第17話 道化師、登場


 空中に、道化師が浮かんでいた。

 道化師と見て分かる、最大の特徴は仮面であった。笑顔の仮面をつけて、眼下の出来事を、あざ笑っていた。


「踊れ踊れ、大いに踊れ。悲劇、惨劇、衝撃も、過ぎればみな、喜劇とならん――」


 エメットたちが巨人と戦う上空、仮面を付けた男は、世界をあざ笑っていた。

 殺戮さつりくを楽しむ、悪魔のごとき人格なのだろうか。盛大に世界をあざ笑い、全てを操る悪魔のごとき道化は――

 がっくりと肩を落として、ため息をついた。


「――まったく、ボクがあの子と戦うなんて、とんだ置き土産だよ。賢者の卑劣ひれつな策か、それとも、老人のもうろくかな?」


 肩まであるふわふわピンクをポニーテールにした男の顔は、仮面をつけていた。

 振るう力は強大で、操る土人形の相手だけで、新たな勇者の一行………その候補のエメットたちは、大変苦戦していた。

 善戦と評価しても良い。この土人形を倒せば勝利と言う条件なら、勝利を得ることも、可能かもしれない。

 土人形だけが、相手ならば。

 土人形だけで終わらない、強敵が待っている予感は、すでにエメットたちも抱いていた。


「おお~、すごい、すごい。並みの使い手ならこうは………だったら――」


 空中に浮かんでいた影が、光った。

 もしも、この様子をエメットたちが見つめていれば、身構えたはずだ。賢者アルドライの住まいで、経験をした輝きなのだ。とたんに、別の場所に現れる、あるいは、誰かを送ることの出来る魔術なのだと。

 だが、残念ながら、知りようもなかった。

 そして、知らないことには、人は対処できない。それが、どれほど優れた魔力を秘めた姫殿下であっても。

 道化師は、おどけた。


「ほ~ら、つかまえた」


 笑顔の仮面の道化師は、姫巫女ミレーゼをそっと背中から抱きしめて、ささやいた。

 恐怖を与える演出だった。

 いや、道化師はただ、捕まえたと宣言しただけかもしれない。仮面の道化師ダルクトと同じ、ふわふわピンクのロングヘアーの少女を、後ろからそっとやさしく抱きしめていた。

 兄が、年頃の妹をからかうように、からかった。


「う~ん、ひさびさの抱き心地………かな?」


 戦いの場でなければ、女子の平手打ちを食らってもおかしくない、とつぜんの抱擁ほうようであった。

 だが、戦いの場である。

 背後から抱きしめられた姫巫女ミレーゼなど、悲鳴すら、上げられなかった。そして護衛のはずの、常に姫を背後に守っていたはずの騎士ラザレイすら、固まっていた。


「姫………」

「姫様?」


 エメットが、騎士ラザレイが、そしてエレーナまでもが、しばし固まっていた。

 魔法による作用ではない。

 突然の事態に、思考が、肉体の動きが、止まったのだ。

 アブオームと言う、演劇を気取った襲撃者に引き続き、二度目の驚愕だった。


「お望み通りに道化師参上~ってことで、ボクがあの土人形を作った術者だよぉ~」


 言葉は、ふざけていた。

 そう、言葉だけを耳にすれば、追いかけっこをして捕まえた。そんな印象を受ける言葉である。

 だが、状況は恐怖に値する。

 エメットたちの援護をしていた姫巫女ミレーゼが、捕まったのだ。騎士ラザレイが攻撃を防ぎつつ、ミレーゼは攻撃を続けていた。

 おとりのエメットや光の鞭で巨人をどつきまくっていたエレーナに比べ、はるかに安全な場所のはずだった。

 そのミレーゼが、背中からやさしく、守るように抱きしめられていたのだ。


「どうしたの?怖くな~い、怖くな~い」


 言いながら、仮面の道化師は、そっとミレーゼの頬に口づけをした。

 仮面をかぶっていたままであっても、その行為は男子として、許されるものではない。ミレーゼ姫に憧れを抱く十五歳男子、エメットとしてはどうなのだ。

 殴り倒すことは、決定だ。

 何より、いきなりの無礼を受けたのは、ミレーゼなのだ。十七歳女子としてはもう、悲鳴とともに、平手打ちでも食らわせる所業である。

 だが、違った。

 どちらの脳裏にも、まず送られる感情は、恐怖だった。

 仮面の道化師は遊んでいるが、これは、恐怖に値する。誰も反応できないまま、もっとも魔法の力が強い姫巫女ミレーゼが、人質に取られたのだ。

 まず、ラザレイが叫んだ。


「ミレーゼっ!」


 背後で守っていたはずの、この中では一番安全なはずの姫が、危険だ。

 身構えたところで、ラザレイは瞬間移動や、それに等しい高速移動が出来るわけではない。並を越えた速さで、走れるだけだ。

 エメットも、叫んだ。


「姫さまを放せっ!」


 ラザレイと同時に、み込んでいた。

 ラザレイと同等の速度を持つため、王国においては、最高位だろうか。では、仮面の道化師と比べては、どうなのだろう。

 考える暇はなく、二人は同時に、仮面の道化師めがけ、突撃した。

 一人では相手にならないかもしれない。だが、二人でなら、あるいは。

 エメットは相手をけん制し、スキがあらば強力な一撃を放つ刃となる。

 ラザレイは相手の攻撃を防ぎきる防御力で、もちろん、攻撃力はエメットを上回る。


「なかなかいい動きだねぇ、じゃぁ、これはどうかな?」


 仮面の道化師の言葉と同時に、爆発が起こった。

 エメットとラザレイの進行方向で、爆発が起こった。

 直撃を受けていれば、ラザレイの防御力をもってしても、無事ではすまないはずだ。もちろん、どちらも回避、あるいは防御に成功していた。

 二人のいた場所からは、土煙が上がっていた。

 火薬を使った爆発とは少し違う気もするが、確かめる余裕などない。エメットも、ラザレイも、どちらも突撃あるのみだった。

 その進行方向、進む先、あるいは逃げる先で、次々に爆発が起こる。

 わざと離れた場所で爆発させているように思える。あるいは、かく乱かもしれないが。罠が仕掛けられているようにも思えない。もしも本気であれば、進行方向、逃げる先、その全てを同時に爆破、エメットたちを吹き飛ばすことが出来たはずだ。

 まるで、わざわざエメットたちが逃げられるように、すきを作っているようだ。

 盾で爆風を防ぎつつ、ラザレイは苛立いらだつ。


「遊んでるのか………」

「なら、もっと速く動くだけですっ」


 エメットは叫んで、走った。

 エレーナとの日々で学んだことだった。よけきれないなら、よけなければいいのだ。動けなくなるほどのダメージでなければ、わざわざよけずに、突撃すればいいのだ。

 その危険な境目を、エメット走った。

 少年が焦り、無謀むぼうをするように見えるが、ラザレイはすぐに理解し、叫んだ。


「正に勇者だな、エメットっ!」


 考えるよりも、突進することで血路を開くエメット。

 それは、本人が思うよりも、周りに勇気をもたらす。ラザレイは年長者として、ここは意地を見せてやると、剣を抜く。

 そして、衝撃波を放った。

 最大威力では、ミレーゼを巻き込み、危険だ。しかし、エメットに道を開いてやることは出来るのだ。

 切り開かれた道を、二人は進んだ。



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