第53話 重なるもの
亜信の態度の変化より、彼らは情報に意識を向けた。
目の前の彼ですら、手も足も出ない脅威であるのに、それすらも上回る存在が風成にあるとは考えきれない。
現に、彼女の中にいるもう一つの存在、“海色”は、恐ろしくはあるが、抑えることができなくはない。
話を信じられないという表情をする3人を眺めるうちに、亜信は落ち着きと余裕を取り戻した。
頭を片手でかきながら苦笑いで語る。
「完全に至ったら、の話だぜ。今のアイツはちょびっとだけ
腕を下ろし、前を見る。自身の口から明かされる情報を待つ3人が、餌を待つ雛鳥のように見えてきて邪悪な笑い声が口から漏れ出しそうになるのを我慢する。
「“負”として力を振るうには、精神のあり方が深く関わる。廻郷も、花成乃ちゃんも、まだ自分を“人間”と思い込んで本質を封じてるからねぇ」
神の話を聞いたことや、彼女の名を聞いて動揺しない3人の様子を推測して、もう1人の“負”が原赤 花成乃ということを知っている前提で、話を進めた。
「花成乃ちゃんは過去、人間たちに倒された経験がある“負”だぜ。たしか、『常に最弱である妖と悪の王』だっけ。だから、彼女の力には期待していない」
たとえ心身ともに人々が弱体化した現代であっても、『人に倒された』事実があるモノの協力は必要なくかんじていた。
彼は話を続ける。
「
目の前の脅威が本気で力を振るえば、魔法を使えるとしても『幸運値、命健値』を下げられてすぐ決着がつけられてしまう。運良く、その能力が完封されていたとしても、彼の発言から、まだ複数の能力が存在する。
そもそも、存在が国を滅ぼす脅威である時点で、勝ち目が見出せない。
男子高校生2人は、ふるふると小刻みに震えているだけだったが、麗奈は違った。
鵺の発言から、親友が最も脅威であると認めることができた。
「ふうちゃんは、殺されても止まらないのね。だから“消す”なのでしょ」
「正解」
風成が持つ“負”としての概念はとても強大である。
力を振るうために必要な
しかし彼女はどんなに器が変わろうとも、“負”でしかない。彼女を殺したところで、猛威を未来に後回しにしたにすぎない。
「生まれ変わるたび溜まる
「それ、私たちのこと?」
「あぁ、魔法使い。お前たちの魂はいつかの世界で、廻郷の魂と──“負”と出会ってるぞ。証拠にお前らの魂は不自然に濁ってる」
冷静でいようと、一言一句聞こうとした少女は、一瞬にして頭が真っ白になった。残りの2人も、視点が乱れ、立つのがやっとになっていく。
『君たちのはモヤがこびりついて見えにくい』
いつか、麗奈とマリードが死神の一種である少女に言われた言葉である。
この力も、それで起きた多くの横暴も、悲劇も、すべて彼女の存在に関連していた。
風成の魂が、全ての元凶であった。
わざと断片的に、耐えがたい事実のみを切り取り語った亜信は、放心一歩手前の彼らを見て、満面の笑みを浮かべた。
「ここまで強力なモノが! 人を、『廻郷 風成』をやめたらどうなる⁉︎ 全ての力が破壊に向いたら! 神秘を枯らしつつある今の時代に、防ぐ術はない。手も足も出ず滅びゆく貴様ら人間の終焉を持って、吾が悲願は果たされる」
彼はしばらく、まじまじと魔法使いたちを眺めていたが、廊下を歩く人の気配を感じ、時計を見た。
「やべ、15分後には鍵返さないとだ」
亜信は3人の横を通り過ぎ、歩く生徒の名を呼ぶ。
「よぉ、廻郷」
「波、か」
少女の声を聞き、口元に引っかかる声を出そうとする。全く持ち上げられない足で駆け寄ろうとする。
そいつは危険だと伝えるために。
しかし、入り口に立つ亜信の、赤く光る、鋭い眼光に囚われた。
