第2話 対魔騎士
馬車に揺られること半日、エメットは、都会の魔力に圧倒されていた。
やや大げさな表現であるが、エメットにとっては正にそれだった。
見上げるような大きな建物がひしめき、その全てに人が住まうのだ。それも、夜ともなれば明かりがともり、地上に星がちりばめたように見える。
エメットは思い出す。姉のエレーナが、大げさに語り聞かせていた街の物語を。
村しか知らないエメットがうらやましがるように、さもすばらしい場所だと自慢していた数々の物語を。
エメットは、うらやましくないと悔し涙をためていたのだが、その姿こそ、鬼の求める弟の姿であった。
今は、姉が自慢したかった気持ちも、なんとなく分かった。ここは、エメットの故郷とは、別世界だった。
鬼のことを、美人で優しいお姉さん――だなどと、思い込んでいるのだから。
「いやぁ、まさか、あれほどとは………私が教えることなど、ほとんどない気がする。さすがは巫女エレーナが自慢していただけはあるなぁ~………うらやましい。俺も、あと二十年若ければ………」
歓迎会の話題の中心は、やはり、エメットである。審判であり、これから教官と呼ぶ赤い鎧のおっさんが、腕を組んでうなずいていた。
ちきしょうめ――と
これから『対魔騎士』としての訓練が始まるはずなのだが、とっても不安だった。
訓練仲間たちとの関係も、複雑だった。
「ねたましい、魔力だけでなく、技術も上かよ。しかも、教えてくれたのは美人で優しいお姉さんとは………」
「魔力が上ってだけで、満足しとけよな。そうしたらよ、魔力が勝敗をわけるものではない………って、逆転劇が出来たのに」
「そして、次の勇者は、あなた達だ――とかさぁ~………そんで、巫女エレーナが一緒に旅立つ仲間になる………」
「若造よ、『対魔騎士』の訓練は、これからだ。卒業までの二年間で、追い抜いてやる。いつまでも姉の庇護を受けられると、思うでないぞっ」
決勝戦でエメットと戦った四人組みも、ねたみを口にしていた。
若造扱いは、相変わらずというあたりは、若気のいたりで気にしない。エメットの周りは、敵だらけであった。
トーナメントでの勝敗が原因ではない、その前から、敵だらけだった。
美人でやさしいお姉さんに修行をつけてもらっていた。これだけで、エメットに殺意を抱けるほど、うらやましい出来事らしい。
エメットからすれば、笑い転げたくなる話題である、やめてくれと。
「ま、まぁ………とりあえずは『対魔騎士』になってさ、勇者シャオザに続け――ってことで………なぁ?」
口に出来ないエメットは、愛想笑いをするしかなかった。
まっすぐすぎる性格を自覚しているエメットであったが、今は、聞き役に徹していた。下手に、姉という鬼の本性を口にしては、危険なのだ。
そのために、誰もがあこがれる、勇者の話題をふったのだ。
「もう十年だっけ、勇者シャオザが呪いの森に向かってから………」
「今も戦ってるって噂だったな。だから、呪いの森が広がってないってさ」
「たまに、鬼が出るくらいだっけ?」
「はぁ~、勇者かぁ~………選ばれし者って王様にいわれて、旅立つ………すげぇっ」
ここの連中は、全員が勇者を夢見ていた。
おっさんも、同じだ。気持ちは分かるといいながら、教官としての顔になって、少しまじめな話をした。
「それでもよ、魔物に対抗できる騎士ってだけで、十分、すげぇんだ。魔力を持つだけじゃ、鬼が相手でもヤバイ………呪いの森だけ見てればいいってわけじゃ――」
そのときだった。
訓練所に、知らせが届いた。
鬼が、出た――と
「鬼って、数は、どこをっ」
エメットは、叫んだ。
見間違いではないのか。そう言って笑い飛ばせない程に、この世界には危険が存在する。
身近な脅威は、鬼である。
かつては人であった、哀れな存在。恨みや憎しみ、死に際の怨念の集積体である。それが生物の死骸、恨みを発した本人に取り付いたまま
直ちに向かう戦力が、どれだけいるのだろうか。もっとも危険な『呪いの森』近辺に、集中しているのだから。
「教官、俺、村に戻っていいですか。多分………ですけど、いやな予感がします」
エメットは、おっさんに尋ねる。
これからお世話になると、教官と呼ぶようにと紹介されたおっさんは、しばし迷う。話を聞くと、エメットの故郷の近くの街道での、目撃情報だった。
エメットの気持ちは、理解できたのだ。それでも――
「本来、訓練中のキミたちを向かわせることはしないのだが………」
訓練中と言うよりも、訓練すら受けていない子供だ。本来は、気持ちは分かるが、将来に備えて訓練を受けろと言うところだ。
そのための『対魔騎士』の訓練施設であり、見極めるためのトーナメントであった。魔法の力を持っていても、それだけでは不足だ。対魔騎士としての訓練を受けて、ようやく魔物に対抗できる力を得るのだ。
しかし、エメットは例外に当てはめてよかった。
「わかった、少し早い里帰り、行ってやりなさい」
能力として、二年の訓練期間を終えた者達を上回るエメットなのだ。それは、トーナメントと言う名前の試験で、見事に発揮された。
土地勘もあるエメットを送ったほうがよいとの、現実的判断だった。
「ありがとうございます」
別れの挨拶もおざなりに、エメットはあわただしく、少ない荷物を袋に詰め、訓練所を飛び出した。
言葉通りに、十メートル近く飛び上がる。ぴょんぴょんと、屋根を破らない程度に着地し、踏みしめ、飛び跳ねる。
空を飛ぶ魔法があればと思いながら、都はもう、背後に通り過ぎた。
「エレーナ姉、まさか、まさか………」
森に入ると、踏みしめる力を強めた。
風がほおを切るが、今のエメットには、枝葉が鞭のように体を打っても、傷一つつかない。ほのかに何かが触れた、程度の衝撃でしかない。
今は、ただひたすら走る。
鬼を見たと、その場所からエメットたちの村までは、少し距離がある。それでも、その近辺で村として、まずエメットが思いつく場所は、ひとつだった。
今は小屋で一人住まいの姉が一人のはずだ。間に合わないという絶望的な予感が、エメットが踏み込む足に、力を込めさせる。
エメットは、風のように飛び上がった。
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