第55話 工作
ハッとした麗奈は、恋人が落とした分の小道具も拾い集め、それぞれの手の中にうまく収めた。
「ありがとう、麗奈。お互い慣れないことしてるのに」
「まともに係したのが最終学年時、かぁ。恥ずかしく感じるわね」
少しキョロキョロしながらも、2人は風成を見て、口を動かそうとしていた。
そんなそわそわと落ち着きのない彼らを見ていた風成はイライラが溜まってしまった。
「用もないのに名前を呼ぶな」
他者を突き放す鋭い目線、怒りのこもった冷たい声。
ビクッと彼らの体が反応する。
沈黙が訪れ、長い数秒が経過した。
最実仁は奥歯をグッと噛み締めて意を決した。
(奴らの思い通りには絶対させない。また笑い合いたいって、覚悟決めただろ!)
奥底にある恐怖や自責の念、現状への怒りを笑顔で隠し話しかける。
風成の親友として。彼女の存在を肯定する者として。
「もうそろそろ体育祭だな! 風成は競技決まったのか?」
口に出した瞬間、風成の背後から笑い声が聞こえてきた。
「んふふふ、ぷぷぷ。いや、おもしろぉ〜い」
最実仁たちは全身を強張らせ、身構える。
「遅れてごめんなさぁい」
「早くいくぞ、大知。中庭は混む」
風成は、目の前の同学年の存在を気に留めることなくスッと通り過ぎていった。
「待ってぇ〜」
と言いながらもゆっくり歩く想生歩は、2人の横に着いた途端ボソッと口を開いた。
「想うわりに、色々知らなすぎませんか」
つぶやいてすぐに、先に行ってしまった風成に追いつくため走り去っていった。
神の言葉が最実仁の胸を激しく鷲掴んだ。
大切だと、守りたいと思っている相手のことを──過ぎた三年で変化したものを認知することをやめていた。
すんなりと元には戻れないとはなんとなく理解していた。その一方で、『以前築いた絆』が彼女の中にも残っていて、ゆっくりと心を開いてくれるとも考えていた。風成が知っている最実仁に近づけば、解決すると思っていた。
「全くの、ゼロなんだ。もう、終わったことだったんだ」
愚かさを自覚する。目に熱が込み上げ、涙が浮き出てくる。
そんな時、ガシッと足に少しだけ痛みが走る。
「いっ」
「最実仁」
横を向き少し下げると、寂しさを隠しきれてはいないけれどまっすぐな力強い瞳を輝かせている恋人と目線が合った。
「れ、麗奈」
「また知っていけばいいの。ふうちゃんっていうヒトを」
「⋯⋯遠いなぁ」
先を思ってため息をつく。しかしその後に来た感情は前向きなものだった。
・
生徒会に部活動紹介の計画書を提出した剣道部数名は、生徒会室の近くにある中庭を見下ろせる廊下をだらだら歩いていた。
中庭から悲鳴と笑い声がポツポツと聞こえた。気になった彼らは身を乗り出し様子を見る。
「あれ、新聞部じゃん。何してんだか」
皆はその様子を鼻で笑った。彼らと共に行動していたマリードは、彼らの態度に片眉を動かす。
(廻郷の名も出さないのだな)
部活動を拒絶して休んでいる彼女が新聞部に使われている様子は、他の剣道部員には嗤いの種だった。
近くに『情報屋の一年生』がいることもあり、何か弱みが握られていることを察することができた。
「なんかスカッとしたわ。行こうぜ」
一同は次々に武道場に向けて歩き出した。マリードはそれに気づかず中庭を見つめては拳を握りしめていた。
彼女を守ると決めたはずなのに何も行動していない自分に対して、片方の顔がひくっと吊り上がった。
・
日が沈む。ヒョーヒョーと不吉を浮かべる鳴き声が街一体に響いた。それは隣町の高層マンションの一角近くでぴたっとやんだ。
ゴキッ、バキッと不愉快な音をたてながら、絶望の具現──鵺は慣れた人の形を取る。
「力むなオンナ──はぁ、こっちの話し方がいいか?
