魔王と勇者と鬼と巫女
柿咲三造
第1話 勇者にあこがれて
――姉ちゃん、オレ、勇者になる
いつだったか、空に向かって宣言した少年は、同じように空を見上げていた。
宣言ついでに、姉のこぶしが振り下ろされたことまで思い出して、つい、頭をなでてしまう。
ダークブラウンの短い髪の毛に、青い瞳の少年エメットは、今年で十五歳。
馬車に揺られ、初めて都会に足を踏み入れた本日、さっそく故郷が懐かしくなっていた。
「都会の魔力ってやつか………」
周りを見渡して、つぶやいた。
ここは、闘技場だった。
そして、観客達の、注目を浴びていた。
対戦相手からも、熱い視線を浴びていた。
「いよいよ、貴様も最後だ。巫女エレーナの教えを受けた若者よ」
「いやはや、待ちきれぬ。トーナメントを勝ち抜いた我らと、どれほど戦えるかな?」
「覚悟せよ、若造、我らが相手を
「いざや、いざ、己が力、見せるがよい。そして、我が魔法の前にひれ伏すのだっ」
殺意を帯びた四人組みが、襲い掛からんとしていた。
エメットと同じく、各地から集った、魔法の力を持つ少年たちだ。
なお、年齢はエメットと同じく十五歳であり、若造呼ばわりは、若気の至りである。エメットは、出会って間もない彼らが、ここまで愉快な野郎どもだとは思ってもいなかった。
おっさんも、混じっていた。
トーナメントでの、審判であった。
「まぁ、トーナメントと言っても、目的は力のお披露目だ。勝利しなくとも、『対魔騎士』の訓練生に選ばれることもある。巫女エレーナに育てられた君は、特別扱いだがね?」
よく目立つ、赤い木製の鎧姿であった。
危険な位置にいるため、身を守るための装備である。そして、万が一の事態に備えるためにも、彼はいるのだ。
それは、優れた『対魔騎士』と言うことだ。
ならば、トーナメントが終わった後には、自分たちを育ててくれる師匠と呼ぶべきだろう。あるいは、先生と呼ぶべきか。
今はただ、ふざけていた。
「少年よ、美人で優しいお姉さんに守られた弟のたどる運命を、さぁ、味わうがよい」
冗談だろうと、おっさんを見つめるエメット。
緊張をほぐすための、冗談といってくれ。冗談はここまでと、止めてくれと、願いを込めて、見つめていた。
願いはかなわないという、予感があった。
いい年をしたおっさんが、嫉妬に狂う野郎どもと、同じ瞳でエメットを見ていたのだ。
「本気………ですか?」
エメットの問いかけは、無残にも無視された。
審判のおっさんは、答える代わりに、片腕を上げたのだ。世間知らずの田舎者でも分かる、この腕を振り下ろすと、やつらが襲い掛かるのだ。
会場は、沸いていた。
この場にいる少年達は、エメットを除いて、トーナメントを勝ち抜き、その力はお披露目されている。
ただ一人、エメットの能力だけが、未知数なのだ。
そのエメットが、ついにお目見えなのだ。
しかも、決勝戦である。
「では、そろそろ――」
美人で優しいお姉さんを独り占めにした、けしからん野郎が、目の前だ。うらやみが、ねたみが込められた手が、ぱっと振り下ろされた。
やれ――という合図であった。
「「「「うをぉぉぉおおおおおっ!」」」」
四人が、襲い掛かってきた。
かなり、本気の形相で。
「あこがれ、か………………」
向かってくる嫉妬の嵐に向かって、エメットはつぶやいた。
真実を知れば、決して憧れなど抱かない。姉とかいて、鬼と読む暴君であると、物心ついたころより、奴隷と言う身分の弟は、思うのだ。
現実は、残酷だ――と。
炎の玉や、岩の塊が、襲ってきた。
もしも制御を誤れば大惨事だが、心配無用だ。この闘技場の観客席は、それなりに高い位置にある。危険なのは、場内の少年達と、審判のおっさんだけだ。
はっきりいえば、エメットだけだ。
「死ねぇいっ!」
本気で、殺すつもりはないと信じたい。嫉妬の目線を浴び続け、どこか悟りを開いたエメット君は冷静に、殺意のこもった岩の塊を見つめていた。
エメットのダークブラウンの短い髪の毛が、ばさばさと激しくかき回される。岩が頭すれすれに飛んでいったからだが、わざと外してくれたのではない。エメットが、なんら恐れることなく、ぎりぎりのタイミングでよけたからだ。
ぎりぎりまでひきつけて、よけたからだ。
エメットは、瞬間的に間合いを詰めた。
