第25話 ナイト・スカイダイビング

「すごーい!!ほんとにたかーい!」

「うわー!すげえ綺麗!」


俺の調べだと、守田は絶叫系なら高ければ高いほど、速ければ速いほど喜ぶ。若干の不安があったものの、スカイダイビングの誘いも二つ返事で、なんならダイビングずっとしてみたかったの!とノリノリで承諾してくれた。


街から外れたひらけた平野、ビルの明かりを撒いたこの場所は満点の星空を見るにはもってこい。流星群が地球へ近づくこの日、俺たちはさらにこちらからも星へ近寄るべくヘリコプターに乗り込んでいた。

ゆらゆら瞬く星の間を、チラリチラリと流れ星が時折走る。星に負けないくらい目をきらりと輝かせる守田は、今にも窓に額が当たりそうな距離から空を見る。こんな特別な夜があっていいのか、と息をするのも忘れて俺は守田と星を交互に見る。


大きめのヘリコプターに、インストラクターが三人と守田、俺、上野。はしゃぐ俺らをよそに上野は冷静さを装いつつ静かにこの高所にビビっている。すみれちゃんは予算オーバーとのことで地上から俺たちを見上げることになった。私が先生の担当で、私が予算会議で掛け合ったのに?とごもっともな不満を挙げながら、すみれちゃんも吊り橋効果を得たかっただろうに、空へと俺らを渋々送り出してくれた。


「こんなところから流星群を見られるなんて、考えたこともなかった!ほんとうに素敵!」

「俺も!上野大先生のおかげだよ!」

「上野くん誘ってくれてありがとうっ!」

上野は腕を組み目を瞑ったまま、なに大したことはないと頷く。

「上野ー。ちゃんと見てないと取材になんないだろ」

俺の冷やかしにも返す余裕はないようで、再度うんうんと首を縦に振る。

ちなみに上野が休学に入る前、守田とは授業が何個か被っていたので面識はあるのだ。俺もよく上野を話題に出すので、久しぶりに会う気がしない、と守田は言っていた。


「さて、みなさん。ヘリコプターはもう少しでこの辺りを一周します。そうしましたら、いよいよダイビングです!心の準備はいいですか?」

「はい!がんばります!」

インストラクターさんへ元気に返事を返し、守田の様子を伺う。すっと目が合うと守田はへらりと軽やかに微笑む。

「いよいよだって。さすがにドキドキしてきちゃう」

「それはよかった!……じゃなくて、俺もいますごいドキドキしてる!」

そう、今回は吊橋効果を狙った作戦なので、守田にはドキドキしてもらわないといけない。余裕そうな表情に俺は少し不安になっていたのだ。

「今回のダイビングは皆さん初めてなので、インストラクターとペアになって飛ぶ、タンデムという方法を取ります。最初はどなたから行きますか?」

「はい!わたし行きます!」

「わ!素晴らしい!ではお姉さんからいきましょう。」

あまりに反射的な守田の返事に、やはりあまりどきどきさせられてないのでは、と不安が再燃する。もう少し緊張してもらう方法を考えていたのに、急に腕をどつかれて隣を見ると、上野が顔面蒼白の今にも吐きそうな顔で訴えてくる。

「二番目は僕にしてくれ。僕一人でここに残されたら、とてもじゃないが飛べないよ」

つくづく上野は度胸のない男だ。


やがてゆっくりとヘリコプターは減速し、ホバリングを始める。インストラクターさん方がセカセカとパラシュートの準備を進めるにつれて、上野は滝のような汗をかいていた。

「ではお姉さんはわたしと飛びましょう!男性お二人はメンズのインストラクターがつきますからね!」

そういうと手早く、守田の背中にぴったりとくっつく形でパラシュートを装着する。なんだか守田が抱っこ紐で抱えられているようにも見えて面白くかわいい。

「じゃあお先に飛んでくるね!緊張するー!たのしみー!」

守田の目はもう爛々と空を捉えていて、後続の者としては頼もしかった。一方で流れ星はピークを迎え、空のあちらこちらで明るく儚く燃えていた。ヘリコプターのドアが開き、鼓膜を圧迫する強風が流れ込み、髪が踊る。星空を背負った守田は女神そのものだった。星の光が、影が、その顔をゆらゆらと瞬かせる。

