第2話 もういちどおはよう

焦げたトーストにマーガリンを塗り込むうちに、記憶がだんだんと明確に肉付けされていく。

あれは夢ではなく、現実。俺は死んで、そして告白決意前に時間が戻された。

確信した時には俺はもう同居人に向かって堂々と言い放っていた。

「なあ、俺が未来から来たって言ったら、笑う?」

「ん?ああ、笑うね」

同居人の上野新一は間髪入れずに笑う宣言を出してくれたが、対照的に目は冷ややかだった。傷つく。


「俺さ、トーストの焼き目を見て、彼女に告白する決心をしたから、大学行ってまっすぐ彼女に会って……告白した! そしたらさ、たまたま構内に刃物を持った男がいて刺されて死んで、気がついたらトーストが焼ける前に戻ってきたんだよ」

「へえ?まあまあ面白いじゃないか」

上野は若干俺の頭を馬鹿にしながらも、小説家という職業柄か興味を示してくれた。新聞を畳んで傍に置くと、話を聞いてやろうじゃないかと両手を広げる。

「それで?」

「いや、それだけなんだけどさ。でも本当なんだよ。信じてくれる?」

「随分唐突な話だな。起と結しかないのかい。でも、僕は小説家だし、その手のファンタジーは大好物だから、信じてみてもいい」

「さすが!持つべき友は小説家だなあ!」

思いがけない快い承認を得た俺は、勢い余って上野の手を取り上下へ振った。満更でもなく口の端を歪める上野は、詳しく聞かせてくれ、とパソコンのネタ帳を立ち上げた。


その前に上野について。

彼は今や女子高生なら知らない人はいないほどの売れっ子恋愛小説家だ。主人公の少女の恋を応援するうちに、何故か読んでいるこっちが少女に恋をしてしまうような小説が売れに売れ、ドラマや映画などになった作品もある。

しかし、彼の本当の専門分野はSFである。宇宙や未来へのロマンを書き綴った原稿は悉くボツになり、やっと公開へ漕ぎ着けても泣かず飛ばず。もう出版社にはS Fは書かせてもらえないと以前たいして飲めない酒を煽りながら嘆いていた。

今日も上野はしょうがなく恋愛を文字に起こすが、彼には一つ問題があった。それは彼が他人へ恋愛感情を抱けないという先天的なセクシャルにある。それ故にネタがポンポンと浮かばないどころか、軸であるはずの登場人物の恋愛にまつわる複雑な心情がわからないのだ。

そこで、俺の出番だ。

大学で知り合った俺たちは、上野が家事全般を、俺がネタ提供という名の恋バナとゴミ出しをするという協定を結びルームシェアへ至った。

俺は過去の恋についてやら、その時思っていたことだとかを思うままに話し、それを元に上野が文章にする。おかしな話、日本中で応援された恋の元ネタは実は俺なのだ。

そして、ここ一年提供している話はもっぱら彼女、守田への片想いだ。


「へぇ、死神が彼女に付き纏ってるって言うのか」

上野は胡散臭い話に、口の中に苦い虫が入ったような顔になる。

「突飛な話だ。ああ、全てが突飛だ。本当に作り話じゃないんだな」

「おう、ホントのホントだよ」

「夢じゃないのかい」

「お前だって起きた時に、見た夢と昨日起きたことの区別はつくだろ?現実なんだ。この感覚は」

わざとらしく、なるほどなるほどと顎を指先で叩きながら、上野は何かを考え出した。

「だけどね、君の話を信じると納得することもあるんだ」

「納得すること?」

「ああ、僕の中で一つ仮説が生まれた。君が大学から戻るまでに話を整理しておくよ。面白い話をしてあげよう」

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