第3話 姉と書いて、鬼と読む


 乱暴者の姉。

 絶対的なる、暴君。

 弟として生まれた少年エメットは、悔し涙で思ったものだ。この鬼を、誰か退治してくれと。

 では、本当に鬼が来れば、どのように思うのだろうか――


「やっぱり――」


 見慣れた光景が、変わっていた。たくさんの足跡があり、姉と二人で住んでいた小屋の屋根が、吹き飛んでいたのだ。

 エメットは、扉を開いた。


「エレーナ姉っ」


 鬼がいた。

 エメットが鬼と耳にして、まず思い当たる、薄い水色のロングヘアーに、紫の瞳の鬼がいた。


「あら、エメット、お帰り~」


 エメットの、三つ年上の幼馴染のお姉さんは、そこにいた。

 のんびりと、お姉さんが手をひらひらとさせていた。

 エレーナと言う姉の実力を知っていたエメットをして、鬼と言う存在に、パニックになっていたのだろう。『姉ちゃんはオレが守る』という、弟の本能が突き動かしたとも言えるが、エメットは忘れていた。巫女エレーナは、鬼のように強いのだと。

 鬼ごときが束になっても、かすり傷一つ負わすことが出来ないだろうと。


「鬼――」


 一言、エメットは口にした。

 本当に、一言だけだった。


「もういっぺん、言ってごらん?」


 鬼がいた。

 本物の鬼さんたちは、全員土下座していた。

 リーダーだろう、周囲の鬼より一回りごつい鬼が、エレーナの椅子になっていた。土下座をしたというか、イスになれと命じられて、四つんばいになっていたのだ。

 姉ちゃんが、どっかりとその上で、胡坐を書いていた。この光景を見て、いったい弟は、どのような感想を持てというのか。

 必死に、ごまかした。


「い………いや~、鬼が出たって町で聞いたから、心配になって………」


 嘘である。

 鬼の頭領――そんな言葉が、つい出掛かったのだ。

 そんな言葉が、つい――と言う勢いで、喉から出かかる光景なのだ。本来思考力や恐怖すら失っているはずの鬼が、土下座していたのだ。

 命乞いを、していたのだ。


「あら、やだ………」


 やだ――なのはこっちである。

 エメットは、突然の知らせにパニックになった自分が、恥ずかしかった。そして、冷静に考えれば、鬼程度が姉に傷を負わせることなど、不可能なのだから。

 エメットの、数倍は強いのだから。

 力を持って生まれた男の子、エメット。憧れは意欲につながり、意欲は努力に、努力が結果へとつながった、新進気鋭の若者である。ならば、勇者への道は、単なる憧れではない、手の届くものであった。

 しかしながら、幼馴染のお姉さんにとっては、いつまでも手を引いていた赤ん坊も同然なのだ。


「だって、鬼さんたちったら、いきなり小屋を囲んで、食料を出せってすごむんですもの。つい………ね?」


 つい――で、何をしたのかを、エメットは具体的に想像できた。冬の寒さは過ぎたはずでも、夜風が部屋の中を、ぴゅ~、ぴゅ~と、過ぎ去っていた。

 寒いことが理由ではあるまい、恐怖を体験したばかりの鬼さん達は、一気に震えだす。


「まぁ、とりあえずは、お片づけかな?」


 エレーナは立ち上がると、にっこりと命じた。

 エメットは、改めて周囲を見渡した。

 足跡が、ちらほらとあった。

 硬い地面にもくっきりと残ったことから、地響きでも立てていたのだと、推測できる。ただの村人なら、この地響きだけで逃げ去っていたに違いない。

 だが、そんなものはただの足跡だ、破壊の後というには、ささやかなものだった。

 エメットは、見上げた。


「お方付けって言うより………建て直したほうが、早くないか?」


 屋根が、吹っ飛んでいた。

 今夜も、ぼやけた星々が微笑んでいる。ここはエメットとエレーナが二人暮しをしていた小屋で、部屋数は四つと、それなりの大きさであった。

 幸い、土壁は、一枚レンガのように、固く焼き固められている。エメットが土台を作り、エレーナが焼き固めたのだ。

 だが、屋根はそれほど頑丈ではない、木材が基本なのだ。圧力を受ければ、頑丈な壁と比して、どうなるのか。

 応えは、満天の星空が教えていた。

 室内だというのに、満天の星空だった。


「ほら、さっさとやる」


 姉は、全員に命じた。

 エメットも、含まれていた。

 本能が命じるのだ。姉が笑顔のうちに、やらねばならないと。木っ端微塵に吹き飛ばされた屋根が、教えてくれる。逆らえば、次は自分達が吹き飛ばされると。


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