第57話 体育祭
体育祭開始まであと1時間。新聞部は部室で最終確認を風成とともに行なっていた。
風成は自分の仕事を何度も確認した。
風成が撮影する写真は、最終種目の『ブロック対抗リレー』のアンカーが到着する瞬間。指定された場所とタイミングで、決着の瞬間を収めることになっている。
それを除くと、一つも体育祭種目に参加しない彼女は、丸一日、本部席に集められた新聞部の情報メモと閲覧者専用回答用紙の保管・整理を請け負っている。
想生歩はいつもの気の抜けた様子で
「わからないことが起きたり、イレギュラーなコトが発生しても、我々が対応するんでぇすぐにおっしゃってくださぁい」
と、人差し指と中指を立てて、片目を開閉した。
見直しが終わったところで、丁度全校放送が高校敷地内に響いた。
『全選手入場式の準備の時間となりました』
多くの生徒が一斉に校内グラウンドへ移動する。
「俺らは後からでも全然大丈夫っすよぉ、待ちましょ〜」
風成は一度も窓から見えるグラウンドを見ることなく、持ち物をまとめて移動の準備をした。
・
場所変わって校内。移動する生徒の波を避け、マリードは駐輪場へ抜け出した。純平に頼み自身を追う人たちを避けてまで、一人で抜け出したのには理由があった。
麗奈と最実仁は、彼以外の生徒がいないことを確認すると、彼に接近した。
麗奈が早速口を開いた。
「聞けた? 新聞部の動き」
それにマリードは答える。
「ああ、毎年通り廻郷は競技に一切出場しない。その代わり昼休み以外ずっと本部で仕事をする──『大知 想生歩』のそばで」
3人は眉間にしわを寄せた。
風成の存在を消し去ろうとする『神』が、長時間、彼女の近くにいることが恐ろしく感じた。
沈黙は最実仁が破いた。
「昼休み、声をかけるか」
その提案に麗奈は否定的だった。
「ふうちゃんと私たちはもう、以前の間柄ではないって痛感したじゃない。不機嫌になった彼女にあの神がつけいって、『後輩』としての信頼を築かれたら⋯⋯」
「うっ⋯⋯」
悔しそうに体をふるふるとさせる彼に、マリードが声をかけた。
「いや、声をかけよう」
「それで拒絶されたらよ⋯⋯」
「なら、俺が声をかける」
「拒絶の前に無視されるだろお前は」
「それでも声をかけるんだ。もう何もしないのは嫌なんだ」
その言葉に、二人はハッとする。
何もしないことは、何も生まない。理由をつけたって、それは無関心であることと一緒だ。
麗奈は覚悟を決めた証に、自身の頬を強く手でパチンと叩いた。
「ありがとう。マ⋯⋯会橋くん、あなた人気者だから大変かもしれないけど、午前最後の種目終わったら、急いで本部行けそう?」
「3人で待ち合わせて行かないのか?」
「大知くんが隙を作るもんですか。終わり次第早く声をかけたほうがいいわ」
「わかった」
一旦今日の行動を共有した3人は目を合わせ頷いた後、グラウンドに向かって行った
・
体育祭は順調に進んでいった。
次々に届く各種目に対しての様子を記したメモ、観戦者が記していった増えていく回答用紙。それをじめじめとした暑さに耐えながら、水を休みやすみ飲んでさばいていく。
時には部員や想生歩の手を借りながら、緊急事態や困った問題を回避、対応をした。
現役トップアイドルの二人が、ブロック対抗ダンスで会場を大いに盛り上げたところで、午前の部のプログラムは終了となった。
マリードは純平に、『風成に声かけること』を打ち明けて、足止めに協力してもらいながら早速本部席に向かう準備をしていた。
しかし、王に言われてきた好印象の少年を演じすぎた影響で、人だかりは純平一人に止めきれないものとなった。
自分が行けなくても、彼女の親友たちが向かうことはわかっていた。それでも、どうしても彼女の元へ駆け寄りたかった。
(俺も行きたい⋯⋯)
困り果てたとき、前方の人だかりがとけていき、道ができた。
「⋯⋯
「やっぱりそうなると思ったぜ」
「要頬はどうした」
「先に行った。俺はお前連れてくように言われたんだ。アイツほどはないが、俺も嫌われ者だしな。人よけにはなるぜ」
最実仁は周囲に聞こえるように言った。
「頼んだろ? 風成とまた仲良くさせてくれってよ! ほら、行くぞ!」
マリードを『おかしいカップルに手伝わされている可哀想なお人よし』という立ち位置にするため、麗奈に頼まれていた一声を出す。