とっさのことだ、岩を投げた少年は、動けなかった。ハンマー投げの鎖ように、魔法の力でつながっていたことが災いした。自らが投げた岩と同じく、ご本人も吹っ飛んだ。
「ばかなぁああああっ――」
しばらくの空中散歩の後、頑丈な闘技場の壁に、めり込んだ。
炎を生み出していた少年は、一瞬、あっけにとられていたが、即座にエメットに向かい直る。自分は、ああはなるまいと、ニヤリ――と笑みを浮かべた。
まぬけめ――と。
さらに天高く、両手をかかげた。
「ならば、燃え尽きろっ!」
炎の塊が、エメットを襲う。
人の頭程度の炎の塊でも、眼前であれば、一面が炎の海と言う錯覚を覚える。まぶしく、とても目を開けていることは出来ない輝きが、エメットを襲う。
生物としての本能で、身がすくみ、その油断のために、炎に覆われてしまうのだろうか。表皮が黒こげになるだけで、すむだろうか。
エメットは恐れることなく、回し蹴りを食らわせた。
炎は、消滅した。
「そんな………オレの炎が」
信じられないと、呆然となってしまう。
無理もない、実力差がなければ、炎に巻かれて終わるのだ。エメットは炎を消し飛ばしたついでに、炎を生み出した野郎に詰めより、蹴り飛ばした。
闘技場の壁に、二人目がめり込んだ。
残るは、二人だ。
「なっ………」
「ひるむな、ならば、肉弾戦だっ」
なんとか気を取り直すと、二人は魔力を全身にまとわせる、基本の防御姿勢をとった。
見えない鎧をまとっている状態であり、振るう腕力も、人の倍を超えるのだ。ずっしりと、地面を踏みしめる印象もまた、大げさではない。魔力の作用によって、ずっしりと身体にまとう魔力が、力を与えるのだ。
振るうこぶしは、それだけで本人の体重の何倍も、重く、強くなる。
岩石を生み出す、炎を生み出すという器用な手段を取れない反面、身体能力は、先の二人より高い自信があったようだ。
肉弾戦なら、こちらが有利だと。
エメットが、そんな二人の懐に、滑り込んできた。
「バカめっ」
「押しつぶしてくれんっ」
ともに、勝利の笑みを浮かべた。
二人には、獲物が罠に入ったように感じたようだ。
二人がかりで捕まえてしまえば、身動き一つとることは出来ないだろう。ただのケンカなら、本当に危険な場面だ。捕らえた後、ボコボコにするか、負けを認めさせるかは、良心にかかっている。
二人の手が、エメットを捉えようとした。
その瞬間までは、エメットは確かにそこにいたのだ。
「え?」
「――っ!」
気付けば、二人は闘技場の上空を飛んでいた。
エメットは一気に立ち上がって、二人を吹き飛ばしたのだ。
「………しょ、勝者………エメット君」
唖然としていた審判が、告げた。
袋叩きになれば止めるつもりだったのだろう、本人も魔力を込めていた。
当然、危険と判断すれば、すぐに止めるように集中していたはずだ。それでも、状況を把握するまでに時間を要したのだ。
観客は、さらに時間を必要とした。
ただ一人、闘技場にたたずむ少年エメットが、勝者である。それは見て分かるはずでも、実感がわくまでは、時間が必要だった。
いったい、なにが起こったのだ。
岩がどこかに飛んでいき、炎も掻き消えて、吹き飛んだ。なんという技術だと思っている間に、残り二人も、吹き飛んだ。
審判の勝利宣言が終わり、ゆっくりと数秒が経過した。
そして――
「「「「「「「「ぅうおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」
闘技場が、ゆれた。
ようやく、エメットの実力を理解したのだ。
賞賛の嵐に、拍手喝さい。そろそろ夜と言う時間帯でも、この熱気は、醒めてくれそうもない。
それほど、エメットという少年の力は、すばらしかったのだ。
エメットは、この事実を認めたくなかった。過信は戒めるべきだが、この瞬間の勝利の余韻くらいは、味わってよいはずのエメット。
なのに、どこか釈然としないものがあった。
この力は、姉と言う鬼との日々の賜物なのだから。
姉が面白半分に力を披露するところへ、犠牲者となる日々の賜物なのだから。
「また、姉ちゃんに自慢される………」
にんまりとした、自慢げなエレーナの顔が目に浮かぶ。そして言うのだ。ほら、お姉ちゃんに、ありがとうは?――と。
「はぁ………」
エメットは深く、深くため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます