第11話 無能王


 騒々しい。

 普段であれば、誰かが叫んだはずだ。王宮において、上に立つ者が騒いでどうするのかと。そして、騒々しくした方々は、混乱した己を恥じたはずである。

 今だけは、誰も止めることは、出来なかった。


「ええい、情けない。人が一人死んだだけで、この騒ぎだ」


 ごついと表現していい鎧のおっさんが、叫んでいた。

 王宮の警護を任せられている、将軍閣下であった。魔法の力はなくとも、鍛え抜かれた肉体と忠誠心で、王国の最後の防衛を担う巨漢だった。

 声も、大きかった。


「王宮の護衛は、非番の者もかき集めろ。まずは、王の身を守れ。続いて、大臣どもだ。神殿からの返事は、どうしたっ!」


 賢者アルドライが死んだ。

 この言葉を受け、動揺しない者はいない。魔王がいつ侵攻してくるのか分からない日々において、大切な心のよりどころだったのだ。

 その、賢者アルドライが死んだのだ。

 亡骸なきがらを確認した人物はいないが、お住まいが突然に炎に包まれて、ご本人が行方不明なるのだ。楽観していい状況ではない。駆けつけた兵士が見たものは、焼け落ちた残骸だけだったというのだから。

 ただの火事で燃え落ちるわけが無い。神殿を除いて、もっとも魔法の防御が強固なお住まいは、アルドライ自身の力によって維持されている。

 火災が起きたということは、住まいを守る力が、尽きたということ。

 敵の攻撃。

 考えるまでもなく、魔王の手が伸びたのだ。

 これからどうなるのか、どうすればいいのか。王宮は、はちの巣をつついたような騒ぎだった。


「閣下、姫巫女様が、神殿にいないとの事です」

「不確かですが、巫女エレーナと供に、賢者アルドライのお住まいに向かう姿を見たと。護衛の騎士ラザレイと、見かけない少年も一緒だと」

「おそらくは、巫女エレーナの弟とか言う少年だろう。闘技場のお披露目で、瞬く間に四人を倒した凄腕だと。新たなる勇者候補だと、領主が騒いでいたな」

「では、姫巫女達も賢者アルドライと供に………」

「めったなことを言うものではない。全てが灰になったために定かではないが………」


 混乱は、たやすく伝染する。

 危機ほど人は敏感であり、それは身を守るための大切な本能といえる。残念ながら、逆の効果をもたらすことも、少なくない。

 危険だ、逃げろ――

 そんな単純な事態であれば、役立っただろうが、組織として、国家として機能するに当たっては、混乱は毒でしかないのだ。

 そのために、上に立つ者は秘密を持たねばならない。将軍はこれからを思い、覚悟を決める。


「いいか、事が判明するまでは内密にしろ。ご遺体が見つかっていないのなら、死を偽装して逃げ延びた可能性もあるのだからな」


 それは、願望が多分に含まれていた。

 そうであってほしい、そうに違いないと。威厳を保っていたが、将軍の態度から、とてもまずい状況であることは、いやでも伝わる。

 そこに、声をかけられた。とってものんびりとした、のんきなお声だった。


「騒がしいぞ、将軍」


 ただ一人、事態に気づいていない間抜けがいた。閣下と呼ばれた巨体の将軍は、そう思ったに違いない。

 顔に出ていたのだ。

 だが、すぐに態度を改めた。


「こ、これはドルト王陛下」


 直属の護衛を引き連れて現れた、王国の最高権威の登場だ。

 だが、相手は無能王と陰でささやかれているほどの人物。頼りないと言う代名詞は、足を引っ張らないだけましと言う扱いにすぎない。

 なのに、なぜノコノコと、混乱の最中にうろついておられるのだろうか。将軍の疑問は、すぐに、誤りであると思い知る。

 国王は、普段のように、のんびりと命じた。


「内密にしたいなら、声は抑えるものだ」


 非常事態に、何をのんきな。内心の苛立ちは、一瞬だった。いつもどおりな声で、気付いた。

 混乱を助長していたのは、自分だと。

 頼りない大臣達に代わり、人々の守り手になるべきだと思っていたが、いざ事態が起こってみれば、この有様だ。

 目の前のドルト王だけが、冷静ではないかと。

 ドルト王は、命じた。


「さて、とりあえずは、無用の召集をやめよ。民が動揺するだけで、得るものは無いぞ」


 王の目線は、将軍の怒声を浴び、全力疾走をしている兵士に向けられていた。さぁ、大変だと言う気配を振りまいて、あれではすぐにばててしまうに違いない。

 将軍は返事をしようとしたが、ドルト王は、さっさとこの場から立ち去った。たいした話は、何もなかったと言う、いつもの姿でだ。

 護衛も、わずか数名。

 あっけに取られていた将軍その他、この王宮を警護する方々は、ようやく我に返る。


「閣下、王のご命令でありますが、やはり――」


 部下の一人が口を挟もうとするが、将軍は手を上げることで、さえぎった。

 冷静になることで、事態を理解したためだ。


「賢者アルドライが何者かに害された。では、どれほど集まれば、その相手と戦えるというのだ?」


 先ほどの怒声とは打って変わって、静かな言葉だった。

 まるで、無能王の口調が乗り移ったかのようだったが、将軍閣下は、おかげで冷静さを取り戻すことに、成功していた。

 静かな言葉は、部下達にも感染していく。

 冷静になり、即座に意図を読み取ったのだ。


「………伝令が向かって、まだ何分もたっていません。すぐに撤回させます」


 将軍は、無言でうなずく。

 何人かはまだ理解していないようだったが、道々気づいた者が教えていくだろう。混乱の収束は、早い程よいのだ。


「賢者アルドライを暗殺する相手。我らがいくらいても適うまい。王のおっしゃる通りに、我らがうろたえれば、民が不安になるだけだ。そして、不安は伝染し………」


 混乱を助長するだけと、言葉はそこで終わった。

 だが、将軍閣下のそばにいた者達の耳には、届いていた。恐れはたやすく感染する。自分たちが、たった今経験したばかりではないか。日ごろ、このような事態に備えて訓練を受けた自分達でさえ、そうなのだ。

 いや、訓練した事態には、対応できるはずである。

 将軍の怒声一つで、訓練どおりの力を発揮できるだろう。そう、訓練されているのだ、考えるよりも、体が動くのだ。予想外の事態では、大臣どもに任せておけるか、そんな危害の将軍でさえ、あわてていた。

 賢者アルドライは、それほど、絶対的な存在だったのだ。

 そして、賢者アルドライが信頼を寄せた相手こそ――


「ふん、無能王か………だれだ、あれほどの男を無能だと呼んだのは」


 あんたも、その一人だ。

 部下達は思ったが、口にしない。口にしないことで、どこか笑いにも似た感情が感染していった。

 混乱は、抑えられた。


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