第6話 トライアンドエラー

「好きです、俺と付き合ってくれませんか」


街の緑化の一環として芝生がきれいに敷かれ、花壇も整えられた公園。夏や秋には地域をあげたイベントが行われるような場所だ。

今日みたいに天気がいい暖かな日は、親子でお弁当を広げていたり、老夫婦が散歩をしながら花を写真に収めていたりと各々に朗らかな時間が流れている。


春を迎える喜びだかをモチーフにした噴水の前で、俺は守田に告白した。それはもう男らしく堂々と。


急にどうしたの?と慌てながら髪の毛を撫でつける守田は、今この瞬間存在する地球上の何よりも可愛い。

俺はとっさに死神を探す。

出てくるな、頼む。


しかし次の瞬間、すぐ近くで動物の唸り声がしたかと思うと、何かが、おそらく犬だ、横から弾丸のような速さで俺の首に食いついた。

「やめて!ホームズちゃん!」

飼い主のおばさんが叫ぶ声を聞きながら、俺はバスカビルかよ、と突っ込むこともできなかった。



◆ ◆ ◆



「ところで、昨日起こったことの話だが」

何もない休日は昼前まで寝る主義の俺が歯を磨いていると、すでに部屋着に着替え執筆中の上野が話しかけてきた。


昨日の話、というと俺が告白して死んだかもしれない話だ。そのことについて再度考えるといって昨日上野は自室へ戻ったのだ。


「この前は会話まで思い出せるほどだったのに、昨日はなぜほとんど思い出せないのか考え続けたんだ」

「そんなこと言ったって、上野の仮説が正しかったら、俺は何回も死んで何回も記憶が消えてることになるぞ。この前のがキセキだったんじゃないか」

「ネタバンクはなんでそんな人ごとなんだ」

何でというと、俺はイマイチ現実味を持てていない、というか認められない部分があったのだ。

あるいは気が付きかけている無意識に恐れていることから逃げるため、考えに蓋をしていたのかもしれない。そんな蓋は上野が次の瞬間一気に剥がす。


「キセキなんて言ってられないだろう。もし告白が死のトリガーだとしたら、溢れる想いが止まらなくても、今もこんなに好きでいるのに、言葉にできないんだぞ」


一瞬にして全身の力が抜けて、持っていた歯ブラシは床へ叩きつけられた。

告白できたら死ぬということは、告白できないということ。つまり

「二人寄り添って歩けない?」

まざまざと突きつけられては、本能が守田と付き合えないということを考えないように、思考の回路を切っていたことを認めるしかなかった。回路が繋がったとたん、膝がガクガクと笑い出す。

「おれ、どうすればいいんだ……!」

「可能性を少しずつ探していくんだ。なにもまだ告白で死ぬと決まったわけでもない、実は別の要因があるかもしれないだろう」

「そうか、そのためにも何をして殺されたかは覚えてないといけないのか。つまり?」

「トライアンドエラーだ」


作戦はこうだ。


彼女を公園に呼び出し、告白する。条件を変えながらそれを何度も繰り返す。

条件は俺がキセキ的に覚えていた一回を参考に考えることにした。


「セリフは?なんて言ったんだい?」

「好きです。一生幸せになってください、俺と」

「絶妙にダサいね。でも慎ましさはあるか。知らないけど」

「それで、握手を求めたら応えてもらえた」

「じゃあ握手の有無も条件の一つにしよう」

「そして、死神を見た」

「死神か……。条件が揃ったから死神を見れたのかもしれないな……。毎回全力で探してくれ。そいつはいわば犯人だ」


こうして条件はセリフと握手になった。

サイコロを降り、偶数ならこの前と同じセリフを、奇数なら無難なセリフを言う。そしてもう一回降り、偶数なら手を差し出し、奇数なら何もしない。


「サイコロを降る前までに時間が戻るといいな」

「じゃなきゃまずいね。でも防ぐ手なしだ。死ぬ時にはできるだけサイコロのことを意識するようにしてくれ」



そうして、俺は震える指先でメッセージを作り守田に公園での待ち合わせを持ちかけた。


街の緑化の一環として芝生がきれいに敷かれ、花壇も整えられた公園。観光客が写真をとっていたり、夏や秋には地域をあげたイベントが行われるような場所だ。

噴水の前で待ちながら、胃の中でポップコーンが弾けてるような気分だった。


作戦とはいえ、俺の言葉はいつだって本気だ。もしも作戦が失敗して死ななかったなら、それが一番いいハッピーエンド。

遠くに守田の姿が見えた。急に呼び出したにも関わらず、やっぱり可愛い。というか神聖。


ぱぱっと周りを見渡し、普通であれば死ぬような要因はないことを確認する。

強いて言うなら今チワワと鼻を突き合わせて挨拶している、大きめのシェパード犬が怖い。


「急に相談ってなに?部活のこと?」

汗ばんだ拳を握りしめる。

「好きです、俺と付き合ってくれませんか」

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