第3話 だからもうI love you so
大学では時間割の組み方により、水曜の三講は空き時間になってしまっている。友人のほとんどが講義を受けているので遊び相手もおらず、暇な時間は大抵サークル室でつぶすことにしていた。
ここにいれば誰かが同じように時間を潰しに来ることも多く、誰も来なくてもソファが置いてあるのでゆっくりと何不自由ない休憩ができた。
サークル棟は日当たりもよく、大学内で休憩するにもっともいい場所だ。誰か来ないかなと思いつつ、ソファにどっかりと腰掛け携帯をぼんやりとアテもなく眺める。春の日差しに包まれながら、このでかい窓の真下にソファを置いたやつは天才だと思った。ありがとう、何代も前の顔も知らない先輩。
うつらうつらと、夢が始まるような心地を覚え始めたころ、サークル室の扉を開ける音が聞こえて、俺の瞼は全開になる。
俺はもう扉を開ける音でわかるのだ。
ゆるい鼻歌を歌いながら、部屋へ女神が入ってくる。そして女神は俺が部屋にいることに気がつくと、若干照れ臭そうに「あれ、いたんだー」と笑う。
俺がこのサークルに入った理由の全て、そして今まで知りもしなかったマイナースポーツが大好きになった理由の九割を占めているのが女神、もとい守田莉子の存在だった。
守田は参考書やノートパソコンが入ったトートバッグを机の上に置くと、ソファの近くのパイプ椅子へ座る。
俺は守田の周りをくまなく見渡したが、あの黒いモヤは見えなかった。そして今俺はサークル室のソファの上。死体とは無縁の安全地帯。
もしかすると今なら想いを伝えられるかもしれない。そんな期待もよぎる、が。
「黒岡くんご飯まだだったらさ、一緒に購買に買いに行かない?」
守田は不用心にも俺を当たり前のように誘う。窓から入る日差しが彼女に一斉に差して、明るく染められた髪が晴れた日の湖のように輝く。
絵画の一枚みたいだと思った。
たぶんフェルメール、あるいはミュシャ。世界を唸らせ魅了し続ける芸術に彼女が並んだ瞬間を見たのだ。
俺の口は脳みそじゃなくて心臓に繋がっている。だから理屈とか言い訳とかで溢れた思いを止めることはできない。
「守田。俺、守田のことが大好き」
「えっ」
次の瞬間、俺の真上の照明器具が落下し、蛍光灯の破片が俺の頸動脈をピンポイントで切り裂き、痛いと脳みそが認識できたのと同時に俺は死んだ。
死の間際、守田の背後には黒いモヤの端が確かに見えた。
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