「なにがあったか気になってよぉ、魔法使い共に色々聞いててさぁ〜」
「そうか」
「しんどいなら、いつでも俺にいってくれー、この不気味な力を──」
足音と声は遠く離れ、無音が響く。
そこで彼らはやっと、自分の息がうまくできないことに気づいた。
各々、呼吸を整え、緊張状態をほぐす。
必死に空気を吐き出す音はとまり、3人は学校前の道路を走る車の音を何本か聞いた。
パタっと床に崩れ落ちた麗奈は、絞り出す声で本心を打ち明ける。
「怖い、怖いよ。なんでこんなことになってるの? 事態が悪化する一方なの」
震える声が、叫びになっていく。
「頑張ろうって、粘ろうって。でも次々に無理難題ばかり立ち塞がるの!」
酷く取り乱した彼女は、目の前にいる敵も恋人も気にすることなく、泣き叫ぶ。
そして声を枯らし、ボソッという。
「ふうちゃんも、そうだったのよね。そして、一つだけに決めたのよね。それ以外全部を諦めて、見切りつけて」
風成が自分たちだけに教えてくれた約束の話を思い出す。おかしな話だと笑いながら、しかし顔を赤くし、照れながら語ってくれた。
『また明日って、言ってくれたやつと会うんだ。デカくて、憧れの人間だったことは覚えている』
「──守るわ。せめて、それだけは。あなたを生かすその道だけは」
取り乱している麗奈を見て、最実仁はようやくことの難しさを自覚した。
途中から、恐怖と規格外な話に理解ができなかった。ただ、『風成を絶望させない』ように動かなければならないとは思っていた。
(原因がお前の存在だとしても。俺は)
昔3人で見た朝日と、もう一度『最実仁』の人生を与えてくれた朝日を思い出す。
「また、笑い合いたいんだ」
拳を握りしめて、彼は言う。
「マリード。手を貸してくれ」
返事も反応もないが、彼は続ける。
「風成を一緒に助けてくれ」
彼の呼吸が、再び乱れていく。
「鵺がベラベラ話した意味なんてすぐわかる。無力だと、何もできないと思われているんだよ! 舐められてんだよ!」
爽やかで活発さが特徴の声が、震えきり、裏返る。
「それが、事実なんだよ。俺は、麗奈は、お前は。何もできねぇ」
彼の記憶の中の親友が、潮風に靡く髪を押さえながら言葉を告げる。
『3人なら、違ぇだろ?』
「でも、3人なら違うかもだろ」
俯いて立ち続けているだけの男に目をやる。
彼らの訴えを聞いてなお、彼は何も動きやしない。
その様子を眺めた彼らはハッとする。
彼は、王のためだけに存在するよう育った、人の体を持った人形であることを。
たまに、突然何かに取り憑かれたように動くが、今なおずっと王の命令のために活動している。
彼らは恋人の手をとり、必死に感情を抑えて出口に向かう。
あと一歩で廊下に出るところまで来た刹那。
「⋯⋯のか」
それは、彼から出るはずのない嗚咽。震え。
2人はゆっくり振り返る。
同じ年齢の中で多くを虜にする綺麗な顔の彼が、高身長の肉体美に恵まれている彼が。
次々に流れる涙をみっともなくこぼし、肩を上げて力んでいた。
ただの、男子高校生がいた。
彼は続ける。
「俺でも、いいのか。俺が、アイツを助けたいなんて、言っていいのか」
前世の記憶を持ってしても、自身の頬を伝うものを止める方法を知らない男。
ただ、明確に浮かべている姿があった。
上と下の青に囲まれた場所で、眩しい輝きを一心に浴びる小柄な人影。背景に溶け入りそうな髪。ころりころりとした、澄んだ可愛らしい声。
『ははは、ふふふ』
『助けてくれよ?』
彼女の背中はその言葉と共に、自分を決して見ることのない黒髪の美しい同級生と重なっていった。
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