第24話 kiss the boy

竜也くんのお墓参りから、1か月ほど月日は流れ、

「なぁネタバンク、それって慣れるものなのか」

「それって?死ぬこと?」

俺は100回以上死んだ。

「ちっとも慣れないんだなこれが」

あの墓場で話したのももうだいぶ前に感じる。竜也くんは手を抜いたり、やり方を変えるつもりは毛頭もないらしい。

正面を切った勝負、ということだろうか。


いつのまにかソファの上に座って、またデジャブのようなやりとりを上野としていた俺はそのまま四肢を投げ出した。

天井をぼんやりと見つめる。今まさにまた死んだとこだ。


おそらく世界一たくさん死んだ俺は、バラエティ豊かな死を体験した。それでも、死ぬほどの衝撃や自分から体温が抜けていく感覚には慣れない。痛いものは痛い。そして怖いものは怖い。

もっとも、死ぬことそのものへの恐怖はだいぶ薄れたが、それは時間が巻き戻るという前提のおかげであり、いつか恒常的な死があるかもと思うとまだ怖い。

そこは俺もほかの人も平等だろうから。

きっと本来の寿命は俺にもあるんだろう、と漠然と考えることもあった。それはいつだろう、とも。


話がブレたが。

正直、今の方法じゃダメなのだ。

現状を打破するにはやり方を変える必要がある。


俺に残された道があるとすれば、一つしかないことは薄々分かっていたけれど。恐れ多くてとても口に出せなかったその戦法。

「俺は守田に好きになってもらって、告白してもらうしかないのかもしれない」

「はは」

声だけを震わせながら笑う上野は、しばし俺が滑った空気に耐えられなくなり、ほう?と相槌を打つ。

顔を見ると片方の口角を上げながら、半笑いを隠そうと努めているようだった。

俺はいたって真面目なのに。

むっと眉間に力を入れた俺に気がついたのか、上野は掌をこちらに差し出す。

「聞いてあげよう」

「だってさ俺が告白すると、何回挑戦しようと、死神に殺されるんだよ。そしたら守田に告白してもらうしかないじゃん。告白してもらったら俺は必ず、はい喜んでって返事をして。そして晴れて俺たちは……まず初デートで……」

「そういう妄想はやめてくれ。聞いているこっちが恥ずかしくなるんだ」

「悪かったな」

露骨に嫌な顔をした割に上野は顎をなでながら、確かに一理はあるな、と頷く。ただ上野にとってこの手の策略を練ることは苦手分野で、考えた割には随分と投げやりなアイデアを上げてくる。

「ロマンティックなデートをすればいいんじゃないか。明後日は流星群が見える日らしいしね。夜の大人のデートってやつさ」


その時ガチャリと玄関のかぎが開く音がして、反射的に俺はげんなりした。

ここの鍵を持っているのは俺と上野だけだった。そのはずだったのに最近すみれちゃんもワガママを通して手に入れたのだ。その件で俺と上野は若干揉めたのもあり、当然のように入ってくるようになったすみれちゃんを、俺はどうにも快く思うことができなかった。

「こんにちはー」

ビニール袋の擦れる音が聞こえてくる。何か差し入れがあるのかも、と現金な俺はちょっとだけ浮つく。甘い物だといいな、なんて思いながら礼儀としていらっしゃいと声をかける。随分無愛想な歓迎ですね、とすみれちゃんは気にもかけていないくせに突っ込む。

「上野先生、原稿の進み具合の確認と進行の打ち合わせに来ました。これ、差し入れのフルーツサンドです。この前テレビで紹介されてて気にされてたやつ」

「そんなことあったかい?」

「俺の分は」

「三人分ありますよ、ちゃんと」

「やったぜ」


ランダムに並ぶ果物の切り口が映えるフルーツサンドを並べながら、すみれちゃんが俺の顔を見て何かに気づいたらしく片眉を上げる。すみれちゃんは最近なんだかさらに綺麗になった。彼女も彼女で上野を振り向かせるための努力を重ね続け、化粧の仕方なども変えたのかもしれない。

「黒岡さんなんか疲れてます?」

「ああ、ネタバンクは先ほど記念すべき百回目の玉砕を達成したんだ。念のため言うが、相手は一人だよ。」

「ちなみに一か月で百回ね」

あからさまにすみれちゃんは口角を下げ、気分を害したことを露骨に表現してくる。

「え、さすがに引くんですけど。相手の子絶対怖がってますよ」

「普通はそうだな。ストーカー扱いされてもおかしくない。でも幸いにもそれはないんだ」

「はあ、どういうことですか」

「告白自体がなかったことにされるっていうか」

要領を得ない俺と上野の説明を、じれったい顔をしながら聞いてすみれちゃんは首を捻る。いきなり死神に邪魔されて……なんて話は頭のイカれた発言過ぎて言えないにしろ、俺たちの説明はあまりにも不親切だった。それでもすみれちゃんは彼女なりに腹へ下してくれたようだ。これ以上聞いても無駄と判断されたともいう。

「すみれちゃんは、相手の女の子に黒岡を好きになってもらうにはどうしたらいいと思う?」

はあ、とすみれちゃんはあたかも考えてますとばかりに斜め上へ視線をなぞり上げる。すみれちゃんは自分のことを恋愛マスターだと思っている節があるので、具体的なアドバイスをくれようとしているのだろう。

「そうですねぇ……。お相手のことはよく知らないので一般的なことしか言えないですけど、吊橋効果ってやつを狙うのはどうです?怖いっていうドキドキを恋愛のドキドキと勘違いして好きになっちゃうっていうアレですね、うんうん」

返ってきた回答はどうも俺にはベストアンサーだとは思えない。

それでも上野はこの策とも呼べない策になにか光るものを感じたらしい。

「聞いたことがあるな、それ。明後日の流星群と組み合わせてみたらどうだろうか」

「それ絶対素敵です!誰だろうが恋に落とせますよ!」

「そうだろう?」

「……そうかな?」

名案とばかりに二人は言うが、はたしてそうだろうか。

「なにより黒岡さんの恋愛が進展すれば、それを元ネタとする先生の作品の幅も広がるんです。担当編集として、全力のデートプランを立ててみせますよ。面白そうですし」

「面白そうの部分が本音でしょ」

「星空と吊橋効果……そういえば、私やってみたいことがあったんです。取材として経費で落とせないか課長にも取り合ってみますね」

「それはいいな」

経費と聞いて上野の顔が明らかに晴れやかになる。上野は職権を行使することが大好きな男でもあるのだ。

「黒岡さんはもう私たちについてくるだけで大丈夫。私がお二人の恋のキューピッド、和風に言えば仲人、リトルマーメイドで言えばセバスチャンになって見せましょう。信じていただければ明後日にはもうハッピー人間になれますからね」

「なんて怪しい謳い文句……!ちなみに、何をするつもりなの」

守田を誘うにもイベントの中身は重要だろう。すみれちゃんは顎をくいとあげ、上目線から自慢げに言い放った。

「ナイト・スカイダイビングです」

「……!なんて死にやすいイベントを!」

俺の引き攣る顔を見て、上野は死神は黙っててはくれないだろうな、と大口を開けて笑った。




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