第16話 魔王の幹部


 石造りの立派な広間に、ポツリと、豪華なマントの若者がたたずんでいた。

 牢獄にでも囚われているような表情だが、とても豪華な服装であった。鎧は皮製でもなく、金属性でもない不思議な材質で、琥珀のように暖かい輝きを放っていた。しかも、豪華なマントつきである。血のように赤い内側の色と、外側は獣の毛皮のようにふさふさだ。

 衣服に着られていると、笑われる姿だ。

 たたずむ牢獄も、ちょっと贅沢すぎるお部屋であった。石畳は清潔で、絨毯が敷かれている。それを贅沢と言うか、儀式のために必要と言うかは、受け取る側の価値観の問題だ。基本は、訪れる人物に、力を見せ付けるためである。

 領主様のための、謁見えっけんの広間であった。

 今、だれか入ってきた。


「魔王よ、戻ったぞ………」


 なんとも、軽い言葉であった。

 まるで舞台俳優のように、髪の毛を撫で付けながらの挨拶だ。礼儀にうるさい老臣がいれば、無礼を叱ったに違いない。ここには魔王と呼ばれた若者しかいないため、大いにふざけていた。

 服装も、ふざけていた。

 スマートなスタイルに合わせた、スマートな衣装だ。バカにしているのか、胸元は大胆に開いており、そして、宝石がちりばめられている。これでは、下手な舞台俳優の衣装である。

 エメットたちが遭遇した、魔王の使い、アブオームであった。

 豪華なマントの若者が、片手を挙げた。


「よう――っじゃなくって」


 魔王と呼ばれたマントの若者は、わざと咳き込んだ。服に着られているだけではなく、態度もまた、おぼつかなそうだ。

 魔王と呼ばれたが、とてもそうは見えない、若造だった。

 偉ぶっても、無駄であった。


「うむ、ご苦労であったな、アブオーム」


 先ほどまでは沈んだ顔だったが、心を許す相手を前に、本来の調子を取り戻したようだ。癖のある黒髪に、茶色の瞳の若者は、かつて勇者と呼ばれていた。

 その名前を――


「シャオザよ、何を似合わないことをしている。バカが考えても、熱を出すだけだぞ」


 アブオームは、腰に手を当てたポーズで、からかった。

 全ての仕草に、舞台俳優を演じねばならないらしい。しかしそれが、魔王の使い、アブオームである。敵対者には揺さぶりをかける武器となり、仲間内には、面白みとして作用する。

 かつて勇者と呼ばれた若者、魔王シャオザは笑った。


「言ってろ、超・若作り」


 えらそうにマントを翻しながら、主の座るイスへと、どっかりと腰を吸えた。俺はえらいのだと、大声で叫ぶお子様のようだ。

 無理をしているというか、これはおふざけである。

 そして、おふざけはここまでなのだろう、本題を口にした。


「王都への挨拶に、ベライザでは古き民の探索に………悪りぃな、いつも面倒ごと押し付けちまって。休んでけよ。若作りをしたって、年なんだからよ」

「まだ言うか、若造。お前も、まだまだ服に着られていては、超・ジジイどもに、示しがつかんぞ。魔王の地位を譲られても、しょせんは若造だとな」


 そろって、笑った。

 豪華なマントに衣装にと、シャオザが服に着られる姿をせねばならない原因だ。ならばと、魔王シャオザは、アブオームをならって両腕を組んで胸を張り、偉い人を演じた。


「アブオームよ、我はまだ、偉そうに見えぬか?」

「ふん、十年早いわ」


 若造のごっこ遊びを、即座に打ち破るアブオーム。十年早いという、ご老人の口癖と言う、オマケつきの、もうすぐ七十代の若作りだ。

 負けたよ、じいさん――と、シャオザは普段に戻り、懐かしんだ。


「その十年、もうたったんだぜ………勇者に任じられて、お前達と旅に出て、魔王のジジイに出会ってさ………信じられねぇよ。ダルクトなんか、子持ちだぜ?」


 ひと時、今を忘れた語らいが続く。

 本当に信じられないと、大いに笑う。

 魔王とは、王国の勇者が倒すべき、悪の象徴のはずである。しかしながら、勇者と呼ばれた若者が、魔王を名乗っていた。

 何があったのか………

 このまま余韻に浸る時間は、魔王には許されないようだ。

 轟音が、鳴り響いた。

 遠くから響いたものだが、それほど遠くでもないと、魔王シャオザと、舞台俳優アブオームが同時にバルコニーへと向かう。あわてる様子が全くないことから、ある程度予測していた事態らしい。遠くを見つめると、のんびりと、感想を口にした。


「ダルクトの土人形が、てこずっているようだな」

「――ってことは、そこそこの実力者か。俺の後輩だったりしてな」


 アブオームに続き、勇者シャオザも遠くをながめる。

 巨体は見えるものの、その他はすべて、点にすら見えない。

 ベライザ領主の館から、距離にして、人が点にも見えない場所で、巨人が戦っていた。

 ただ、二人には何かが見えている。魔法の力を使う人物に特有の、特別な感覚と言うか、力を感知する感覚が、教えている。

 戦っていると。


「実はな、勇者。その後輩と言うことで、ちょっと気の毒な事情があってだな………」


 アブオームには珍しく、まじめな顔で、勇者に向き合う。


「なんだよ、お前らしくない。王国のやつらが、次の勇者をいつ送るか、決まったのか?」


 勇者の魔王は、アブオームに向かい合い、続く言葉を待っていた。

 シャオザたちの後輩に当たる、新たな勇者一行の登場。それは当然、予測されたことであり、驚きもない。警戒はあっても、アブオームが言いよどむ理由にはならないのだ。

 なぜだという気持ちが沸き起こる。

 二人とも、それでもしっかりと、巨人と、魔法の力を使う者たちの戦いの気配を、探り続けていた。

 話題は、その魔法の力を使う者について、ということだ。

「わが師を訪れたときに、ダルクトの妹も――」

 再び、轟音が響いた。

 目の前にいてさえ、言葉が届くか分からない最中、魔王シャオザの耳には、しっかり届いていたようだ。

 魔王シャオザの瞳が、わずかに驚きに開く。

「あの爺さんの悪趣味………ってわけじゃないか。王国に残されてる力は多くない。ダルクトの妹なら、力はそれなりだろうし………なぁ」 「あぁ、あの子が自分で動いた結果のようだ」


 同時に、苦笑した。

 何と言う偶然なのだと、困ったという顔と、笑うしかないという顔が混ざってしまって、大変だった。


「なら、我らが道化師に任せよう。信じてこその、仲間だ」

「この熱血バカが………だが、そうだな、我らが道化師が、悲劇を喜劇にしてくれるさ」


 ともに、小さく笑った。

 まぁ、いいかと言う、信頼の笑みだった。


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