
あの後どう、戻ったか解らない。
ただ、頭の片隅に残っていたのは間違いない、
自分が求めていた物を手にいれたあの一瞬の感覚を。
時刻はAM8時30を回っていた。
陽介は我に変えると、急いで出勤の用意をした。
身支度を整えると、螺旋階段を降りていく、そして、玄関に差し掛かる瞬間、誰かの『怒号』を聞いた、だが、差し迫る時間のせいで、陽介の耳には届かなかった。
その人物が誰か、考えている暇が無かった。
朝日は陽介を優しく照らしながら煌めいていた、それは陽介にとって、新たな旅立ちを予感させる物だったかも知れない。
══════════════════
さぁ、金井彰久の作戦に乗ってしまった
陽介、オーナー夫婦を、裏切る形になってしまったが、果たしてどちらが善で、悪なのか?
そして、林藤 修は一体何者?真の目的は!?
次話それが、明らかに!!
それでは第4話でお会いしましょう。
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