第2話

駅前で待ち合わせ中,スマホにメッセージが届いた.

「ごめん,遅れるから先にお店入ってて.吉川で予約しといたから」

遅刻常習犯の吉川葵に,「またか」と思いながら手早く「了解」と送る.大学時代からの付き合いになるが,時間にルーズなところは変わらないらしい.

「日本人は時間に細かすぎるのよ.数十分は遅刻のうちに入らない国だってあるのに.日本人に足りないのは心のゆとりね」

そう断言する彼女は,高級ブランドバッグの販売店舗で,エリア一位の業績を出している.今はマネージャー業務も任されているが,週二回は遅刻しているらしい.

「開店時間には間に合っているし,焦ってもしょうがないからね.それよりも大事なのは,どんなお客様も受け入れる心の余裕よ」

達観しているのか,単に自分を正当化しているのか分からないが,ざっくばらんとした性格は一緒にいて気が楽ではある.時々,こうして一緒に飲んだり美味しいご飯を食べたりするのは,良い気晴らしになっている.

今日は,吉川葵が行ってみたかったという目黒のイタリアンでランチをする予定だった.地図アプリを頼りに歩くと,店は地下にあった.昼時の日曜日は混んでいて,階段には列ができている.その横を通りすぎて店員に予約していることを伝える.店が決まっているときは,必ず予約をしておくのが二人の間では暗黙のルールになっている.時間にルーズな彼女は,待つことが苦手なのだ.

席でメニュー表を開いて待っていると,ほどなく彼女が現れた.ロングの黒髪を巻いて,大きめのピアスを着けている.白いブラウスに黒のタイトスカート,ベージュのハイヒールというシンプルな装いだが,垢ぬけて見えるのは手に持った質の良さそうな皮のバッグのおかげだろう.彼女が働いているブランドのロゴがあしらわれたそのバッグは,たぶん,私の給料の3カ月分はする.かけるところにはお金を惜しまない,彼女の生き方がファッションにも表れている.

「お待たせ.おなかすいてる?」

軽快に言いながら向かいの席に座る.

「うん.私はパスタにしようかな」

「じゃあ私も.この海老とアボカドのクリームソース美味しそう.」

二人ともパスタセットに決め.注文する.

店員が去ると,さっそく彼女が聞いてきた.

「最近どう?前は仕事忙しいって言ってたけど.」

「今は落ち着いてきたよ.先月はたまたま異動と長期休暇が被って,人が足りなかったの.最近は余裕ができたし,今度洋服買いに行きたいな」

「珍しいね.自分から服買いたいって.もしかして,職場に良い人でもできた?」

「まさか.職場は相変わらずのおじさんばっかりだよ.…実は最近気になる人がいてね」

ためらいつつも,誰かに聞いてほしかったことに気づく.

「本当?一体どんな人?」

吉川葵が大きな目を更に大きくして聞いてくる.

「近所のカフェの店員なんだけど,びっくりするくらいイケメンなの.」

「話しかけてみた?」

「そんな勇気ないよ.見てるだけで十分だし.」

「でも,きれいって思われたいんでしょ」

「みっともないと思われたくない…かな」

 私がそう言うと,吉川葵は呆れた顔をして天を仰いだ.

「相変わらずネガティブね.欲しい物は自分から動かないと手に入らないわよ.」

「それはわかってるんだけど.相手は若いし,何話したらいいのか分からない.共通点とかなさそう」

「あるじゃない.カフェにいるんでしょ.コーヒーの話でもしたら?」

「簡単に言ってくれるよね.私が話下手なの知ってるでしょ」

「何とかなるって.次会うとき,どうだったか聞かせてね」

タイミングよく料理が届き,吉川葵は仕事で手を焼いている新人について話し始めた.

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