第24話 屋根の上の、思い出話(下)
砕いても、こそげても、えぐっても、土の巨人には無駄なこと。操る術者の魔力が尽きない限りは、何度でも再生されるのだ。
賢者アルドライから託された魔法の武具を用い、エメットたちの最大の力を発揮してもなお、土の巨人は強敵だった。
しかし、エメットたちは決してくじけず、力をあわせて戦った。土の巨人の腕を砕き、頭を切り落とし、確実にダメージを与えていった。
その時、土の巨人を操る術者が、現れた。
仮面の道化師、ダルクトだった。
姫はすぐに捕らえられ、エメットたちが束になっても、近づくことすら出来ない。エメットたちの全力の戦いは、仮面の道化師ダルクトにとっては、お遊びだった。
おまけに、土の巨人も復活し、戦いはやり直しだ。すでに全力で戦い続けていたエメットたちは、一人、また一人と巨人に捕まり、道化師に倒された。
エメットたちは、こうして敗北した………
その巨人が、目の前だった。
「そいつの腕から脱出するのって、大変だったんだけどね~………」
「姉ちゃん、本気でぶっ飛ばしてたもんな………」
姉弟仲良く、のんびりと見上げていた。
実の姉弟ではなく、幼馴染と言う関係である。だが、物心ついた頃には姉と弟の関係となっていたのだ。とっても、そっくりなしぐさであった。
姫巫女ミレーゼは、思わず笑みを浮かべる。
「………血がつながってなくても、そっくりよね………私達なんて、もっと――」
このつぶやきは、おそらく届かない。屋根の上を見下ろす、巨人の手のひらの上にたたずんでおいでだった。
そして、姉弟の気持ちは、よく分かった。
あれほど必死に戦った巨人が、目の前なのだ。しかも、逃れるために必死で、抜け出すために全力で魔力を解放し、そして、敗北した相手だ。
それが、忠実なる下僕になっていれば、遠い目もしたくなるのだ。複雑な気持ちが、考える事をやめさせて、どこか遠くを見つめたい気分にさせてくれるのだ。
巨人の手の上の、ミレーゼの気分でもあった。この巨人を意のままに操ることが出来る、その事実が教えてくれるのは………
「変態さんがお兄さんだなんて、ミレーゼも気の毒ね………」
今度こそ、ミレーゼが遠い目をする番となった。
声の届く位置まで近づくと、エレーナが同情の言葉を放ってきたのだ。悪気があるわけではない、さすがのエレーナも、同情の瞳であった。主に弟をからかっては遊ぶエレーナをして、気の毒と言う感情が、強かったのだ。
あの仮面が、脳裏に浮かぶ。幼子扱いと言う、十七歳女子の屈辱も、脳裏に浮かぶ。そして、生き別れた兄だというのだ。王国のために離れ離れになっていたが、もはやさえぎるものはないと、とっても粘着質に、うっとうしい兄なのだ。
ミレーゼ姫にとっては、認めたくない現実だった。
「まだ………認めていませんけどね」
ミレーゼ姫には珍しく、引きつった笑みだった。
現在、ミレーゼの忠実なる下僕である土の巨人は、本来、仮面の道化師ダルクトにしか操れない。いいや、魔法とは技であり、術であり、本人以外には操ることが出来ないものだ。
炎の塊を生み出した、その塊を、第三者が操るなどは不可能に近い。その術者を操るか、術者を上回る力の持ち主である場合くらいだが、わざわざ術者の放った技を操る術など、必要なのだろうか。さらには、術者であるダルクトよりも、ミレーゼは格が下である。
腕輪が、悲しく光っていた。
「血縁者くらいなんでしょ?それを使えるのって………古代文明って言うか、すごいわね。誰かが横取りしても、役に立たない仕組みなんて………」
「………ぅう………」
ミレーゼ姫が、とうとうひざをついた。思い出したくない事実が、トドメとして、とめどなくよみがえってくる。
兄妹だという、証拠が次々と胸をえぐってくれるのだ。
この腕輪で巨人を操れる、それこそが動かぬ証拠だと、ミレーゼと同じふわふわピンクのポニーテールを風になびかせて、宣言したのだ。
そう、ミレーゼの母親と同じ、ミレーゼにそっくりの髪質である。とても珍しいが、ないこともないという、トドメの証拠が、腕輪だった。
思い出話など、思い出したくもないのだ。
思い出せないことが、余計に苦しめる。
「まぁ、別れて暮らしてたんでしょ?家庭の事情って言う、複雑な事情で………ミレーゼのお母様が国王陛下の第三夫人になったのも、ミレーゼを守るため………だっけ?」
「兄が勇者シャオザの一行に加わった………本来なら、誇らしく伝えられるはずなのに、初耳ですからね………本当に、複雑な事情みたいだけど………」
エレーナの問いに、ミレーゼは認めたくない気持ちを込めて、答えた。
国の暗部を、ご家庭の事情と言ってもいいのだろうか。王族であれば、確かにご家庭の複雑な事情である。エメットには少し早いのか、大きな出来事が連続しているために、ただただ、話を聞くに徹している。
おひざを抱えて、現実逃避だった。あの仮面の変態が、憧れのお姫様のお兄様であるなどと………
仮面の道化師ダルクトは、魔王の幹部のお一人であり、ミレーゼ姫の実の兄だという。その証拠に、血縁者しか反応しない魔法の腕輪が、しっかりと巨人を操っているのだ。
ためしにと、エレーナが装着しても、反応しなかった。それだけではない、ミレーゼ姫の記憶にある日々に、いくつか不可思議なものが混じっていた。
「てっきりラザレイが小さい頃から一緒だって思ってたのに………魔法で、記憶をいじられたのかって言うくらい………あぁ、お母様も森の魔女って言われてたくらいだから。賢者様もいらっしゃったし………誰が犯人でも、おかしくないわね」
勇者の仲間に加えられるほどの実力者だった、実の兄のダルクトの記憶がないのだ。勇者の仲間として旅立つ、それは王族であれば誇らしく、大々的に宣伝し、記録にも残るはずなのに………
それは、とても不自然であった。
そもそも、国王と血はつながっているのか、ならばなぜ、ミレーゼは王宮で育てられることになったのか。
しかも、末の姫君として………
「王の血を継いでいないとなれば、どうなったか………兄の存在を忘れさせたのなら、そういったことなの。私を守るって目的………」
思い出話は、懐かしいという単純な話しでは、終わってくれそうになかった。
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