人間・亜信として使用している言葉遣いを、この部屋の住人の前で使う。
質のいい絨毯を弾いているとはいえ、洋風の部屋でずっと正座をしているベールは足の痺れに耐えて、目の前の災害に怯えていた。
「ふ、不愉快な気持ちを抱かせてしまっていたら、も、も、申し訳ありま」
「はぁ。こんな調子では、出してやった提案も無意味に終わりそうだぜ。始末始めちゃおっかなー」
「ご、ご用件はなんでしょうか! 必ず取り組みますから!」
頭を床に擦り付け、己に服従する彼女の姿。兄を殺した人間の傲慢さが顕著に現れたような存在の彼女が、怯えひれ伏すことしかできないこの状況に、鵺はわずかに口角を上げる。
「体育祭が、今日から数えて2回目の日曜日にある。来い。そして少しでも廻郷に好印象を残すんだ」
涙と冷や汗が、ベールの頬を次々にかすめる。
彼女が勤める美容院の定休日は月曜日。日曜日は多くの人が利用するため、休暇を取ることが難しい。王に『私のためになりますから、職場くらいは非魔法使いと対等に接してあげなさい。好印象を維持しなさい』と言われている手前、妥協案を出すくらいが精一杯だった。
「振替休日などで、や、休んでいるあの子に近づくことくらいしか⋯⋯」
顔を上げなくてもわかった。今、自分を見下ろす凶悪は赤い目を光らせギロリと睨みつけたことを。
「ひぃ⋯⋯でも、こればっかりは! 働かないと」
「以前、俺はうまく物事を運ぶために振る舞うって言ったからな。安心しろ。必ずお前の日曜日は休みとなるようにしてやる。だから、弁当でも作って来い。
ついでに面白い話も聞かせてやる。当日6時、トドロキ高校人工池前だ」
「え⋯⋯」
「2度は言わねーぜ。認知阻害の呪いもかけてやるから、人目も気にしなくて済む。さて、用は済んだから俺は帰るわー」
窓から後ろ向きで飛び降りた少年は、そのまま暗い街のどこかに消えていった。
「⋯⋯っ、ううっ」
やっと思うように体を動かせるようになったベールは、泣きながら携帯のチャットに文字を打ち込んだ。
愛しの人に助けてほしい。恐怖でどうにかなりそうな自分をその熱で癒してほしいと、ただ愛する男にメッセージを送った。
【あなたの温もりが欲しい。今から一緒にいてくれない?】
ひたすら祈る。彼の温もりさえ感じられるのなら、それで全て満たされる。
すぐに着信の音が鳴った。急いで画面を開く。
【いきなりは難しい。これからは前もって言ってくれ。長く時間を取りたいからね】
「うっ、うっうううう」
甘い言葉は、もっと彼女を虚しくさせた。
・
あっという間に体育祭当日となった。早朝、ベールは弁当作りに勤しんでいた。
鵺が力を使い、彼女の勤務先が臨時休暇となるように障害を起こした。飛び抜けた力を見せつけられては、従う以外の行動は移せなかった。
言われた通り早朝6時前に校門前に立っていた。ここまで大きな荷物も持ちながら歩いてきたが、誰も彼女に視点をやることはなかった。
(まるで透明人間みたい。ああ、どこまで厄介なのよあの化け物は)
ベールは校内案内を見ながら歩き、6時少し前に人工池にたどり着いた。
怯えないために呼吸を整えていると、校舎側から2人の人影が近づいてきた。1人は鵺が人に化けた姿。もう1人は勉強合宿の時に見かけた覚えがある少年だった。
(情報屋って言ってたわよね、あの子)
なんとなく物陰に身を隠していたほうがいい気がして盗み見るように2人の様子を見る。
「さぁ、聞かせてもらおう。
ベールは目を見開く。彼の口調は『鵺』としてのもの。つまり、共に来た少年もソレの本質を知っていることになる。
(どういうこと、彼も脅されているの?)
その考えはすぐになくなった。少年は鵺を前に怯えた様子はない。むしろ小馬鹿にしているような笑みさえ浮かべている。
「いいえ、
少年を見たベールは、有難いのか恐ろしいのかよくわからない感覚を抱く。
(なに、私は何を聞いているの⋯⋯)
震える体に寄り添うのは、初夏のじめじめとした空気だけだった。
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