死神に愛された彼女

夏倉こう

第1話 告白と撲殺


「好きです。一生幸せでいてください、俺と」

 俺は手を差し出し、彼女に握手を求めた。

 顔はまともに見られず、奥歯はガタガタ鳴った。暑くて気まずくて恥ずかしくて、足は今すぐ帰ろうぜとばかりに震えた。


 手が暖かくなり驚いて、バネ仕掛けのように顔を上げると、彼女が俺の手を握り返してくれたのだとわかって心臓がボコっと落っこちた。しかも彼女は微笑んでいるのだ。


 その、微笑みの意味は?

 俺は思わず素敵な未来へつながる答えを期待してしまう。


 彼女の唇が動こうとする。早く聴きたい、いや、待ってやっぱやめて。

 その一秒もない間の中で、俺は彼女の背後にかかったモヤを見た。彼女に全く似つかわしくない、真っ黒で底無しの黒いモヤ。


 そのモヤの中に顔を見つけた。顔だと判断したのは、音が出るのではないかと思うほどしっかりと目が合ったからだ。

「誰だお前?」

 そいつは青白い手で俺を指さすと、少女のような少年のような声で名乗った。

「死神」

 次の瞬間、俺は脳天に鈍く重く渋い衝撃を受けた。男がハンマーを持ってる!と誰かが叫び、人が殴られた!と他の誰かも怒鳴った。でもその注意喚起が耳に届いた時には、俺は地面に添い寝していた。


 何故こんなことになったの?

 意識の糸がどんどん細く途切れそうになるのを感じながら、俺は今朝スズメの鳴き声が聞こえる中、焦げ目が均等で目の前に麦畑が見えるほどにトーストがキレイに焼けたのを思い出した。


 そうだ、感動するほどの焼き栄えを見た時に、こんな些細な幸せを君と共有できる関係になりたいと思ったんだ。

 だから俺は大学に着いて、まっすぐ彼女に会いに来たんだ。

 そして、こうして、血に沈んで。

 ねぇ、君はなんて答えるつもりだった?


 糸が切れる音がして、俺は急激に死を理解した。




 スズメの鳴き声がする中、畳に直敷きの布団から俺はのんびりと起き上がった。濃厚で舌触りの悪い夢を見た気になりながら、割れていない頭を撫でて確かめる。

 頭がちっとも回らない中で、バターを多めに含むパンの焼ける匂いが鼻へ届いた。

 同居人の小説家が新聞をめくりながら、俺の方を見もせずに言う。

「おい、お前の分のトーストも焼き始めてるからな」

「え、おお。ども」

 足元がおぼつかないような、視界が定まらないような朝、俺は携帯の画面に表示された日付と時間、そして同居人との聞き覚えのある会話にもたもたし、トーストを焦がした。

 心臓はバクバクと確かに俺の胸の中で騒ぎ出していた。


 これは、愛する彼女に告白すると不慮の事故で死んでしまう俺の話。

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