第4話 鬼仮面


 王国には、始まりの伝説がつき物だ。

 それは、一般常識として、誰もが知る物語である。伝わる土地によって変化はあるが、おおよそは次の通りだ。


 ――災いから逃れた人々は、この土地、ベロイヴェームを安住の地と定めた。

 知恵ある人は東の土地へ、豊かな川の恵みから、荒野は農地へ変わるだろう。

 古き民は西の土地へ、緑豊かな大地を見下ろす、神々が住まう山をあがめる。

 ようやく得た日々が、永久に続くことを願って――


 エメットたちの暮らすベロイ王国が、伝説にある東の土地の、今の姿である。そして、古き民もいたようだが………

 薄い水色のロングヘアーをふわふわさせながら、エレーナは語った。


「鬼っていっても、この人たちはホンモノの鬼じゃないの………仮面をかぶってるから、鬼仮面?」


 鬼はお前だ。

 この場の全員が、そう思ったに違いない。もちろん、思っただけで、全員が口を閉ざしている。命は大切だ。

 ただ一人、エメットが答えた。


「まぁ、話は通じてるって時点で、鬼じゃないってわかるけどさぁ………鬼仮面ってなんだよ」


 鬼に見えた仮面は、よく見れば騎士が身につける面鎧のようなものだった。今は、仮面を外しているにもかかわらず、人ではないと分かる特徴があった。

 耳だった。

 注意して観察すると、あぁ、とんがっているな――と分かる程度。

 人に見えて、人ではない種族だと、見て分かった。伝説でしか語られなかった古き民とは、この鬼仮面たちのことだろうと、エレーナは語っていたのだ。

 リーダーの鬼仮面さんは、語った。


「伝説………と言うほど、古い話になっているんですなぁ~………何百年も昔、魔王が現れて以来、交流が途絶えましたから………」


 思い出話をするように、夜空を見上げる。

 全員が、魔法の力を持つのだ。破壊のあとの片づけも終わり、見上げる夜空も、徐々に木材に覆われていく。エメットや鬼仮面さんのリーダーが、のんびりとお話しが出来る理由だ。

 さもなければ、サボってんじゃないわよ――と、姉と言う鬼の怒りを買うのだ。そのような危険を冒すはずが無いのだ。

 残るは、おそうじだ。

 ホウキを手にして、エメットはつぶやく。


「魔王………か」

「自愛王のあと………暴虐王か、氾濫王の時代よね?」


 エレーナも続く。

 歴史に残る三悪王の時代を経て、魔王が誕生し、呪いの森が生まれた。それから、王国は今に続く、不安の時代へと突入したのだ。

 では、古き民と呼ばれた鬼仮面たちは、どうなったのだろうか。鬼仮面のリーダーさんは、チリトリを持って、語った。


「私らの先祖は、国境に集落を持っていたんですが、呪いの森が広がったり、魔王の手先じゃないかって言う民衆の声に押されたりで、住処を追われて………そんなときに、ベライザ領の領主が、隠れ里へかくまってくれたんです。人が住むには厳しいところですけど、私らは全員、魔力がありますから………」


