第19話 道化師との、戦い(下)


 一陣の風が、巨人の動きを止めた。

 ラザレイによる、剣の一撃であった。

 最大威力の攻撃を、巨人の腕にめがけて、放ったのだ。

 それでも、ただの一撃では巨人の腕を砕けない。だが、巨人の注意を引き、エレーナとエメットに余裕を与えることには成功した。

 ラザレイは叫んだ。


「まずはそいつをっ――」


 エレーナとエメットが、力強く返事をして、もう片方の腕に攻撃を仕掛ける。ミレーゼ姫は捕らえられたままだが、三人は巨人に集中することにしたのだ。

 仮面の道化師が、ミレーゼを守ると告げたのだ。ならば、任せてやろうではないかと、一気に勝負をつける決断をしたのだ。

 その思い切りの良さに、仮面の道化師も満足のようだ。


「うん、いいねぇ、力を集めて戦う若者達。実にいい………でも、いいのかな?お姫様は捕まったままだよ?」


 ラザレイは、肩越しに振り返る。

 そこには、ミレーゼをやさしく抱きしめる道化師の、人を馬鹿にした笑顔があった。仮面を外しても、自分達をあざ笑う笑みがあるに違いない。

 ラザレイは、答えることなく、走った。

 巨人の動きを封じてから、改めて姫を救出すればよいのだ。この際は、余裕がふんだんにある敵に感謝だ。じっと待ってくれているのだから。

 仮面の道化師が本気であったのなら、すでに勝負は決まっていたのだから。

 ラザレイは、瞬時に巨人に接近して、改めて強力な一撃を放った。今度こそ、腕をいただくという、必殺の一撃だった。

 試験管の感想も、放たれた。


「お見事。威力では、鎧の君のほうが、勇者っぽいねぇ~………」


 採点は続いている。

 これはまるで、殺す気でかかって来いという、気合の入りすぎた訓練のようだ。

 多少の怪我は仕方がないが、多少に抑えるために、教官がいるのだ。魔法という、いざとなれば少し離れた場所から、致命傷にならない程度に互いの剣を止める力も持っている。

 まるで、自分たちを試験しているようだ。

 本当に………


「本当に、お前は、お前達は、何が目的なんだっ!」


 騎士ラザレイは、ようやく巨人の腕を切り落とすと、振り向いて叫んだ。

 エレーナはご丁寧に、首をそぎ落としていた。

 光り輝く布を巨人の首に巻きつけて、糸鋸いとのこぎりのように、そぎ落としたのだ。なんともえぐい倒し方で、土の巨人といっても、鎮魂の祈りを送らずにいられない惨状だ。

 虜囚の憂き目になっていたのが、よほどお気に召さないらしい、鬼の形相で、トドメを刺しておいでだ。

 エメットなど、本気でご冥福を祈っていた。

 さすがのラザレイもぞっとしたが、もちろん顔に出すことは無い。


「………さすが、ミレーゼの友達と言うべきか――」


 エレーナが耳にすれば、大慌てで猫の皮をかぶっただろう、ラザレイのつぶやきだった。戦いの場であれば、さすがのエレーナも猫をかぶる余裕などなく、本性が現れていたのだ。

 ただ、見ぬふりをするのが大人と言うものだ。良くわきまえている青年ラザレイは、賢くも気付かぬふりをしているのだ。

 女は、魔物だ。

 よく知っている、おしとやかなお姫様が、おてんば姫であることも。

 そうなのだ、ラザレイの知るミレーゼは、囚われのお姫様で収まるような、か弱い姫であるわけがない。

 ラザレイは、魔法の声を送っていた。


“姫………ミレーゼ、聞こえているんだろう。先ほどから黙っているのは、相手を油断させ、氷付けにするためだろう?”


