第12話 バックヤードヤラカシ
我らがサークルの新入生歓迎会は惨敗だった。
連日のチラシ配りも虚しく、新入生は三人しか来なかった。しかも、どいつもこいつも既に他のサークルに心を決めた、言うなればタダ飯狙いの参加。俺たちとともにマイナースポーツ界を盛り上げようという気概があるやつは、ただの一人もいなかった。
それは一年生の頃の俺もそうだったから文句は言えないが。
そして、いまいち盛り上がらない気まずい飲み会に成り果てた新歓の雪辱を晴らすべく、俺たちは後藤先輩の家で飲み直すことにしたのだ。後藤先輩は今、駅から離れた場所にある一軒家に一人暮らしをしていて、かつてその家は彼の祖父母が暮らしていたらしい。全員で押しかけるのに広さも十分で、飲み会の後はいつも溜まり場になりがちだった。
カーレースゲームで盛り上がりながらお酒を飲んで、時間は既に0時を回ろうとしている。酒も回りそろそろ終電に乗るには家を出ないといけない時間だ。
「終電乗るならそろそろじゃん」
山本先輩がまるで帰る気ないとばかりにコントローラーを握ったまま言うと、後藤先輩は何でもなさそうな顔で
「みんな泊まってくんじゃねえの。奥に布団敷いてるよ」
と言った。その言葉で俺たちはオールナイトのゲーム大会決行を決め込む。
今日の外泊が確定したので、俺はその旨を上野にメッセージで送った。
ただ、後にこの決断を俺は大いに、本当に大いに後悔することになるとも知らずに。
「そうなるとお酒たりてないですね?」
野島先輩が酒瓶を振る。確かに買ってきたお酒は飲み尽くされかけていた。
「私買ってきますよ」
「じゃあ俺も行きます」
守田が立候補したので、俺も脊髄反射で名乗り出る。野島先輩が目を三日月のような形にして、にやっと笑う。
「しっかり護衛しなよ」
山本先輩はお金を渡しにくると、俺の肩を引き寄せ耳打ちした。
「二人で消えてもいいからな!」
「しないっすよ、そんなこと!」
俺が肩を押すと山本先輩は、ご機嫌に笑いながらゲームのコントローラーを奪いに行った。二人っきりで消える、もう一度俺の頭の中で言葉が反芻されたがすぐに追い出した。
こんな時間だと住宅街の中に立つコンビニは静かだった。マスクをしたままでやる気も無さそうな店員は、時間を潰しかねて捨てられたレシートをいじっている。
「甘いのもいる?きっとみんな飲むよね」
お酒が入ってほろ酔いの守田はいつもよりウキウキとしていて可愛い。
「いるいる。あと焼酎瓶も買ってくか。野島先輩好きだし」
「ないと怒るね」
先輩達の注文は、とにかくいっぱい、という頭の悪いものだった。
コンビニでただお酒を買う、それがこんなにワクワクできるとは知らなかった。外が真っ暗な時間に、守田と二人きりだ。誰かに見られたらどうしよう、いや逆に見られたいかもしれない。側から見たらどういう関係に見えるんだろうなんて、不毛なことを考えてしまう。
お菓子やお酒を買い込んで店を出ると、外はさらにしんと空気が冷たくなっていた。守田に持たせるわけにはいかない重い荷物が、冷えた指先に食い込み痛めつける。それでもほろ酔いで冷たい空気に当たるのはいつだって気持ちがいい。
守田と雑談しながら歩いていると、急に視界から守田がブレた。
「あはは、足ガクッてなっちゃった」
珍しくヒールのある靴を履いていることはずっと気になっていた。
「いつもはスニーカーが多いのに、今日ヒールなんだね」
「うん。素敵な先輩になりたくて。そしたら一年生もサークルちょっとは入りたくなるかなー、なんて」
その狙いはあっていると思う。現に俺はその作戦に引っかかって入部したようなものだからだ。
でも無駄だったね、なんて守田は笑う。
「一年生、入ってくれなかったね。黒岡くんごめんね」
「残念だったね……ってごめん?なんで俺に?」
「だって、黒岡くんまた試合にでれないじゃん……」
思い上がって脳の血管が切れるところだった。畏れ多くも、俺のために頑張るっていう思いが少しでもでも守田の中にあったなんて。俺のために、悔しいよね、とそんな顔をしてくれるなんて。
言い訳だが、幸いにもお酒が入っていた。
いつも以上に気分が大きくなっていて、俺の全ニューロン細胞は超精密な計算をしたうえで、がばがばの計算結果をはじき出しGOという指示を叩き出した。
「守田、あのさ」
「なに?」
「好き。この世の何よりも」
次の瞬間とてつもない強風が吹いたかと思うと、マンション最上階から植木鉢が落下し俺の頭を直撃して頭蓋骨を叩き割った。
「守田、あのさ」
瞬間視界の端に夜の闇に紛れた死神を拝むことに成功した俺は、脳が計算完了し、啖呵を切り出したタイミングまで引き戻されていた。
やり直しだ。
しかももう匙は投げられている。
「なに?」
……どうしよう。迷って、迷うなんて俺じゃないと思った。好きだと伝えることもできないなら。
これくらいは許されてほしい。
「……手、つながない。嫌じゃなければ。あの、フラフラしてるし」
「えっ」
当然ながら守田は困惑だろう。視線が斜め下へ移り、言葉を探している。
失敗した。やっぱり酔った状態の気持ちになんて任せるんじゃなかった。
後悔で心がぐちゃぐちゃになった俺は、差し出した手を慌てて引っ込めようとした。それを止めたのは守田だった。
「……うん。ありがとう。ふらふら、するもんね」
守田の細い指が俺の手を取る。
なんか言葉にならない声が出かけた。
手が燃えるように熱かった。そりゃそうか。太陽と手を繋いでるんだから。ガチガチに強張って石のような手にどうか気づかないで。
そこから俺たちは無言で手を繋いで歩いた。時間にして五分、体感にして永遠。
角を曲がり、後藤先輩の家が見えると、守田はパッと手を離した。
俺はこの夜のことだけは何度死のうとも忘れないと今宵の月に誓った。
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