第18話 腹を割って話そうゼ
上野はすみれちゃんと話す必要があるといい、俺は半ば家を追い出される形になった。二人きりにしていいかは微妙だったが、気まずい思いをするのも嫌だった。
「ネタバンクは今できることをするといい。そろそろ点と線が繋がってきてもいい、そんな気がするんだ」
上野の言葉を受けて、俺は死神について考える時間を取ることにした。
「黒岡くん、いらっしゃい!」
より脳を活性化させたいので、守田のバイト先のカフェに行って。
カウンター越しにカフェのエプロンを付けた守田が俺に手を振ってくれる。頬が緩んで、脳もほぐれていくのを感じる。俺はすっかりこの店の常連で、他の店員さんもみんなまた来たの!なんて言って顔を覚えてくれている。
「いつものカフェオレ?」
「うん!」
「ミルク多めねー」
注文だってこの通りスムーズだ。
温まったミルクとコーヒーの香りを漂わせながら、いつもの席に座る。カウンターがよく見える特等席だ。たまに目が合うと守田がファンサのように手を振ったりアイコンタクトをしてくれる最高の席。
守田を見に来ていると思われないよう、カモフラージュで大学の課題に追われてる風にノートパソコンを開く。さてと。
俺がしっかり考えなくてはいけないのは、死神のことだ。
死神は縦に長いタレ目を持った少年だった。
守田と小指を繋ぐように側にいて、俺は死の間際だけ彼を見ることができる。
背丈から年齢は人間に当てはめると小学校入学前くらいだと思われる。細い腕、細い足。顔はこけ、やつれていた。
そして男の子にしては長い髪はその耳をすっかり隠すほどだった。
この少年を絶対にどこかで見たことがある。
しかし、俺の持っている死神の情報はこれだけだった。
それもそのはずで、死の直前から死ぬまでしか見ることができないのだ。何かを得るにはあまりにも短すぎる時間しか。
そう、短すぎる……。
思いとどめている妙案は脳みその隅っこにいつもあった。それは今まで浮かんでは、自分で消していたアイデアだった。あまりにハイリスクなのだ。でも実行は可能だった。腹を括りさえすれば。
「黒岡くん」
「えっ!どうした!」
気がつけばすぐ隣まで守田が来ていて、集中に埋もれていた意識を掬い上げられた。不意に笑顔を向けられると、思わず好きと言いそうになるから命に関わる。
「今日、バイト6時までなんだけど、どっかで何か軽くご飯食べていかない?」
「いいの!?もちろん!」
今日が腹を括る時だ!そう俺の中でアラートが鳴ったのが聞こえた。俺は生唾を飲みながら自分で自分に赤紙をだすことにした。
「どこにする?近くのファミレスでも大丈夫?」
「大丈夫!でも俺ちょっと買い物したくって、6時にまたここに迎えに来てもいい?」
「うん!わかった。待ってるね」
◆ ◆ ◆
乗り越えれば守田とご飯だ。
そう心の中で百回も二百回も唱えながら、俺はカフェの前で待っていた。
手に下げたスーパーの袋が風に吹かれてカサカサと居心地の悪い音を立てる。今までとは桁違いの緊張感から手が汗でぬるぬるする。
「おまたせー!まだ寒いからカフェの中で待っててくれてよかったのに」
バイト上がりで髪の毛をざっくりとまとめた守田は、今日の仕事が終わったという解放感をさっぱりと纏っていた。頬に浮かぶ笑窪をみて、俺の心臓が罪悪感できゅっと縮む。
「ファミレス行く前にね、守田に言いたいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。なぁに?」
「右手出してくれる?」
守田は首を傾げながら俺に右手を差し出してくれる。
ハンドクリームの香りが残る白い手が俺の左手に乗せられる。
手汗かいてて本当にごめん。
俺はその小指から決して目を離さないようしっかりと見つめる。
「守田、大好き。俺との幸せを考えてくれる?」
守田の小指からモヤが上がるのを見て、俺は奥歯を食いしばった。左手でスーパーの袋ごとそれを振りかざすのを見て、守田の顔がサッと青くなる。
頭に熱を、背中に脂汗を感じながら、俺は買ったばかり新品の包丁の切っ先を己の腹に突き刺した。
目の前で、自分で自分の腹を破った男を見て、守田は叫び、目と鼻を真っ赤にして泣いた。
燃えるように熱い傷口から血が勢いよく吹く。全身が心臓になったように脈を感じて頭が馬鹿になっていく。ごめん守田。本当にごめん。こんな怖い思い、不快な思いさせたくないんだけど。
死神でさえ唖然として俺を見ていた。
どうだ。俺は初めてお前の手を煩わせることなく死ぬんだ。
普段は死神に即死させられる。だから死神をじっくりと見るため、話をするため、俺は自分で自分の死に方を選ぶことにしたのだ。
霞む目でその顔をまじまじと見る。
優しい顔立ちをしている、まずそう思った。
痩せてはいるが、ただの子供の姿なのだ。
「何で俺を殺すんだよ」
死神の頬に触れる。触れるのは俺が生と死の間に今いるからだろうか、遠い昔に死んだようなその彼の皮膚が嫌にひやっとする。よく顔を見てやるために、その伸び切った髪の毛を耳にかけてやる。そしてハッとする。
「お前が守田のこと大事に思ってることと、その理由がやっとわかった」
守田が泣きながら俺に声を掛けてくれている。俺は守田の言葉は一言一句聞き逃したくないのに、何と言ってるのかもうわからない。
さっきまで傷口が燃えるようだったのに、早くも指先からどんどん体は冷たくなり始めてきた。
死神は俺の手を振り払って言う。
「お前みたいなクズじゃ莉子を幸せにはできねぇんだよ」
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