第13話 ベライザの領主たち



 ガタガタと、馬車の車輪がうるさく車内に響く。領主の馬車であるために造りは良く、衝撃はある程度抑えられているとはいえ、長旅では、さすがに疲れる。

 ベライザ領の現在の領主であるバイゲンは、黙って座り続ける側近に向かって、ひまつぶしを吐いた。


「なぁ、領主の集いは、四年にいっぺんくらいにしてくれないものかな。なら、長旅もちょうど良い刺激になるのに」


 退屈な長旅に、感情をなくしたようにまっすぐと前を向いていた側近は、即座に若者らしく、笑い出した。


「バイゲンよぅ、まさかお前、そんな調子で御前会議してたんじゃ、ねぇだろうな?」


 忠実なる側近を演じていた若者が、友人を前にした態度になった。

 しかし、ベライザ領主バイゲン様は、それでこそと、笑いながら答えた。先代のベライザ領主を謀殺、今の地位をそれぞれに得たという、共謀者でもあった。


「いやいや、無能王の手前だぜ?他の領主も、オレといい勝負よ」


 一度、決壊した感情は、なかなか収まってくれないものだ。とんでもないことをしたという後悔など微塵もない。むしろ、すごいことをしたという興奮が、まだ尾を引いていたのだ。

 そして、さらにすごいことが出来ると、これからどこまでも進むことが出来るという自信につながっていたのだ。


「そんでよ、自慢げにべらべらと、てめえの陰謀を暴露してくれてんのよ。あれは、新参者のオレでも分かるぜ。誘ってやがるって、一枚かまないかってよ?」


 それが、過信であるのか、周りの人々にどれほどの不幸を撒き散らすのか、全く考えていない。

 なぜなら、彼らは勝者なのだ。

 そして、勝者であり続けるにはどうすればいいか、すでに彼らは知ってる。


「勝てばいいんだよ、勝てば………前のジジイめ、どうなっても知らぬとほざいていたが、負け犬の遠吠えさ。不承不承の家臣どもの顔を見たかよ、結局、オレは勝った」

「けどよ、さすがに魔法の力は侮れないじゃぁ………」

「はっ、気にするようなことか。言葉一つで、引き下がったバカどもだぜ」


 勝利を得れば、敗者の恨みを買う。しかし、その恨みを無視できる地位にいれば、怖くない。得た力で勝利をし続けることさえ出来れば、何事も許されるのだ。

 ベライザ領主の地位は、そうしてバイゲンの手に落ちた。

 きっかけは、言葉一つであった。

 忠実な騎士を演じていた若者達は、それで簡単に、前の領主に刃を向けたのだ。

 バイゲンは、その瞬間を思い出したのか、笑いをこらえるのが大変だ。それでも話がしたいと、苦労しながら口を開いた。


「――んでよ、バケモノたちが住まう場所を、教えてやったんだ。ベライザ領主が代々、隠してた秘密ってやつをよ」


 正義に厚い若者達は、前の領主に詰め寄った。

 隠されてきたものを見てきたと、あれは何だと言う言葉に、領主は言ったのだ。

 知らなくてよいことだと。

 そこに、バイゲンは、言い放った。


「それみろ、魔王に加担していたのだ――ってな。あいつらは何だ。魔王の手先をかくまっていたのか。裏切り者めっ――てな」


 この言葉により、勝負は決した。

 側近であり友人は、よくやったものだと、互いをほめていた。

 その後も、うまくいった。

 突然の領主の交代劇に動揺し、詰め寄った臣下たちは、魔法使いも連れていた。

 魔法使い達も、領主が隠してきた存在に気付いていたのならば同罪であり、気付かなかったのなら、その程度の力しかないのだということだ。

 バイゲンに詰め寄った魔法使い達は、この言葉によって、簡単に押し黙ったのだ。

 放置していたのなら、王国に対する裏切り行為なのだから。

 そして、続けた。

 呪いの森を監視する役目を持つ魔法使いを、むげにしたくないと。過ぎたことは忘れるという恩を売ったことで、バイゲンの行いはうやむやに、誰もが認める地位となったわけだ。


