第18話 道化師との、戦い(上)
エメットたちは、道化師へ向かって、突撃した。
無謀に見えるが、相手が余裕を出している
そう、一人ではないのだ。後ろには頼りになる姉が控えている。力をあわせて、魔王の使いにとらわれた姫を助けるのだと、エメットは希望を抱いていた。
道化師は、楽しんでいた。
「うんうん、二人ともいい動きだ。示し合わせていないというのが、またいいねぇ~、若者らしくて、実にいい………」
怒っていいだろう。こちらは必死の覚悟で突撃をしたというのに、道化師にとっては、それも見透かされて、余裕の態度だった。
エメットは、悔しさに歯を食いしばる。
「この――」
あと一歩で、姫に手が届く。
そう、あと一歩と言う手前で、エメットは吹き飛ばされたのだ。即座に体勢を立て直すエメットだが、距離は振り出しに戻っていた。
ほぼ同時に吹き飛ばされたのだろう、騎士ラザレイも、何とか剣を構えようとしているところであった。
ラザレイも、悔しそうにつぶやいた。
「遊ばれているのか――」
姫巫女ミレーゼの護衛を任されているラザレイは、対魔騎士の中では、トップクラスの実力の持ち主である。騎士にあこがれるエメットにとっての、目の前の目標でもある。
鬼と言う姉が、猫をかぶってあこがれの瞳で見つめる青年でもあるのだが………目の前の仮面の道化師にとっては、子ども扱いだった。
そして、ほめられた。
「どうしたの?ほらほら、さっきみたいに剣で道を切り開いた動きは間違ってないんだから、もっと動いて、動いて」
道化師の態度は、まるで騎士の試験管か、教官のようだ。
エメットたちが感じるのは、恐怖。
そして、絶望。
相手には、自分たちの攻撃を採点、評価する余裕があるという意味なのだ。姫を捕らえた場所から、一歩も動かずに、わずかな魔法の攻撃だけで、危なげなく遊んでいるのだ。
だが、突撃したのは、エメットとラザレイの二人だけではなかった。
エレーナが、感情を爆発させた。
「こっちを忘れてもらっちゃ、困るのよっ」
風を圧縮、まとう布地は自在にうごめく光の鞭となり、触れるものは、金属でさえ溶かし、吹き飛ばす。
炎の鞭と勘違いして、なにがおかしい。賢者アルドライから授けられた腕輪が、エレーナの最大威力を、常に引き出してくれる。
意図しない連携には、エレーナも含まれていたのだ。
あと一歩で撤退したエメットだったが、エメットを吹き飛ばした土煙はむしろ、仮面の道化師の視界を妨げていたのだ。
つまり、意図せぬ
ラザレイの最強の一撃すら上回るだろう、エレーナの光の一撃が、仮面に向かう。エメットはさすがだと思ったと同時に、姫まで貫かないでほしいと、本気で心配していた。
本気で、叫んだ。
「姉ちゃん、姫様まで貫くなよっ!」
加減を知らないのが、姉と書いて、鬼と読むエレーナなのだ。敵を倒したと同時に、姫まで亡き者にしては、大変だ。まさか、忘れていないだろうかと、エメットはちょっと本気で心配した。
だが、エメットの姉への評価は高すぎたらしい。仮面の道化師には、余裕の様子だった。
やさしく、諭すようにつぶやいた。
「大丈夫、ボクがこの子に、傷なんか付けさせないさ」
道化師としてではなく、本心からの言葉に感じた。
余裕と言うよりも、ミレーゼを守るという気持ちだけは、本当に、本心だと思わせる言葉だった。
エメットが疑問を抱いたのは一瞬で、そして、まずいと言う気持ちが大きく膨らむ。姉がどこまで本気であったのか、しかしその一撃は防がれた。
巨大な土柱が仮面の道化師の前に現れ、防いだのだ。
危険ならば、先ほどと同じく、瞬間移動の技を使えたはずだ。それを、わざわざ防御をしたという事は、逃げるまでもなく、確実に防ぎきる自身があるという意味だ。
エメットにとって絶対の存在である、姉の攻撃すら余裕と言う意味なのだ。
事実、防がれた。
土の巨人も砕く攻撃のはずだ。おそらくは何らかの効果が付加されているのだろう。ぐずぐずと、土の塊は煙を吐きながら崩れ去ったが、仮面の道化師は無傷であった。
もちろん、ちょっとまずいかな――と、思っていた様子の姫巫女ミレーゼも、無事である。
余裕の態度で、道化師はおどけた。
「ほらね?」
道化師の仮面の下では、仮面と同じく、にっこりと余裕の笑みを浮かべているに違いない。
道化師は、姫を抱きしめたまま、告げた。
「ところで、後ろ………忘れてないかな?」
どうして見落とすことが出来ていたのだろう。エレーナのすぐ後ろには、巨人の手のひらが迫っていた。それも、いま正に、手のひらが覆いかぶるところだった。
「このっ………同じ手に、何度もかかるかっ!」
エレーナは、二度とつかまるものかと、光の鞭を食らわせ、砕く。
辺りに破片が飛び散った。
先ほどの、道化師めがけての一撃よりも、強烈だった。
やはり、先ほどの一撃は、しっかりと威力を加減していたようだ。安心したエメットは思った。ここからは、姉の得意分野である、力任せであると。細やかな作業など出来るはずが無い、鬼だとエメットが普段から思う巫女エレーナである。
巨人の手は、無残なこととなっていた。
エレーナが、力を込めた光の鞭をドカドカとぶつけたためであった。
だが、相手は痛みを感じることの無い、土の人形である。手のひらが砕かれても、まだ腕を振り下ろすことは出来るのだ。
ドシン、ドシンと言う、単調な攻撃が始まった。
あちらも得意分野になったらしい。両腕による、絶え間ない振動に、エメットは焦った。
今度は、姉がピンチだ。
「姉ちゃんっ!」
姫は道化師が守るという、ならば、エレーナの援護をすべきだと、突撃した。
巨人の顔の周囲を横切り、注意をひきつけるエメット。その
それでも、巨人相手には微力であった。
エメットが
衝撃だけで、人が吹き飛ぶ威力だ。わずかな油断が命取り、そんな地響きを打ち払う、剣の一撃が放たれた。
騎士ラザレイの攻撃だった。
「いくぞっ!」
ラザレイは、改めて剣をふりあげて、叫んだ。
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