第13話 レペゼン・生涯現役
そのとんでもない出来事が起こったのは、ある月曜日の朝っぱらだった。
誓って言うが、本当にたまたま駅で守田を見かけた。決して大学に行く時間を狙って合わせ待ち伏せしていたとかいうわけではない。なんとなく気恥ずかしく声をかけるか迷っていると、先に守田に声をかける人がいた。
慌てて俺は自動販売機の影に隠れ、様子を伺う。後ろ姿はダボっとしたパンツと原色使いのパーカーでラッパーのような風貌だ。キャップを被っているため、ここからでは顔が見えない。
あんな知り合いが守田にいるなんて知らなかった。そう思っていた。
ところがラッパーはとんでもないことを吐かしたのだ。
「ずっといいなって思ってました!好きです!付き合ってください!アイラブユー、アンドピース、あーいっ」
◆ ◆ ◆
「上野!!!」
俺は大学の講義をすっぽかして大慌てで家に帰った。寝起きの小説家先生はスマホを弄りながらコーヒー片手に優雅なことだ。
「なんだい?大学は?」
なぜ帰ってきたのかと言うと、一つ確信があったからだ。
「お前だろ!守田にラッパーをけしかけたの!」
「おや、なんのことかな」
マグカップを啜る澄ました顔が腹立たしい。
「とぼけても無駄だぞ。なんであんなことした?」
「だから僕はなにも……」
ポコン、とダイニングテーブルに置かれた上野の携帯が鳴り、着信したメッセージが通知画面に浮かぶ。送信人のアカウント名ははa.k.aGG。ほぼ確定で先程のラッパーだろう。俺は百人一首の大会よろしく、上野が取る前に携帯を弾き取り、メッセージ内容を確認する。そこには「彼女に撃沈、ハートは永眠」とふざけた結果報告リリックが来ていた。もう言い逃れはできまい。
「……よくわかったね。そう、黒幕は僕さ」
「なんでだ!」
「守田さんに告白すると死ぬ、というのはネタバンクに限るのか、他者にも適用されるのか、という実験がしたかったんだよ。嫌がるだろうから内緒でね」
確かにラッパーは死ななかった。
きちんと守田がごめんなさい、を言い切るのを聞きとげ、その場を離れトボトボと家に帰るまでしっかり生きていた。
「どうやら死神が殺してまで告白を阻止したいのは、ネタバンクだけのようだ。一体なぜだろうな?」
死神に殺される理由。
実はなんとなくだが、初めて死んだことに気がついたあの朝から、ずっと考えていることがあった。
「……俺、死神は守田が好きだから、誰にも渡したくなくて殺すんだと、なんとなく思ってたんだ。でもそうじゃなくて、俺がダメってこと?」
「ん?どうしてそう思ってたんだ」
死神は俺を殺すときにしか姿を見せないが、いつもぴったりと守田に寄り添っているのだ。決まってその小さな手で守田の右手の小指と手を繋いでいるように。それに気づいてからは、死ぬときに目で死神の姿を捉えやすくなった。
「きっと死の要因は君にある。何か思い当たることはないのかい」
「……思い上がりだったら殴ってほしいんだけど、告白したら成功するから、とか、だったりしない……かな」
言葉がどんどん尻窄みになっていく。言っていて、バカも休み休み言え、と自分で思った。上野はピクリと片眉を動かすと、手を振り上げ拳を握り、ピタリと止めた。俺は自分で頼んだくせに思わず身構える。
「僕はね、その可能性は絶対に否定しないととっくに決めている。当の君が弱気になるな」
「上野……!」
そして、上野は振り上げた手で僕をビンタする。成人男性の力で思い切りだ。完全な不意打ちをモロにくらい目の前がチカチカとした。
「これは喝だ。ありがたく受け取ってほしいね」
「ちなみに、守田がラッパーにオーケーを出したらどう責任取ってくれるつもりだった?」
「そうならないように、守田さんの好みとは程遠い人選をしているよ。ごらん」
そういって見せてきたスマホの画面には、ラッパーを正面から撮った写真が映っていた。その姿はサングラスに隠れていない頬の皮膚が下がり、首にも隠しきれない皺が重なる。控えめに言ってうちの父よりもだいぶ上に見えた。
「おん年九十の現役ラッパーさ」
次の写真はサングラスがないので、窪んだ眼窩まで丸見えだ。三本指を前に突き出したラッパー然としたポーズとはあまりのチグハグさ。小説家先生には不思議な知り合いが沢山いるんだなあ、と改めて思い知らされる。いや、でもそれにしたって。
「もし守田がお爺さんラッパーがタイプど真ん中だったらどうするんだよ!」
「その時は……」
上野はわざと思い悩むふりをする。
「そもそもネタバンクにチャンスはないってことだろう」
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