第21話 魔王、語る(上)
王国を流れる三本の川の流れに沿って西へ、西へと進むと、呪いの森がどこまでも広がっており、今のベロイ王国の西の果てとなっている。
立ち入れば、二度と戻ることが出来ないとされる。戻ってきたのは、たった一人。かつての勇者ファルエーレだけだ。
魔王を倒さねば、呪いの森が広がり続け、王国が滅びる。
魔王を倒せ、魔王を倒せ。
「――そう、教わってきた。魔王を倒さねば、王国は滅ぶと。お前たちもだろう?」
かつての勇者、魔王シャオザの問いかけに、エメットたちはうなずいた。村の子供でも知っている、魔王と戦う理由だ。
「それは、あなたも同じだったはずだ、勇者シャオザ」
今にも噛み付きそうな感情を抑えつつ、ラザレイが答えた。
いつか勇者に追いつくと誓った心は、あるいはエメットよりも強かったかもしれない。その勇者シャオザが、今は魔王を名乗っていた。
先ほどのシャオザの言葉を借りれば、ふざけるなと――叫びたいところだろう。困惑と怒り、悲しみの感情を抑えきれないラザレイの瞳を、魔王シャオザは静かに受け止めていた。
口を挟んだのは、アブオームだった。
「若き騎士よ、教えが全てではないと、もう分かっているはずだ。君たちが鬼仮面と呼ぶ民の嘆き、悲しみは味わったのではないか?」
舞台俳優のような、気取った物言いではない、教師が教え子に語りかけるような、静かな言葉だった。
仲間を守ろうとして、全てをなげうった姿を見たはずだと。
鬼仮面の故郷、そこに残った住人はすべて、魔物になり果てていた。数十人が混ざり合い、巨大なムカデのような、おぞましい怪物との戦いの果て、断末魔が聞こえた。
――俺達のように、なるな
耳に残る、最後の言葉だった。
仮面の道化師が、口を挟む。
「アブオーム、もう少し丁寧にはなしてくれないか。何も知らされていなかったんだから。この子のようにね?」
ミレーゼ姫のふわふわピンクの髪の毛をなでながら、注文をつけた。
ロープで拘束されているわけでもないのに、哀れな囚われの姫と言うミレーゼ姫は、とても迷惑そうに、なすがままだった。
しかも、ミレーゼ姫は抵抗していない。隣で微妙な顔をしている姉エレーナも、同じく仕方ないという気配があるのだから。
一体何が起こったのか、エメットは混乱してばかりだ。
舞台俳優アブオームは、あきれた瞳で、仮面の道化師を見つめた。
「ダルクトよ、妹との十年ぶりの再会だ。お前の気持ちは分からなくないが………警戒されまくってるではないか」
下手な舞台俳優のような仕草から、ごくごく、普通の青年の仕草である。あの舞台俳優の失敗したような大げさな仕草は――
エメットは、叫んだ。
「妹?」
混乱するエメットは、色々とたずねたかったが、騎士ラザレイのこともあり、なかなか口を開くことが出来なかった。
驚きに、口が勝手に開いていた。
答えたのは、仮面の道化師ダルクトではない。ダルクトのおひざの上の、ミレーゼ姫であった。
「………認めたわけじゃ、無いです………」
ちょっと子供っぽいお返事で、可愛かった。
わずかな日数であっても、共に旅をし、話をした姫が、初めて見せる仕草だった。本来はうれしい気持ちでいっぱいとなるところである。それでも、戦いの後の石畳に座っていれば、とっても微妙な気持ちであった。
これ以上のツッコミは不要とばかりに、姫は言う。
「私のことはいいので………なにより、もっと大切な話なのです――」
意地っ張りなお子様から、元のミレーゼ姫に戻っていた。
兄と言う存在について、それならば王子ではないのか。それならば、行方知れずで騒ぎになっているはずで………
家族関係について問いただすときではない、王族の秘密はとくに、下手に好奇心を持っては大変である。姫の望みもあり、エメットはとりあえず口を閉じることにした。
かなり微妙な空気になっていたが、振り払うように、ラザレイは問うた。
「勇者シャオザ。あなたが忠誠を誓った王国を、なぜ裏切る。王国を守るとの、人々を守るとの言葉を………いったい、何があったのですか」
少し、冷静さを取り戻したのか、いつものラザレイの物言いに戻っていた。
そして、ラザレイの疑問こそ、エメットが聞きたかったことでもある。王国を守るため、旅立ってきた騎士や魔法使いに、巫女に………その、最も新しい勇者の一行が、勇者シャオザたちなのだ。
それが、魔王となって戻ってきた。
エメットたちの視線を浴び、かつて勇者と呼ばれたシャオザは、寂しそうにつぶやいた。
「王国への忠誠………か。最初から、柄じゃなかったが………」
自分を笑っているようでもあった。ふざけた若者から、しばし過去を懐かしむように目を閉じて………魔王シャオザはマントを翻して、言い放った。
「だが、オレは今も、人々のために戦ってるぜっ」
今ここにいる、この状況こそが答えだと、訴えていた。
エメットが地下牢と思ったのは勘違いで、領主の館の大広間であった。
天井は高く、やや無骨な印象も受けるが、とにかく頑丈でなくてはならない。呪いの森から徒歩一日の距離と言う。それでも豪華さの演出のため、カーペットの道もある。
血の跡がところどころに見受けられるのは、護衛の騎士達が抵抗したためだろう。そして、なす術なく倒れたに違いない。エメットが不快に思った匂いの根源だ。
ただ、死骸が散らかっているわけでなく、皆殺しになったという様子でもない。仕えていた人数など知らないが、全員が命を落としたとは、思いたくなかった。
だがそれは、鬼仮面たちも同じなのだと、気持ちが揺れ動く。この館の主の横暴が、鬼仮面たちの故郷を呪いの森へと変え、仲間達は哀れな魔物へと成り果てた。
呪いの森ではないのに、なぜ………
戦いの最中も、そして次々と起こる出来事から、エメットは疑問を抱くことが無かったが、思えばおかしかった。
呪いの森は、魔物は、魔王が生み出すものではなかったのかと、今更ながら、疑問がわいていた。
痛ましそうに口を開いたのは、アブオーオムだった。
「彼らには申し訳なく思う。再び王国で戦うのか、争いを広げるのか、その議論などで時間を取られてしまった………」
ふざけた舞台俳優の仕草ではなく、ただ、残念と言う仕草が、本心だと知らせていた。
エメットは、このまま倒れたい気持ちになった。
かつての勇者、魔王シャオザが仕方ないという笑みを浮かべる。
「先代のジジイに、言われたんだ。人々のために戦う心が本物であれば、魔王となるのだ。そして――」
シャオザはそこで言葉をとめ、自らを
気持ちは分かるという、同情の笑みだった
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