「うわ、会橋くんかわいそう」
「でも、ちょっと、あの子達と関わりたくないしね⋯⋯」
「ご、ごめんなぁ、会橋」
人の群れは剥がれ、二人は急いで本部席にかけていく。
「⋯⋯すまない」
背後のマリードの謝罪は、前に目を向けている最実仁には見えなかった。
・
「新聞部のみんな、午前中お疲れ様! さぁ、各々やすんで。昼休みの様子は顧問の私がまとめておくからね!」
顧問の女性教師は活発な声で部員たちに労いの言葉をかけた。
「先輩もぉ、お疲れっすよぉ〜」
想生歩は、緊張をほぐせずにいる風成の横で、ぱちんと手を叩いて意識を自身に向けた。
「あ、あぁ」
背伸びをし、ゆっくりと立ち上がる。
(昼時だな⋯⋯あ)
風成は大事なことを忘れていた。
(弁当、作ってねぇ)
去年も、一昨年も。体育祭には参加をしなかった彼女はすっかり昼食の存在を忘れてしまっていた。
固まった風成の姿を見て、後輩はからかい半分の声で言葉にする。
「もしかしてぇ、お弁当、忘れちゃった〜とかぁ?」
恥ずかしさで顔が赤くなる。金銭も飲み物代くらいしか持ってきていないので、どうしても使えない。かと言って、人から分けてもらうことはもっとありえない。
動きを止めた先輩に、救いの手を差し伸べようと彼が提案をしようとした途端。
「ふうちゃん! お疲れ、様。お昼、一緒、しましょ」
机を挟んだグラウンド側に、息を切らした麗奈が立っていた。
「あのね、私、たくさん、持ってきてしまって! よかったら、交換とか、どう?」
風成の恥ずかしさは飛んでいき、目の前の不快が感情を多く占める。拒絶の言葉を吐きたくても、視界に映る教師や招待来客の手前、極力騒ぎは起こしたくない。
なんとか心を沈めようとする彼女の思いとは裏腹に、最実仁とマリードがやってきて麗奈の後ろに立つ形で声をかけてきた。
「本部から見たら、体育祭どんな感じなんだ? いろいろ話を聞かせて欲しい!」
「少しだけでも、いいだろうか?」
風成は疲れ切った状態のまま、再び思考を巡らせる。
(なんなんだ、こいつらは。何を企んでいるんだ?)
口を強く噛み締めていると、いつの間にか自分のそばにきていた麗奈に肩を掴まれていた。
「さぁ、行きましょう!」
「あ、⋯⋯っ」
そのまま3人は強引に彼女を囲い、溢れる人混みの中に姿を消した。
(その方に向かいましたか⋯⋯予想外)
『神』は、己が与えた情報をもとに、鵺に辿り着き、彼女という存在の危険性を知ることまで予想していた。実際『眼』に映った彼らの記憶は思った通りのものだった。
だが、彼らの結論は『彼女への対策』ではなく『彼女との共存』の手段の方へ向かった。
(しかし、あなたたちごときが現状を変えることは不可能でしょう。承平の世(※)の彼らですら成せなかったのですから)
・
本部からある程度離れたところについた風成は、麗奈の手を振り払い、3人の魔法使いに距離を取った。
「何のつもりだおまえら」
身構える風成の気迫は鋭く冷たいもの。ただ、その拒絶は3人の決意を上回らない。
「言葉通り、少しずつ、話して行けたらいいなと思ったの。昼休みは絶好のチャンスじゃない」
「貴様らと食う飯なんかない。私に構うな」
「持ってきてないんでしょ、食べるもの」
「何で⋯⋯」
「見てたもの。わかるわよ」
以前なら無関心どころか視界に入ることすら邪魔と言ってきた人物が、よく自分を観察していたことに鳥肌がたつ。
「なんだよ、急に」
距離を取ろうと後ろに下がる風成に、3人が手を伸ばす。
彼女は思い切り後ろに立つ人物にぶつかった。
「痛ってーな⋯⋯は?」
倒れ込まず、しっかり立つその人物に、更なる悪寒を風成は感じた。
言葉を詰まらせる風成の代わりに、最実仁が声を荒げる。
「な、何でここにベールが!」
豪華な色気ある服を好む彼女は、好みとは逆の、男性の肉体に合わせたシンプルな服装のまま、いつもの厚化粧もなく、最低限のケアのみの姿で立ち尽くしていた。片手には中身が詰まった大きなバックを握りしめて。
引きつる目の前の美しい少女に、穏やかな目を向け、彼女は言う。
「作ってきたの。一緒に食べない?」
※承平の世⋯⋯平安時代。西暦931〜938年
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