 襲撃者が哀れにも氷付けになった事件。その再現だと思った。

 正体を探るにも、氷を慎重に削るという手間をかけたと伝え聞く。護衛として決意を新たにしていたが、もう、誰も手を出さないのではと思い始めた。

 姫の魔力は、次の賢者といわれるほどに、強大だ。

 強大すぎて、制御が困難である欠点から、普段は力を使わないようにしてきたのだ。もしも攻撃に使えば、周囲を巻き添えで、氷付けなのだから。

 今は、制御のためのやりのおかげで、一点に力を集中させることに成功している。まだ制御が困難なミレーゼのために、賢者アルドライが授けてくれた力であった。

 だが、巻き添えの心配が無い場合では、仮面の道化師を氷付けにするだけなら、あえて武器を構える必要も無い。

 ラザレイは、そう思った。

 だがそれは、ラザレイの勝手な希望と言うものだった。

 仮面の道化師には、お見通しであった。


「う~ん………残念だねぇ。君の熱烈な視線から、必死に何かを伝えている事は分かるんだけどね。本当に、残念。この子はね?いっぱいがんばって、がんばりすぎてねぇ………きっと、君の念話も、受けってないよ?」


 言葉は遊んでいるが、状況は絶望的だ。

 そう、ラザレイたちが切り込んでいる隙に、何もしないミレーゼではなかったのだ。最初に土の巨人と戦いながら、魔法の声で連携していたことを、忘れていたとでも言うのか。

 その通り、激戦の連続で、ラザレイはすっかりと忘れていた。

 人は、どれほど訓練を積んでも、経験を積んでも、些細な、本当に初歩的な間違いを起こすものなのだ。

 それはもう、誰もが起こす可能性を秘めている。

 そのために仲間がいて、助け合うのだ。

 限界は、もちろんある。

 そのために――

 道化師は、優しくつぶやいた。


「ほら、いい子だから、もうお休み」


 とっさに、ラザレイは突進する。

 ふざけた物言いでも、この言葉だけは、いけない。余裕がある相手ならばと、やむなく預けていたが、いつナイフを喉元に突き刺してもおかしくないのだ。

 あるいは、人の姿をしていても、本当の姿である保証もない。いきなり牙をむいて、喉元を食い破る可能性もある。

 冷静を心がける騎士ラザレイは、こうして意識を失った。

 冷静であれば食らうはずのない、先ほどはよけきっていた爆発を、まともに食らってしまったのだ。


「ラザレイ様」

「ラザレイさんっ」


 エレーナとエメットの姉弟は、同時に叫び、突撃した。

 姫巫女ミレーゼは、仮面の道化師に抱きつかれたまま、力を奪われた。救おうとしたラザレイは、焦ったために隙をつかれて、土の煙にまかれてしまった。

 残るは、エメットとエレーナの二人。

 もはやはにも考える余裕もなく、ただ、突撃した。

 本気になれば、これほど簡単にラザレイが倒されるのだ。道化師は試験管を気取って、遊んでいただけなのだ。

 エメットの焦り、エレーナの怒りは、それぞれから周囲への注意を奪っていた。

 巨人の影が、二人をおおっていた。

 二人は、忘れていた。

 崩れた土の山は、すぐに元通りになるのだということを。土人形を作る、その魔力が残されていれば、何度でも、簡単に。


「エメット、逃げ――」

「ねえちゃ――」


 姉弟が同時に、土の牢獄へとらわれてしまった。

 学習したのだろう、今度は指一本動かせないほど蜜に、土が覆いかぶさっている。さらに、魔力を奪う作用もあるようだ、何とか腕を動かそうともがきつつ、エメットたちの意識は遠のいていった。

 姫の様子から気付けたはずなのに、気付けなかった。

 いや、気付いたとしても、同じことだ。仮面の道化師を倒さない限り、いくらでも再生するのだ。そして、仮面の道化師は、さらに強い。

 本気を出せば、先ほどのラザレイのように、簡単に吹き飛ばされて終わってしまう。

 勝ち目は、最初からなかったのだ。


 エメットたちは、敗北した。


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