 そうして、人々の記憶から消え去るほど長い時間、隠れて過ごしてきたという。魔王が元凶とはいえ、不安におびえる人々に迫害を受けた、哀れな民だったのだ。

 エメットは、知らなかったこととはいえ、申し訳ない気持ちが起こる。勇者にあこがれ、人々を守る気持ちの強い少年なのだ。

 守るべき人々の枠に、目の前の鬼仮面たちは、含まれないのか………と

 しかし、そうなると疑問に思う。


「でも、なんで今更………なんか、盗賊みたいなこともしてるし――」

「ベライザ領………でしょ?最近、領主が新しくなったのよ。しかも、領主の一族じゃないとかで、神殿で噂になってたわ………」


 エメットの疑問をさえぎるように、エレーナが答えを出す。

 ベライザ領とは、先ほど鬼仮面のリーダーが教えてくれたように、彼らをかくまった領地のことだ。

 人が住むには厳しい土地であるため、人は足を踏み入れず、逆に、魔力のある彼ら鬼仮面の一族なら生き残ることが出来ると。

 迫害された鬼仮面という古き民にも、居場所を与えた偉大なる領主だったのだ。

 迫害の歴史をはじめて知り、困惑と混乱にあったエメットには、希望があってよかったと、素直に尊敬できた領主だった。

 その、ベライザ領主の交代劇が、原因だそうだ。


「急に、ベライザ領主の使いが来たんです。魔王から奪われた土地の代わりに、私らの土地を差し出せと、ここから出ていけと………」


 鬼仮面たちが、盗賊に堕ちていた理由だった。

 助けを求めても、鬼だと恐れられ、殺される。鬼は、見つけ次第に殺さねば、こちらが殺されるからだ。

 エメットもまた、そうしたかもしれない。

 ベライザ領の領主には、交渉の余地はないだろう。代々の領主は、鬼仮面たちの暮らしを守ってきたのだ。それが、突然出て行けというのだから………

 土地を離れる以外に、道はなかったのだ。

 エメットは、ふと疑問に思った。


「………あれ、ちょっとまってよ。ベライザ領から道沿いに逃げたんだったら、もっと大きな村があったじゃないの?何でこっちにきたわけ?」


 ここは村はずれもいいところの、開拓地である。魔法の力があるため、修行も兼ねて二人住まいだ。街道からも外れているため、村人でない限り、ここにエメットとエレーナの住む小屋があるなど、分かるはずもないのだ。

 なぜ、わざわざ立ち寄ったのだろうという、純粋な疑問だった。


「いえ、強い力の気配があったんで、もしかして、仲間がいるんじゃないかと………」


 エメットは、納得した。

 あぁ、鬼の仲間には違いないと、ボスの気配を感じたのだと。

 もちろん、思っただけで、エメットは口にはしない。

 代わりに、エメットは姉に叫んだ。


「姉ちゃん、領主が横暴してるって、勇者の出番じゃないのかよ」


 なんでも勇者を登場させたがる小さな男の子が、そのまま大きくなった少年が、エメットである。

 ついに、出番だと。

 いつものように、エレーナにバカにされるのだろうか、それでも、引き下がりたくなかった。

 今回は、違った。


「そうね~、ただの盗賊じゃなくって、古き民だし………これって、上のほうに知らせないといけないことよね~――」


 エレーナは、あさっての方角を見つつ、考えていた。

 物思いにふける乙女という演技は、似合わない。エメットは心で思って、すぐに訂正した。

 姉のこぶしが怖いのではなく、ジャマをしてはいけないと、思い出したからだ。エメットもよく知る、遠くに、心の声を送る姿だった。

 念話と呼ばれる技術で、魔力が大きいほど、遠くへと声が届けられる。

 人物を特定できるのも、便利である。

 エレーナは、楽しそうに声をかけた。


「あぁ、ミレーゼ?いきなりでごめん。うん………そう。ちょっと緊急で――」


 声にする必要はないはずだが、エレーナは、話し続けた。

 どうも、周りに男達がいることを忘れているようだ。確かに、エレーナにとってはエメットは弟であるし、鬼仮面たちなど、人ではない。

 なら、男子と考えないのも分かるのだが………エレーナお姉様は、女の子同士の会話と言う、無駄話もなさり始めた。


「やだっ、あの子ったら神殿抜け出して………えぇ~、うそぉ~、ヤバイんじゃないの?あの子の彼氏って、確か――」


 噂話に、熱がこもっていく。

 周りに、耳があることを思い出して欲しい。乙女の秘密が赤裸々に、どこの誰か知らないお姉さんの恋愛事情が暴露されていく。

 夜風は、何とか防げそうだ。姉という鬼によって吹き飛ばされた屋根の修理は、いつの間にか終わっていた。

 ならば、する事は一つだ。紳士たるエメットたちは、静かにこの場を後にした。


 あぁ、肩身が狭いと。


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