第7話 トトトライアンドエラー

「ところで、昨日起こったことの話だが」


休日は昼前まで寝る主義の俺が歯を磨いていると……。

待て待て待て。


「上野、いま俺死んだわ」

「それは話が早いな」

寝違えたのか、なんとなく首の辺りに違和感を感じながら記憶を掘り起こす。理想の記憶の残り方じゃないことは確かだった。


「もしも、僕がこの後話そうとしたことの後に告白して死んだならば、何か条件設定をしているはずだ。思い出せるかい」

何を条件にしたのかも記憶には曖昧だ。

公園に呼び出した俺は、守田へ告白をした。何を言ったのかも、何をしたのかも思い出せない。


 でも守田がびっくりして髪を撫で付けた、若干伏したまつ毛の間から見えた瞳が、本当に綺麗だった。そのまま毛先を弄ぶ指、小指の根元に、最初は黒い指輪をしてると思ったんだ。

でもすぐに違うとわかった。例の死神のモヤが守田の小指に絡みついていたのだ。


そして、何かに襲われて俺は死んだ。

何か言い残した気もするが、これ以上は思い出せそうにない。

「なるほど。死神は見れたが条件が何だったかはわからない、ということか。ううん、収穫とは言い難いな」


こうなったなら、もう一度トライだ。

SF大本命作家の計画は綿密だった。俺に話しかける前には既に条件の設定の仕方を確立していたおかげで、何回時間が戻り記憶が消されてもほぼ同じ条件を作れるようにしているという。


確かに、条件付けはそんなに難しくないかもしれない。

「でもさ、パターンってそもそもセリフと握手で四パターンだろ。それってすぐに試し終わるけど、どこでストップしていいかは謎だよな」

「ネタバンクがポンポン忘れちゃううちはね。まあ大丈夫さ。止め時も考えてある。まずは告白し続けてくれ」



◆ ◆ ◆



「ところで、昨日起こったことの話だが」

俺は既に、何回かこの会話をしていると認識でき始めていた。また死んだのか、とすぐに分かるようになったのは成長と言えるかもしれない。不本意なことに死のショックにも慣れ始めてくるのだから、人間の順応力には脱帽する。


そして、今回も俺は断片的な記憶を獲得していた。

さらには、おそらく初めて判明した真相がある。

「俺、チワワに咬み殺されてる……!」

「チワワって目が怖いよな」


さらに何回もトライするうちに、まだ全ての記憶を明確に残せたことはないが、だんだんと蓄積されてきたものが確かにあった。

まず断言はできないが、一度残った記憶は消えないようだ。同じタイミング、同じ方法で死んでも前回生き返った時間から若干後に復帰ができているのだろうか。


おかげで、少なくとも若干思い出せる死が十一回あり、条件付けをしたパターン全て試すことができたとわかった。

もしも記憶の蓄積が出来なかった場合どうしていたのか上野に聞いたところ、毎回サイコロを振るときに二回余分に降っており、四回連続で一の目が出たらやめようと思ってた、と言われた。

「その確率は千二百九十六分の一。それが出るほどに試したなら充分だろう?」

「千三百回も死ぬ前に気づけてよかったよ!」

「実際のところは誰にも分からないけどね」

検証する上で誰にもわからない真相は深掘りしない、それは俺たちの暗黙の了解にしよう。

キリがないし、意味もない。

そして俺たちは困った。

ネタ切れだ。


「シチュエーションじゃないのかもしれないな。何か気がつくことはないのかい」

「そう言われてもなぁ」

「まぁ、いい。一旦中止にしよう。君も死に疲れただろう。休むといいよ」


休むといい、だって?

ゆっくりなんてしていられない。

この実験のおかげで確実にわかったことが一つある。それは俺にとって最高の事実。そして、その事実によってこの休日はもはや充実が約束された。


だって守田が今日空いていて、誘ったら来てくれることが先の実験で散々実証されたのだ!


今日、俺は初めて守田をデートに誘う!




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