第22話 魔王、語る(下)
戦いに、負けた。
それは、旅の終わりである。だれにも語られることが無い物語は、どれほどあるのだろう。かつて何人もの勇者が、その旅の仲間たちが呪いの森へと向かった。だが、その後を語るものが足りは、わずかだ。
勇者シャオザの旅もまた、語られることが無かった。今もきっと戦っている、シャオザに続けという掛け声が響いているだけだ。
魔王となっていたなど、誰が思うだろうか。
シャオザは、語った。
「先代のジジイは、オレに言ったんだ。人々のために戦う心が本物であれば、魔王となるのだ。そして――人々を救え………ってさ」
ため息をついてから、少し寂しげに笑った。
王国の、人々の希望を背負った若者、それが、今では魔王を名乗ったのだ。王国の正義を信じた若者達がどのように感じるのか………その気持ちは、実は今も変わっていない。
まさに、ふざけるな――と言う気持ちのまま、かつての勇者は、ここに立っていた。
「あぁ、お前らの気持ちは、よっくわかる………オレも叫んださ、ふざけるな――ってな。しかも――はは、本当に、ふざけてやがる………」
まるで、今でも納得できていない様子だった。それこそ、ふざけるなと言う気持ちは、今でも抱いているのだろう。
信じられない告白を受けて、エメットたちはもちろん、ふざけるな――と言う気持ちであった。叫ぶ余裕すら、ないのだから。
ついでとばかりに、シャオザは打ち明けた。
「そうそう、最初の魔王の正体は、当時の賢者な?」
必要な情報なのだろうか。
しかし、エメットたちが驚くには、十分な驚きだった。三悪王の時代に、魔王が登場した。王国の混乱の隙をつき、国土を半分もぎ取ったのだ。
呪いの森という、人の立ち入れない領域にして………
どういうことなのか、理解が追いつくはずが無い。余計に混乱した様子のエメットたちの様子を見て、シャオザは笑った。
「まぁ、実際に呪いの森を旅すりゃ、分かるさ。今のお前達だと………そこそこいけるか。元勇者って爺さんのとこくらいは――」
シャオザの説明を、アブオームが引き継いだ。
「勇者よ、それでは余計に混乱する………が、熱血バカのお前に、無理と言うものか………」
魔王の幹部が、魔王を馬鹿にしていた。
いや、対等な関係と思うことにしたい。ただ、エメットたちは反応に困っていた。
気にせず、アブオームは語る。
「わが師の書棚に、封印がされた書物があっただろう。そこに記されているのだ。おそらくは、次の賢者となる者のために………」
普段の下手な舞台俳優の態度は置いて、かつて賢者候補と呼ばれていた、その当時の顔が垣間見えた。
歴史に残る三悪王。
『自愛王』が王国を混乱させ『暴虐王』が加速させ『氾濫王』の時世には、王国と言う形を保てないほど、混乱したという。
そして、魔王が生まれた。
だが、魔王の真実は――
その真実に、もしかして近づけたかもしれないミレーゼは、ようやく――というため息をついて、口を開いた。
「賢者様は、ご存知だったのですね………魔王のことも、全て………」
何もなければ、賢者としての修行を初め、いつしか真実を伝えられたかもしれないのだ。アブオームの襲撃により、その機会は失われた。
「姫よ、お前が実の兄と戦うだろう事も、知っていたと思うぞ」
賢者の住まいでは笑った意味が、ここにある。
仮面の道化師ダルクトと、その実の妹が姫巫女ミレーゼが戦う運命だと、知っていたはずだ。その上で、自分で道を切り開けと武器を与えた。
出生の秘密も含めて、すべてを自分で知って、未来を選べと。
ミレーゼは、表情を変えないまま、答えた。
「認めてません」
それ以外に、何を答えることが出来る。幼い子供のように、仮面の道化師ダルクトのおひざの上に座っているのだ。
幼い子供ならばよいが、兄と言われても、記憶に無いほど昔のことである。道化師は、気にせずに姫をあやしていた。
アブオームは、やさしく姫に語った。
「呪いの森を越えて、かつては王国だった土地を旅してみれば分かる。必死に呪いの森が広がらぬように戦う人と、人以外の人々の姿を………」
この場にエメットたちを連れてきた、おそらくは本当の目的なのだろう。真実を知りたいのであれば、勇者シャオザのたどった道を行けと。
調査の旅なのだ、その道のりが、ちょっと呪いの森まで伸びるだけだと。
そこで、ふてくされた、勇者シャオザがつぶやく。
「それ………オレのセリフ………」
決め台詞でも用意していたのか、魔王様は、少し寂しそうだった。
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