第16話 びっくりさせやがる

「さよならだ。黒岡くん」


上野は俺の腹に深々とナイフを突き刺す。

「ぎゃあああ!」

鈍い痛みを感じ、死んだと思った。


それだけだった。

俺の腹に突き立てられたのは、いつ取り替えたのか、マジック用の刃先の引っ込むナイフだったのだ。

「え?どういうこと?」

「僕たちはずっと勘違いしていたんだ」

「そうじゃなくて、何がしたかったのこれ」

「僕は今、君を殺した」

「おもちゃのナイフで殺す真似をね」

「違うよ」


上野は床に転がるブロックと人生ゲームを順番に指差しながら言う。

「君がたまたまブロックを踏み、さらにルーレットを三回まわしたところ、いずれも五が出たから、僕はおもちゃで君を刺したんだ」

「は?」

「この条件のうち一つでも外れれば、こっちの本物のナイフで刺し殺していた」

俺にはまだ上野が言ってる意味も、何をしたいのかもわからなかった。

「ど、どうしてそんなことを……」

「キャンプの時、目の前に雷が落ちたのを覚えているかな」

「すごくびっくりしたから覚えてるけど」

「あの時、君は雷が落ちる前に驚いていたんだ。うわってね。あの近さだ、落ちる前に光を捉えるのも無理なはずなのに」

上野に言われて初めて、そうだった気がしてくる。

「それで思ったんだ。あの時ネタバンクは一度雷に打たれて死んだんじゃないかって。だから反応が若干ずれたんじゃないか、ってね」

それって、つまり?

上野の言い分だと落雷で俺が死んだことで時間は落雷の直前まで巻き戻り、今度は超次元的な確率が起こり雷は隣の木へ逸れたが、俺の反射的なリアクションはそのまま残ったということだ。


やっと上野の意図が見えてきた気がして、同時に俺はなんだか興奮していた。

「それに気が付いた時、僕は仮説を思いついた。死神は君を殺したあと、時間を巻き戻しているんじゃない。死神は君を殺すが、君が死ぬと"死の原因が起こる前"まで時間が巻き戻るのではないか。つまりこれが正しければ君が告白をすると死ぬことと、死ぬと時間が巻き戻ることは全く別の話だということだ」

死神の預かり知らぬところで上野が俺を殺そうとも、自然の力で死に導かれても。時間が巻き戻り、俺の死を無かったことにする。

「守田さんが死神に愛されている一方で、君は時間を司る女神に愛されているのかもしれない」

時間に纏わる神は女神と昔から相場が決まっている、と上野は付け加えた。


信じきれない気持ちが半分、自分が無敵になったかのような錯覚がもう半分。

自分でもずっと疑問に思っていたのだ。死神は俺を殺したくせになんで時間まで戻してしまうのかと。その疑問は上野の説であれば解消される。

死神は俺を殺せど、勝手に時間が撒き戻り俺は甦る。

死神にとっては相当憎い相手だろう。この説は俺に急に自信を持たせた。死神と俺、どちらがより守田を愛しているのか。その戦いはやっと対等になったのだ。


「……。いや!ちょっと待ってよ!」

たしかに、お陰でかなり自体は進展しただろう。それでも、やはり腑に落ちないところがまだあった。

「時間が巻き戻らないで、俺は死んだままの可能性ってだいぶあったよな?そしたらおまえ、どうするつもりだったんだよ!」

「それも、問題はない」

「え?」

「僕には秘密の友達がたくさんいてね。そのうちの一人にミステリマニアがいるんだ。彼の考案してもらったトリックでアリバイ工作はバッチリさ」

それで問題がないのは上野だけじゃないか。

この話はこのまま終わるわけにはいかない。そうでないと、このルームシェアは俺にとって安心できるものではなくなってしまう。


どうにかして抗議しようとしたとき、俺の携帯電話が大音量で鳴った。この空気の読めないタイミングには覚えがあった。画面を見ると案の定発信元はすみれちゃんだ。

「なんで俺の携帯に……」

「すみれちゃんか。僕の携帯は今他の人に預けてるからね。もし本当に君が死んでしまった時のためのアリバイ工作の一つとして」

無視し続けていると一度着信は止んだが、すぐにまた鳴り出す。どうやら出るまではキリがなさそうだ。

「もしもし?」

「黒岡さん?先生そこにいます?」

上野が僕にも聞かせろと耳を指さすジェスチャーをするので、スピーカーに切り替える。

「いるけど」

「伝言頼まれてくれますか?新連載の話が上がっているので、急ですが本日中に打ち合わせの時間を取りたいと」

「わかった。上野から連絡するように言うよ」

「あと、もしかしたら先生から聞いたかもしれませんが」


いつもなら何事もハキハキと喋るすみれちゃんが言い淀む。これは只事じゃないと思った。だがすみれちゃんは、いつだってすみれちゃんだ。もちろん悪い意味だ。

「私たち、お付き合いし始めたんです」

「え?」

「私と先生は恋人同士になりました」


俺と上野は顔を見合わせる。鏡かと思うほど、上野は俺と同じ表情をしている。白目がよく見えるほど目を見開き、間抜けにぽかんと口を開けた顔。どうやらこいつも状況が飲み込めないらしい。なんでだよ。


いやいや。

びっくりさせやがる。

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