負〜“最悪の結末”の具現〜

第51話 化けの皮

 最初に動き出したのは麗奈れなだった。


「モミジと貴方はふうちゃんを外に運んでもらえる? タクシー呼んだから、それに4人で乗るわ!」


 最実仁もみじはハッと思い出した。今世の恋人の家族はとても裕福であることを。彼らは麗奈にいざという時のため、あまり上限のない支払い用のカードを渡している。娘に対する信頼の証だ。

 最も近くに居続けた彼がそのことを忘れるほど、彼女は『グラシュ』である時から、カードを無駄に使わないようにしていた。


 重い事実を突きつけられ、衝撃を精神に深く負った直後であるにも関わらず、切り替え、今できることを淡々とこなしていく。


 それは、『グラシュ』にはなかった強さである。


(俺も続かないといけない。繰り返さないためにも、大切なものをこぼさないためにも)

「マリード、頼む。手伝ってくれ」

「⋯⋯あぁ」


 王に属する魔法使いである自身に向けられた、敵意のない強い眼差し。

 自分たちに人生を、前世に続き今世までも介入されている恨みを持つ男が、向けるはずのない意思。


(廻郷、お前の友人は頼もしいな)


 無意識に、マリードの眉に強く力が入った。


 タクシーに説明を通した直後の麗奈の視界に彼の顔がちらっと映ったが、触れることはせず、出発を急いだ。



 風成の自宅に着いた彼らは、風成が所持していた長く使われている財布から、鍵を見つけ出し中に入っていった。


 靴を脱ぎ捨て、麗奈の案内通り一人で暮らすには広すぎる一軒家を歩いていく。


 廊下を過ぎて、リビングと隣接した和室に入る。


「モミジは布団を敷いて、マリードは優しくふうちゃん寝かせて!」


 麗奈はタンスからタオルを引っ張り出し、お湯で濡らしていた。なるべく疲れが取れるような環境の支度をしていた。


 言われたことをしている二人は周囲をチラリと見渡し、口をつぐむ。


 何人が暮らしてもいいような広い家に、生活感あふれる私物は一人分。娯楽品としてあるものも本や漫画、協力や対人要素のないゲームだけ。それも、新作以外は何度も使い回したことがすぐわかるものばかり。


 最実仁は、感情の我慢ができず、震える口から言葉を発した。


「3年間も、か」


 募る罪悪感と、『前世を思い出した後の選択』を振り返り湧いてくる自己嫌悪。

 彼は浮かべる涙を袖で強引に拭き取り、今目の前で苦しそうに横たわる親友をしっかりと見つめた。


 3人の動きが良い方に働き、風成は美しい彫刻のような表情に戻り、深く穏やかな寝息を立てるまでに至った。

 彼女を囲むように立つ3人は、ほっとして一息つく。


 麗奈が左手首の腕時計を眺める。


「ふうちゃんが起きるまで、私は残っておくね。2人は、帰宅してもいいわよ」


 最実仁が小さく首を縦に振りつつ、恋人と親友のクラスメイトの方に視線を向ける。


「神様の言ってたこと、思い返したんだ。なんか、違和感というか、引っかかること言ってたよな。上手くいえないけどさ」


 間髪入れず、マリードが答える。


「意図はわからないが、あの神、俺たちに教えていた。『廻郷』以外の“負”が誰か」

「え」


 驚く彼に麗奈が話しかける。


「名前は言わずとも周りの繋がりを整理すれば解るように。わざと伝えたのよ」


 麗奈の声は、次第に恐怖と怒りが混じった震えが混ざる。


「問わないと。利用する気なのか、別の目的があるのか。に」



 風成は、久しぶりに感じる温もりに浸っていた。


(ずっとここにいたいのに)


