第12話 脱落者
物事は、予定通りには進まないものだ。
鬼仮面たちという、半ば伝説と思われていた古き民との遭遇に、賢者アルドライとの、突然の別れ。
そして今度は、脱落者だった。
「すまない。共に行くつもりだったが、俺たちはもう………」
脱落者は、鬼仮面たちだった。
エメットたちは、決意も新たに鬼仮面たちと合流した。賢者アルドライとの別れを乗り越えた、託された力を試しつつの、旅の末の合流だった。
ようやく、ベライザ領にある、鬼仮面たちの故郷に到着したのだが………
エメットは、鬼仮面の同胞だったものを、呆然と見つめていた。戦いの後であるため、多少の疲れと、高揚感と、そして無力感が強かった。
鬼よりも強い姉も、友人である姫巫女様も、頼りになる騎士ラザレイもまた、無言のままだった。
姫巫女ミレーゼが、答えた。
「私達は、先を急ぎます」
慰めの言葉は、力を持たない。
知っているからこそ、ミレーゼはただ、旅立ちを宣言したのだ。姫巫女ミレーゼの言葉に、旅の仲間は沈黙によって同意する。
目の前には、魔物の
鬼よりさらにおぞましく、恐ろしい存在。かつては生き物だったという、ならばこの土地で、生きていた何者が魔物になったのか。魔物の肉体から突き出している腕に目が留まり、エメットは、とっさに目をそらした。
子供の、か弱い腕だった。
ただし、不自然に長く、もちろん大人のものもある。もう襲ってこないと分かったとたん、人の腕と認識してしまった。
大小無数の人が集まってい生まれたそれは、鬼仮面の仲間の、成れの果てであった。
鬼は、鬼になってしまった人のためにも、倒さねばならない。
それは鬼の集合体である、魔物も同じこと。エメットは知っていても、自分が倒した存在は、なんだったのかと、思ってしまうのだ。
鬼仮面たちが、脱落する理由だった。
守るものは、戦う理由は、もはや消えうせたのだから。
「行くよ、エメット」
エレーナは、立ちほうけていたエメットの手を握った。引かれるまま、立ち去るエメットは、最後に小さく、つぶやいた。
「さよなら」
* * * * * *
――俺達のようになるな
魔物の、最後の言葉だった。
まさか、どこかに意識が残っていたのか。あるいは、途中で魔物の正体に気付いたからこそ、そのような言葉を発した気がしたのか。
エメットには、分からなかった。
ただ、戦った。
賢者アルドライから託された武器での、初の実戦。エメットの武装は、飛び出す刃が付属の手甲であった。ひじから手の甲までを、軽い鎧が守る、すばやさ重視のスタイルだ。
魔法の効果は、防御と、早さの向上だった。
エレーナの両腕の腕輪は、力の増幅効果がある。エレーナが儀式で高めた威力の攻撃を、儀式なしで発揮できるようになっていた。
姫巫女ミレーゼは、力を一点に集中できる矛を手にしていた。本人を中心に、周囲を凍らせる力を制御するための武装であった。しかも、普段はナイフほどのサイズに縮められる、便利な品だ。
そして、騎士ラザレイの剣と盾は、正に勇者の武装、エメットのあこがれの武装であった。姫の護衛の役割にふさわしく、自らと共に、ミレーゼをよく守った。
そして、勝利した。
魔物の攻撃は単調で、そして、もろかった。
エレーナの炎の鞭の攻撃に比べれば、はるかによけるのが容易であり、威力もずっと弱い。
エメット単独なら、勝ち目のない相手だ。せいぜい、攻撃をエメットに集中させる、囮である。
ラザレイは姫の防御に集中し、姫は冷気で魔物の動きを封じる。そしてトドメは、姉の炎の鞭の連打で、魔物はあっけなく倒すことは出来た。
だが、勝利の余韻はなかった。
あるのは魔物の腕をなぎ払った感触だった。
エメットたちは、ようやく、荒れた山道に入った。よどんだ空気の中にいたと、ようやく分かるように、吸い込む空気が心地いい。
誰も口にしなかったが、呪いの森とは、あのような場所のことを言うのではないのか。気を使って口にしなかったが、鬼仮面たちの故郷は、もう、どこにもなかった。
「鬼仮面さんたち、どうなるんだろう………」