「秘密ってやつは、うまく使えばこっちの思う壺にはまってくれるってもんよ。今じゃオレは、領主様だ」

「あの土地はどうする?本当に移住者を募って、開拓させようってか」

「領主様としては、無駄にはしたくないってもんよ。道はよくないが、自愛王の呪いがかかってない土地なんだ。本当に、道はよくないがな」

「存在しない土地ってことなんで、得た利益は全て………ってことか。あいつら、ちゃんと出て行ってるかね?」


 互いに見合い、笑い合った。

 見掛け倒しだったなと、そこらの村民と変わらぬだろうと。護衛の騎士たちが武装を見せただけで、相手はひるんだのだから。

 だからこそ、バイゲンの言葉に従うだろうと。


「住み着いていたのなら、その分の税を取り立ててもいいほどだ。それを追放で済ませたのは、なんとも慈悲深いことか」

「はは、違いない………しかし、証拠が出るのに追放とは、思い切ったことを」

「何言ってる?正義感の塊ですってバカどもでさえ、魔王の手先だって思い込んだんだ。そこらの連中の反応なんて、分かりきってるだろ?鬼が出たぞぉ~ってな」


 大いに、馬車の中はにぎやかだった。

 様々に策謀と展望を抱きながらのおしゃべりは、二人の間に青春と言う時間を演出していた。

 今だけは、世界は自分達のもの。

 今だけは、怖いものは何もない。

 後になって、それは勘違いだった、なんと言う過ちをしたのかと思うこともあるだろうが、後悔とは、後になってするものだ。

 気付く機会がなければ、あるいは気付く機会のないままに終わることも、よくある話。彼らの場合は、その中間といったところだった。

 話に花が咲いていたおかげで、館が視界に入ってきたというのに、気付かなかった。


「………おい、どうした?」

「………いや、お前、出かける前に、見張り塔の増築でも命じたのか?」


 何の話だと、ベライザ領の現在の領主であるバイゲンは、馬車から半身を乗り出す。

 あれはなんだという驚きで、しばし言葉は消える。

 領地の主のお住まいは、遠くまで領地を見届けられるように、小高い丘や山の上に作られるものだ。呪いの森が徒歩一日の距離にあるのならば、王都の城の小型版といった趣になって不思議はない。当然、見張りの塔もあるのだが、だからといって、あんなものを増築した記憶はなかった。


「………巨人?」

「………いい趣味してるな、我が友バイゲンよ。芸術にでも、目覚めたのか?」


 側近の軽口であるが、ありえないということは、互いに分かる。いかに建築の知識がなくとも、さすがにないだろうと。

 王都との往復で一週間だ。会議その他で滞在しても、何年も離れていたわけではない。見張りの塔を増築、改築、人型にするという離れ業が、出来るものかと。

 それは、こっちを見た。


「「え?」」


 気のせいに違いない。そして、馬車は巨人がこちらを見たと分かるほど、すでに館に接近していた。

 引き返すなら、今か。

 では、どこへ。

 疑問に思いながら、わかっていながら行われる失敗は、そうして始まる。一体なんだという疑問の答えを知りたくもあった。

 向かう場所は、ひとつしかないのだから。


「バイゲン………いくらお前に人気がないからって、迎えが誰もなしか?」

「おいおい、館に着いたんだから、側近らしくしゃべれよ、我が側近殿よ」


 石造りの側溝で加工された、らせん状の広いじゃり道を馬車で登りきると、やはりおかしかった。門は開いたままであるし、衛兵が一人もいないのだ。

 みんなそろってサプライズのお出迎えと言う、ふざけて仲のよい関係ではない。バイゲンは簒奪者だと、陰口を叩かれている身分である。

 しかし、形式として、領主の帰りに誰も出迎えないのは、おかしすぎた。


「いや、あそこに誰か………対魔騎士か?」

「にしちゃ、あのマントは豪華すぎだ………それに、道化師?」


 城に到着してからも、誰も出迎えない。さすがに違和感を覚えた二人は、それは、遅すぎる予感だと、とっさに顔を青くした。

 計画が王家にバレ、無能を装った国王の直属部隊が粛清に現れた。それが最も考えにくいながら、ありえた可能性だ。

 だが、現実にはそれよりも、もっと現実離れした事態が待ち構えていた。

 豪華なマントの若者と、仮面をつけた道化師が、待ち構えていた。


「やぁ、領主様、ようやくお帰りだ」

「遅かったねぇ、もう、待ちくたびれて、待ちくたびれて………ボクのお人形さんも、二人に会いたかった~って、さ?」


 そのお人形さんは、静かに足を上げた。

 ゆっくりと、ゆっくりと、巨体ゆえにゆっくりと動くその足の速度は、一歩踏み出す間に、どれほどの距離を移動するのか。

 領主が館よりも高くそびえ立つ、とうのような巨体である。

 逃げられるのか、逃げていいのか、顔を青くし、すでに血の気が引いて白くなっている二人には、判断することなど出来なかった。


 エメットたちが目にした、土の巨人であった。


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