第14話 巨人との対決


「巨人ですよね………」

「巨人よね………」


 風を切って走りながら、エメットとエレーナはつぶやく。


「えぇ、動いたわね」


 姫巫女ミレーゼだけは、ラザレイにお姫様抱っこされていた。

 だが、これは姫の安全のためだ。

 エレーナと異なり、純粋な祈りの巫女であるミレーゼは、戦うほどの運動能力を持っていないのだ。せいぜい、ぴょ~んと、空気を蹴ってお出かけをするくらいだ。

 今はお遊びで城を抜け出すのではない、気付かれないように、静かに、それも急いで確かめねばならないので、お姫様抱っこされていた。

 複雑な顔の鬼の顔は、見たくないエメットだった。


「動いてたな………」


 同じく、見ないふりをなさっているラザレイも、答えた。

 夕日によって、自らの影が巨人が見えることはあるが、それは比ゆだ。そして比ゆではなく、やはり巨人がいた。ズシンと、今しがた地響きを立てたのも、あれだろう。

 張りぼてではなく、動く巨人だと。


「ミレーゼが帰れって言った理由って、あんなのが出てくる予感があったから?」


 感情はまだ高ぶっていながら、いつもの調子でたずねるエレーナ。互いを思いやるあまりに衝突した事態、互いが危機であれば、口げんかは終わりと言うこと。

 すでに、エレーナの巫女服の衣たちは、鞭と言うか、触手のようにゆらゆらと、蠢いていた。いつでも全員を防御できるようにと、何かあれば攻撃できるようにだ。


「さっきも言ったけど、逃げてもいいわよ。そしてお父様に全てを話して。ベライザ領の異常と、魔王侵略の危機は本物だって………だって、あんなのが――」


 またも、姫巫女様のお言葉は、途中でさえぎられた。

 今度は、短気なミレーナのためではなかった。

 巨人が消えていた。

 あれほどの巨体が――


「離れろっ!」


 ラザレイの叫びを受け、エメットは横に飛んでいた。

 見回す余裕はなかったが、ばらばらにその場から離れたはずである。三人とも、瞬間的に十メートルは移動できる。それだけで、多少の危機は対処できる。

 ミレーゼは、ラザレイが抱きかかえていたままなので、大丈夫だろう。そう、何があったか分からないが、これで全員無事のはず。

 全員無事な………はずだった。


“マズハ………ヒトリ………………”


 こだまのように、頭に届く声だった。

 魔法の声に近い、それは巨人の声だ。先ほどまでエメットたちがいた場所に、岩山があった。

 いや、山と言うか、岩で出来た柱だ。

 見上げると、館の見張りの塔のように巨大な、巨大があった。

 してはならないことだが、エメットは、呆然と見上げていた。

 そのために、気づくのが遅れた。


「――っ!」


 エメットは、瞬時に反応した。

 エレーナの命令に、頭で認識するより早く、体が動いたのだ。肉声ではなかったが、頭の中で、エレーナが逃げろと、命じたのだ。

 おかげで、助かった。


“ム………チョロチョロト………”


 巨大な手のひらが、エメットのいた場所で、土煙を上げていた。

 姉の命令がなければ、危なかった。あれほど巨大な手につかまれれば、エメットの力では脱出は不可能。

 ようやく気づいた。

 姉がいないことに。エメットに、魔法の声で命じた相手のことに。

 改めて、上を見た。


「エレーナ姉っ!」


 エメットは、叫んだ。


「エレーナ姉を放せっ、この………」


 エメットは、必死に刃をつきたてた。

 ひじまである手甲に付属の、飛び出し式の刃は、岩をも砕く威力があるのだ。

 だが、巨人には、皮膚を少し削られている程度の、不快感しか与えないだろう攻撃。

 それを無駄だとは、エメットは考えない。

 努力は報われるものだからだ。そう信じなければ、人は何事も出来ないのだ。無駄だと思った瞬間、あきらめた瞬間、終わってしまうのだから。


“逃げて。この巨人、魔法で作られた土の塊よ。そんな攻撃は、効かない………”


 エレーナの魔法の声が、エメットの頭に響く。お手製の巫女服は、警戒のため、揺らめいていた。自作できる魔法使いなど、賢者を除いて、エレーナぐらいだという自慢話に、悔しい思いの日々だった。

 そのひらひらが、あだとなったようだ。エメットたちを守れるように伸びていた布は、巨人にも捕まえやすかったことだろう。

 だが、エメットは無視をして、攻撃を続けていた。

 御伽噺ならば、巨人が出てくればわくわくするものだ。どうやって倒すのだろう。勇者様が小さなお人形のようだと。

 そして、それでも勇者様は倒してしまうのだ。

 不思議な力に目覚めて、都合よく。

 あるいは、突然弱点が判明するのだ。

 都合よく、用意されているのだ。

 都合よく、物語に都合よく………


“エメット、いったん跳べっ。姫が腕を凍りつかせる。その隙に――”


 頭の中に、今度は騎士ラザレイの言葉が響く。

 動く土くれなら、動けない塊にすればいい。全体を凍らせるには時間がかかるが、腕ほどの範囲なら、姫の魔力ならば可能だと。

 エメットは、鬼仮面の里での戦いを、思い出す。不定形に攻撃を仕掛ける肉塊を姫が凍らせ、エレーナが砕いて倒したのだ。

 今回も、同じ手で行くと。

 エメットは、返事をする代わりに、勢いよく地面を蹴った。

 目の端で、ミレーゼの槍の輝きと、そして、ラザレイが幅広の盾を構え、守っている姿を見て、確信した。

 やれる。


“――ツカマエル………………”


 高く飛び上がったことで、ようやく巨人と目線が等しくなった。

 向かい合いたくなど、なかったのだが………


「塔の天辺と同じ目線か………さぞ、足元が見にくいだろうな」


 エメットは、軽口を叩いた。

 巨人には、槍を構える巫女姫も、守る騎士様も見えてはいないだろう。

 都合よく、巨人に弱点など用意されるわけはない。

 土の塊であること、巨体であるため、細かな動作が出来ないこと。そして、死角が多いことなどは、戦っているわずかな間に、エレーナが、騎士ラザレイが、姫巫女ミレーゼが見抜いたことだ。

 エメットは、知恵が回らない己を罵倒することをやめていた。

 絶対なる信頼。

 命じられたままに、すばやい動きで、敵の注意をひきつける。それが、賢者様から与えられたエメットの役割なのだから。


“今だっ”

“今よっ”


 騎士ラザレイと、姫巫女ミレーゼの声が、同時に頭に響く。

 反射的に、エメットは巨人の眉間をけった。

 砕くことは出来なかったが、エメットの足も、わずかにしびれた程度で、無事だ。

 そして、巨体がのけぞった。


「ざまぁ、みろってか………」


 心の片隅で、ようやく一撃を与えた爽快感があった。目指すのは、色が明らかに変わった手首である。巨人ゆえ、土くれであるために痛覚はなく、あったとしても鈍感だろう。

 エメットが巨人とにらみ合った数秒の間に、手首が氷付けになっていたのだ。

 あとは、弱った箇所に衝撃を与えるだけだ。落下するまま、エメットは腕をまっすぐと伸ばし、刃を伸ばす。賢者アルドライから託された武具が、エメットの心に答えて、強く輝く。


「エレーナ姉を、放せぇえええええっ!」


 刃の先へと、魔力の一転集中。

 そこは同時に、最強の防御力を持つことにもなる。

 どちらにも使うことが出来、そして、エメットの得意とする技術だった。


 そして――



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