エメットの、誰に尋ねるでもないつぶやきに、前を行くエレーナは、振り向くことなく、答えた。
「決めるのは、あの人たちよ」
樹木は枯れ果てて、元の姿を想像することの出来ない、鬼仮面たちの故郷。
騎士とは、勇者とは、いつもこのような気持ちでいるのだろうか。それでも、人々を守るために剣をふるい、命を奪い、そして、人々の希望となる。
憧れの存在とは、どれほど遠いものだったのか。
「色々と、お話を聞いたり、本を読んだりして、分かっていたはずなのにね。物語のようには行かない。だからこそ、心を強く持たねばいけない。目的を見失うからって」
姫巫女ミレーゼが続く。
姫と姉の二人は、数年と言う時間、同じ教育を受けてきたのだ。
そして、友情も育んだ。
互いの考え、未来、家族、様々な話をしただろう。言葉にしなくとも、伝わる言葉もある。互いを思いあうあまり、衝突することも。
「エレーナ、エメット君を連れて――」
ミレーゼの言葉は、さえぎられた。
エレーナが、立ち止まったためだ。
静かに振り向くミレーゼ。
見守る騎士ラザレイ。
おろおろする、弟モードのエメット。
鬼仮面の故郷からは、ここから眺めては分からないほど、距離を歩いた。
「何、今更お姫様ぶる気?」
ようやく、と言うほどに時間をかけて、エレーナは答えた。
ミレーゼは、静かに聞いていた。
「こうなるかもしれない。こうなるはずじゃなかった。そんなこと、誰にだって分かるはず無いでしょ。私たちは、始めたんだから」
怒りを含んでいる。
弟モードのエメット君は、縮こまる。
姉は、すぐさま暴力に訴える、鬼である。しかし、最も恐ろしいのは、怒りを溜め込んでいる時間である。
今の時間である。
「今更引き返すくらいなら、あなたの案に乗ってないわよ。第一、あなたに助けを求めたのは私なのよ。何、私は頼みごとだけして、後はお任せっていうバカなお嬢様なの。私たちの一番嫌いなタイプよね、それ」
エメットとエレーナはいつも一緒のつもりで、かなりの時間は、エレーナは神殿に仕えている。村人とも交流を持ち、恐れさせつつ、巫女としての時間もはぐくんでいたのだ。
乱暴者の鬼と言う印象は変わらないものの、村人の尊敬を集める理由が、まっすぐな性格である。
「エメット。あなたはどうなの」
今、オレに振らないでくれ。エメットは心で涙目になりながら、姫巫女ミレーゼと、姉と言う鬼を見比べる。
どのように答えればいいのか、迷う。
戦いが嫌になり、帰りたいわけではない。勇者になりたいと言う男の子の夢が、現実に向かい合い、戸惑っただけだ。ここで負けてならぬと、思い直していたところなのだ。このような思いを続けても、あきらめない強さこそ、勇者なのだと。
自分も、その一人になると。
言葉に出来れば、どれほど良いだろうか。怒る姉に睨まれた弟は、弟としての本能のなすがまま、口をあわあわと、あわてさせるのみである。
「あの………えと………………」
あこがれのミレーゼ姫までが、ちょっと怖い。本心を言いたいが、姉の望む答えで無かったらどうしようと。
事態は、そんな二人の関係の修復を、待ってはくれなかった。
「悪いな、二人とも。ちょっとアレを見てくれ………」
騎士ラザレイが、気を使いながらも、二人に割り込んだ。
もう一人、エメットにも気を使ってほしかったが、黙っていた。
「どうしたんですか」
エメットは、助け舟に乗ったつもりで、真っ先にラザレイに答える。
だが、ラザレイの視線は、こちらには無かった。
姉と言う鬼も、姫巫女ミレーゼも、ラザレイの様子から、何かがあると遠くを見つめた。
ラザレイの指し示す方向。エメットたちの向かう先、領主の館のある方向には、一面の荒野と、長く延びる一本道しかない。その道の先に、領主の館があった。
エメットは思った。事件は、一つずつ片付けさせてくれと。
姉たちのケンカが始まっているのだ。終わってから出てきてくれと。
巨大な、影があった。
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