 意思と反して、体は動き出し、瞼が開く。そこには朝の日差しと見慣れた自宅の天井、そして、親友を名乗る魔法使いの女の、怒りを隠せていない笑顔が映った。


「おはよう、ふうちゃん」

「何が起きたが説明しろ」


 麗奈は上手く想生歩の正体と目的、明かされた風成自身の本質を隠し、ことの顛末を語った。


「つまり、アイツに“海色”を見られたか。だが、情報を取引し黙らせたと」

「ええ。その後、あなたが深く眠ったから、今私はここにいるの」

「面倒ごとの対処には感謝する。恩は返すから何をさせたいか考えておけ。さぁ、帰れ」

「いやよ」


 即答で拒否されたことが癪に触り、風成は片眉を寄せる。


「売れるだけ恩を売ろうってか? 利用しようと──」

「2度目よ。“海色”の存在、これ以上知られるのはまずいでしょう?」

「それは」

「百歩譲って、アレの対策ができるまで。それまではあなたが拒絶しようとも関わるわ」

「いつまで持つやら」


 ふっと挑発的に嗤う声を聞いた麗奈は、荷物をソファに置き、ズカズカと風成に近づき、顔を近づける。


「ずっとよ。反省と改善の繰り返しだもの」


 風成がしっかりと視野にとらえた目の前の人の、揺るぎない笑みに、遠くにしまい込んだ思い出の中の親友がゆらりと浮かんだ気がした。


「⋯⋯ちっ、勝手にしろ」

「ありがとう」


 その後は無言のまま、登校支度を終え、2人は家を出た。鍵閉めを済ませた風成は、玄関前に立つ2人の影に顔を歪める。


「おはよう!」

「⋯⋯ども」


 親友とよく似た顔のもう一方の魔法使いと、人形のような敵の魔法使いが、まじまじと様子を見る。


(おかしいだろ、これ。絶対何かあっただろ)


 自身を妙に気にかける魔法使いたちに、新たな感覚の恐怖を抱く。そのままギクシャクした雰囲気で4人は高校にたどり着いた。


 彼らはそれぞれ全く別の印象で名が知られている。周囲はおかしな組み合わせにぎょっとしていて、できる限り目で追いかける。


「会橋くん、なんであんな人たちと?」

「脅されたんじゃない?」


 いつもマリードに駆け寄る女子のグループと、2人だけの世界に浸るはずの男の方が目線を合わせる。


「よっ、11組の子だろ? おはよーさん」


 最近他者と接点を作ろうとしていたと言う噂は聞いていたが、気さくな挨拶をされるとは思っていなかった彼女たちは硬直した。


 いつも以上のざわつき。

 暗黙の了解で別コースの校舎に来てはならない特進クラスの面々すら、気になって覗きに来ては驚いていた。


 その中には、校内1の学力保持者もいた。


「ウキキ、どうなってんだこれ」

「亜信くん、あの人たちと接点あったよね?」

「おう、ちょっと行ってくるぜ」


 4人の前に亜信がいつも通りの笑顔で話しかける。


「おはだぜ。で、なにがあったん?」


 気づいた魔法使いたちは、一瞬だけ、変に力んだ。

 その一瞬で、亜信はだいたい理解した。


「放課後、いろいろ聞かせてくれよ。1組特権で借りれる、西側4階の空き教室でさ。魔法使いさんたち」


 どこにでも溢れている気配が逆に恐ろしく感じ、彼らの決意が一瞬だけぐらりとした。



 放課後、亜信の指定通り麗奈、最実仁、マリードは空き教室のドアを開けた。

 空いた窓の淵に両肘をそれぞれかけて、くつろぐ亜信が迎える。


「よし、早速だがいいぜ。俺に聞きたいことあるんだろ?」


 地平線に向かっていく太陽が彼に重なる。少し強い風のせいで、カーテンがバサバサと激しく揺れる。


 唾を飲み、意を決した3人の代表で、麗奈がゆっくり尋ねる。


「あなたも、国を滅ぼしうる叫びと怨念──“負”、ですか?」

「あぁ、そうだぜ」


 いつもどおりの軽いノリで彼は頷いた。


 どこにでもありふれた雑談を、友達と交わすくらいの雰囲気で、次々に答えていく。


「ちょっと前に会っただろ? ほら、面白い女ベールと一緒にさ。禍の化身──“ぬえ”。あれこそ俺の正体だ」

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