「守田気をつけてね!」

俺は畏れ多くも守田へ手のひらを向ける。守田は俺の手のひらを優しく撫でるかのごとく叩く。

「じゃあね」

軽快なインストラクターのカウントダウンを合図に、守田はだだっ広い真っ黒な空へ身を投げた。見下ろすと闇の中へ二人はどんどん小さくなる。ややしてパッと小さな真っ白のパラシュートが開き、それもまた小さくなると大きなピンク色のパラシュートが水に垂らしたインクのようにじわっと広がる。

インストラクターのお兄さんがトランシーバーで何やら二、三言うと、電子音が帰ってくる。

「よし、問題なさそうだ。次はそちらのお兄さんだな。パラシュートをつけよう」

「……お手柔らかに」

俺はもう一度外へ視線を向ける。


少しずつ遠ざかっていく守田のパラシュートを見ていると、視界の端で何かが鮮やかに燃えた。空の一部がブワっと広がるように明るくなったかと思うと、肌が震えるような圧力を感じた。暗闇の中で山の輪郭が浮かび上がる方向へ目を向けると、大きな光の塊が見えた。

「なんだあれは?!」

「隕石?!」

俺らがそれに気が付いてからはあっという間だった。その光は目の前を、その火の粉で直線を描きながら横切り、その身をぼろぼろと崩し、燃やす。

そして、俺は短く絶叫することしかできなかった。

炎の塊に見えるそれは、守田たちのパラシュートを巻き込みながら燃え進んだように見えたのだ。

「えっ」

隕石が通った後の空にはピンクのパラシュートはどこにも見えず、インストラクターが血相を変えてトランシーバーで連絡を取ろうとしている。

「うそだろうそだろ」

俺はヘリコプターの淵から何も見えない空を見つめ、どこかに彼女の姿がないか目を凝らしたが、隣に人の気配を感じてまた絶句した。

そこには、俺と同じような姿勢で、目をうつろに夜闇の虚を見つめながら薄い唇を震わせる死神、もとい竜也くんがいたのだ。

「竜也くん、あの」

「莉子が……しんじゃった」

竜也くんは拳を握りしめ、今にも泣きだしそうだ。

「守田が?」

死神が言うんだ、何よりも確実で速報の事実に違いないのだろう。

それでも俺の脳はそんな言葉を信じられるわけもなく、目の前が白んでいく。


だって、そもそもスカイダイビングに誘ったのは俺で。飛ぶ順番が変わっていれば、少し場所がずれていれば、結果は変わっていたわけで。

守田がこんな目に合う理由なんて一つもない。

死に慣れている俺こそ死ねばよかったのに。


「おい!」

上野に肩を掴まれて我に返る。

「上野、守田が……しんだ」

瞬間上野は目を見開くと、俺の胸倉をつかみ上げた。

「何をやってるんだ、君は!」

「は?俺のせいっていうのかよ!こんな、こんな……!」

「目を覚ませ、黒岡くん。君は、守田さんのいない世界に生きている意味はあるのか!」

「守田のいない世界」

横面をはたかれたような衝撃だった。上野の真意に気が付くのに時間は要さなかった。一刻を争う事態だ。

守田のいない世界を生きるなら、確かに俺は。

「死んだ方がましだ」

「ああ、そうだな……!」


「守田、まってて。俺は、守田がいない世界で生きながらえるくらいなら、今すぐ死ぬ!」

俺はすぐにヘリコプターから大空へ飛び込んだ。

インストラクターの叫び声が、ヘリコプターの姿が、あっという間に遠ざかっていく。体全体に空気の抵抗を感じ、内臓が持ち上がって圧迫され、つま先が、背中がぞくぞくとざわめく。空はどんどん遠く、地面はどんどん近くなっていく。


初めてのスカイダイビング。

きっと誰よりも自由で刹那なダイブ。


そして次の瞬間。









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