第15話 四人の、反撃


 ガコッ――


 鈍いような、乾いた音が響いた。

 巨大な土の巨人の手首が、凍った箇所が、激しくひび割れる。エメットの最大威力の一撃を受け、氷付けになった巨人の腕に、大きくひびが入ったのだ。

 出来ればそのまま砕き、エレーナを解放できればよかったのだが、これで十分。

 そう、エレーナには、その隙間で十分だった。どこかおぞましく、うねうねと揺らめく光り輝く布たちが、隙間から顔をのぞかせた。

 そして、気合い一斉。


「せいっ!」


 巨人の手が、砕けた。

 無理やり、光り輝く布地たちが、バコっ――と、強引に、巨人の手の傷口を広げたのだ。

 不覚ながら、エメットは巨人に同情した。

 巨人の手は、哀れなほどに、ズタボロに粉砕されたのだ。

 あと、エメットの力任せの刃の連打と桁違いの攻撃に、いつもの嫉妬がふんだんに。

 そう、いつもの調子。

 いつもの力。

 そして、安心。


「おいでっ」


 エレーナは、エメットに向けて両腕を伸ばす。

 エメットは、言われるままにエレーナの腕を取った。

 幼い子供が、姉の呼び声に答えるように、素直に。そういえば、自分たち二人は空を飛べないのだと、ようやく不安に思いながら。


「よくがんばったね、えらいよ………」


 どうでもよくなった。

 姉に認めてもらった喜びが、全てを支配した。

 このまま二人で………地面と激突だ。


「って、それはいいから。姉ちゃん、落ちてる、落ちてるっ」


 言っている間に、地面が目前だ。

 巨人とはいえ、見張りの塔程度の高さなのだ。普段飛び跳ねる高さを五倍ほどの位置では、さすがに危険だと、あわてるエメット。


「あんたは、ちょっとは落ち着きなさい」


 落ち着いている場合か。言っている間に、地面に叩き付けられているはずが、おかしい、先ほどより、地面が近づく速度が緩やかだ。

 いや、地面が近づいてきているのではなく、自分たちが向かっているのだが……水色ロングヘアーが、ふわふわと、緩やかに浮かんでいた。


「私は風の魔法が得意なのって………覚えてないか」


 炎ではなかったのか

 エメットはいつも一緒にいた姉の力を勘違いしていたことに、気付いた。いや、説明を受けたとしても、幼い頃の話である。それ以降も、座学とは無縁の、暴力の日々であったのだ、無理もない。

 魔法とは知識も必要だが、基本は感覚といわれる。

 炎の仕組み、水の流れの理論を学ぶより、松明に手をかざし、水の流れに触れるしか、方法はないのだ。

 怒り心頭の姿は、炎をまとっていると、記憶しているのだが………


「はい、着地」


 わざわざ、教えてくれた。

 地面が、懐かしい地面が、足の裏をなでた。

 そっと、やさしい着地だった。

 エメットのダークブラウンの髪を、優しくなでるエレーナ。小さな弟に、もう大丈夫だと語る仕草だが、今のエメットは正に、小さな弟君だった。

 エレーナの薄い水色のロングヘアーも、ふわふわ、風にあおられて、魔法の効果で浮遊状態だと教えている。そして、エレーナの自在に操れる巫女服の布地が、優しく地面に下ろしてくれたのだった。

 気づかないエメットが一人、必死にエレーナに抱きついていたままだった。


「仲がよいのは結構ですけれど、アレ………どうしましょ」


 とっさに離れるエメット。

 大きくなっても姉に甘える弟のようで、急に気恥ずかしくなったのだ。

 しかも、憧れのミレーゼ姫様の前なのだ。男の子心理として、エメットは覆いにあわてていたのだが、エメット以外、全員、気にしていなかった。


「う~ん………ミレーゼ、さっきの氷付け。巨体全部って、出来る?」


 姉にとっては、弟はいつまでも弟である。エレーナは一切気にすることなく、姫巫女ミレーゼの問いに答える。

 恥ずかしがっているのは自分ひとりだと、やはり子供なのだと、さらに赤面をするエメット。

 そんな弟心を知るはずもなお姉さん達は、話を進める。幸い、腕を失った巨人は、呆然と、失われた腕の先をみつめていた。


「さっきみたいに、手首の範囲が限界。少しずつ、砕いていきましょ」

「まぁ、図体はでかいけど、凍らせて、砕くってのは同じよね」


 見た目より巨人が弱く思えてきた。目下のところ、対処がとても困難な強敵には違いがないのだが、案外簡単に倒せるのではと、余裕が生まれてきた。


「物語だったら、どこかに埋め込まれている宝石を壊すと倒せるんだけど………あと、作った術者がどこかに隠れてて、見つけて、倒すとか………」


 子供っぽい姿を見られた後の、照れ隠し。

 エメットは何事もなかったかのように、会話に加わる。披露した知識が御伽噺だと気づいて、またも子供っぽいかと思ったが、もう遅かった。

 いや、正しい答えだった。


「それだ。あれほどの巨体、鈍重だが、意思を持っていた。俺たちを捕まえるという、それは誰かが命令をしていた証だ」


 恥じる必要はなかったようだ。騎士ラザレイが、その通りだと、エメットの意見に賛成していた。


「土の巨人ですものね。エメットの言うとおり、誰か作り主がいて、どこかで命令を下しているってわけか」


 エレーナが続く。

 騎士ラザレイに対する態度は、相変わらず猫をかぶっているが、戦いの場で余裕がないのか、かなりはがれていた。

 ただ、深刻そうなお顔だった。

 エメットも、今は面白がっているときではないと、共に考える。人形とは、旅芸人が操り糸で木彫りの人形を操っていたように、誰かが作り、操る必要がある。

 では、誰が、作ったのか。

 エメットは、思ったことを、そのまま口にした。


「じゃぁ、あの巨人を作れるほどの術者が、本当の相手ってこと?」


 エレーナが、ミレーゼが、ラザレイが、困ったようにエメットの顔を見る。

 言葉以外の全てが示していた。

 正解だと。

 お人形でさえ、必死に相手をしている自分たちである。それが、その本体とも言える相手と渡り合えるのかと。


「勇者の冒険は、始まって早々、大変ね」

「姉ちゃん、それ、オレのセリフ………」

「ふふっ、勇者シャオザに続け――だもんね?」


 戦いの最中であったが、エメット君は縮こまる。鬼と言う姉はいつものことだが、エメットのあこがれる姫巫女ミレーゼまでが、姉の真似をしたのだ。

 今も、どこかで戦っていると信じられている、勇者シャオザ。力を持つ子供達のあこがれる、現実的な目標だった。

 巨人を前にピンチであった四人が、余裕を取り戻していた。

 騎士ラザレイも、少し肩の力が抜けたようだ。倒す術があると思えば、強敵であっても余裕が生まれるらしい。


「まずはミレーゼ、あのでくの坊の片足、凍らせてくれ」


 言われなくても――と言いたげに、姫巫女ミレーゼの魔力は、槍に注がれた。

 ふわふわピンクのロングヘアーが魔力で逆巻き、黄金の瞳が強く輝く。すべての魔力があふれ、あふれて、それを、アルドライから託された魔法の槍が、一点に集中させるのだ。

 このミレーゼの一撃は、エメットたちの中で、最強の威力を誇る。


 反撃、開始だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る