第50話 負の存在
彼が明かす素性を素直に飲み込めるはずもなく、
黄泉の神のうちの
逆に、最実仁は混乱していて明かされていることを受け入れる余裕がない。
マリードは推測していたとはいえ、すんなりと素性を話し出す彼に動揺していた。
彼らの混乱を前に、神は思考を巡らせ、落ち着かせようと言葉を紡ぐ。
「長話しましょう。それと、
彼らの心が、人の話に耳を傾けられる余裕を持ったと確認した神は、まずは自分のことについて説明を始めた。
「まず、情報の神とは言いましたが、それも少し違います。私の大元は知恵を司る存在です」
知恵とは物事の道理や筋道を判断し対処する能力を指す。知恵は固定された物ではなく、時代や環境、状況で必要とされるものが大きく異なる。
「
インターネットやSNSが広く普及した情報社会である現代。戦争の世とはかけ離れた日々を送るこの国の人々は、個人の力で得るそれを駆使し生きている。
切り取られたり捏造されたりした情報の存在が確かになり、自身の力で判別をつけなければならなくなった。
『情報は有益であり恐ろしいもの』
多くの人々がそう認知するようになった。
それは、『情報というものへの畏怖』という器になった。
その器を知り取り込み、人の世に紛れたのが『情報の神』であった。
「あぁ、先に言っておきます。一時的な存在の
自身の存在を事細かに話した彼を前に、三人は言葉が出なかった。
「ここまでで質問はないですか? 話を進めても?」
想生歩は彼らが頭の中を整理しやすいように待っていた。
少し間をおいて、マリードが口を開く。
「敬語を省略する。神ならば、上位存在ならば、人に化ける必要もなく奇跡を起こせば良いのでは」
予想外の質問に、神は作った笑顔を崩し目を大きく見開いた。
間髪入れず麗奈が焦り声で話しかける。
「何言ってるの、失礼にも程があるわ。私たちが住むこの国の神は人のための存在ではないわ。共にある全てへの畏怖が神格化されたものなのよ」
麗奈の発言を捕捉するよう、また、次の話に繋げるように想生歩は口を開いた。
「この国を作る数多、それこそが我らの神格。お前たちもかつてはそうだったが、最近は我らを切り離し生きる道を良しとする。共にない存在を助ける必要はないでしょう。
しかし、国を脅かすものがあれば話は別です。それも、我々の不始末が起こしたことであれば」
彼は昔話をポツポツと話し始めた。
神々の力が世を制した、神の時代のお話。
彼らは日の国を統一するために多くのモノと戦い、勝利していった。
対話から戦まで多くの手段を使い、国を定めた。
時代が移ろうとも、彼らの加護を受けた人々が動き続け長く国を維持した。
その中、多くの命が負けたことにより消えたり忘れられたりした。彼らの無念や怨念の行き場を、進む側の彼らは考えきっていなかった。
それは積み重なり、巨大な『国への悪意』と度々変貌した。
その都度、力を持って鎮め対処していた。
ただ、人の在り方の変化により鎮める術や人がだんだんと減っていった。対して『悪意』は時が進むほど募っていき、対処が間に合わなくなりつつあった。
「3つ。いま、国を滅ぼしうる『負』は不思議とこの街に集っています。その1人が、廻郷先輩なんです」
冷たい目つきで彼は寝ている美少女の顔に指を刺す。
神の言葉に冷たい汗が頬を伝う彼らは、じっと彼女を見つめた。
「出現は知っていました。しかし
しかし、早とちりしましたね。『大災害』──廻郷先輩は別の学年でした」
彼のいう『別の負』の存在も気になるが、風成のことを大災害と呼んだことに、3人の手に力がこもる。
「先輩も限界が近い。彼女たちはまだ自身を『人間』と誤認していますけど、先輩は『三つ目の負』に接触し、彼を信用はしてるので」
限界が近いという言葉に、3人の顔が強張っていく。
「なるべく時間稼ぎをしなければなりません。神性が薄い現代にて困難ですが、見つけ出さなければ。彼女たちの存在を抹消する
麗奈とマリードは『フナコギ』との会話を思い出した。
『ソレはこの国にはいらない、居てはいけない残りモノ。痕跡一つさえあってはならない、災いそのものだよ』
少女の想いが口元で大きく膨らむ。少年は抱える同級生の身を強く自分の身に寄せる。
そして彼女の親友と称する少年は、全ての恐れが怒りに塗り代わり、神の襟元を掴んでいた。
「時間稼ぎってなんだ? 存在を抹消ってなんだよ!」
最実仁の言葉を皮切りに、麗奈も口を出す。
「消すべきとか災害とか。ふうちゃんの意思は聞かないの?」
マリードは言葉を出さない代わりに、風成を庇うように抱きかかえ、敵意を全て神に向けた。
彼らの反応が予想外だった想生歩は、口をあんぐりしていた。
「あれ、いつの間に? 先輩のこと、憎んでたり邪魔者と決めたりしてましたよね?」
ただ、生きるものの概念の神格である彼は、その心情を理解した。彼らが強く、本心から風成を守りたいと願っていることを。
「──こんなに早く移ろうのか、お前たちは」
彼は自分の首元に伸びている手に優しく触れた。教えたいことがある子に触れる父親のような仕草で。
「その思いもまた潰えるかもしれませんよね? いっときの情に流されないように。全て壊す災害をとるか、多くがある国をとるか。選択するまでもないでしょうに」
神は神力を込め、最実仁の手を弾き飛ばす。
そして軽く身なりを整え、少し離れた窓際にとっておいたサイン入りの色紙を手に取る。
ひと呼吸後、皆が知っているいつものゆるゆるとした1年生に戻っていた。
「んじゃ〜、おさきに失礼しま〜す」
色紙をヒラヒラとしたあと、彼は階段を降りていった。
残された彼らは後味悪い雰囲気の中、ぶつけようのないモヤモヤを飲み込む。
何も知らず寝息を立てる少女の行く末を見ながら、各々はこれからどうするべきかを定めた。
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