第47話 王の姉

 上のフロアにたどり着いた5人は小さな感嘆を発した。

 若い年齢層の男子が作る行列。その先端を目線で辿ると、長テーブルに積み上がった色紙が見えた。


「こちらへどうぞ!」


 イベント用の制服を着た店員2名が女性をもてなす。


「ご苦労様」


 落ち着いた女性の声を聞いた行列から控え気味の、しかし興奮に満ち溢れた歓声が上がった。


 女性はやや高めの背丈で、髪を頭にまとめて団子にしている。実年齢よりとても若く見えるが、上半分の顔は猫のお面をつけていて隠れていた。


 テーブル前の椅子に立った女性──『作家:かぜゆき きみえ』は辺りをゆっくり見渡す。


 その目線は、列から離れた場所にいる5人を捉えた。

 刹那、風成の体が、とても強い敵意の気配に勘づき、身震いを起こす。


「⋯⋯っ!逃げるぞ」


 無意識に四人を庇うため前にずいっと出た風成は、目の前の光景に言葉を詰まらせ目を見開いた。


 まるで糸の切れた人形のように、フロアにいる人間ほとんどが倒れてしまった。斜め後ろの想生歩も、顔を下に向け倒れ込んでいた。

 この場で立っている者は魔法使いの3人と口角を上げている反面の女性、そして風成のみである。


 “小説家”は、怒りのこもった視線を馬鹿にするように、ゆっくり半面を外し目を細める。


「我が魔法は、挑めば世界は変えられるデッフィ・モン・ショウジンブ。生物以外の全てに特性を付与できるの。例えば『このフロアの床に立つものはたちまち深く眠ることになる』とかね」


 麗奈と最実仁は、魔法の名前と効果、そして魔法を知られても余裕な傲慢さから、彼女の正体を見抜いた。


「お前は、あの暴君の姉か」

「シルグレイ・パッセね!」


 魔法使いの王、ゴールド・パッセには姉がいた。王には敵わないが彼女も強力な魔法使いだった。また、王の所有物は全て自分のものと認識していた。基本身内に甘い王は好きにさせていた。


 彼女の身勝手で無計画な振る舞いも、後のカレッドが起こした大反乱の理由の一つとなっている。


 シルグレイはくすくすと笑い声をこぼしながら話し始めた。


「お久しぶりね、相変わらず魔法使いにあるまじき面構えよ、君たち」


 そのまま目線をずらし、愛しの弟が重宝する・マリードを見つめる。


「よくここに連れてきてくれたわね! 上出来よ、マリード。ご褒美に今日泊まっていってもいいわよ。せっかくなら弟も呼んで──」

「違う」


 最後尾に立つマリードの震えに気付いたのは対の方向に立つシルグレイだけだった。即座に否定を述べた行動も不思議に思う。彼が行うはずのない動きをとったことで、彼女の小さな器に不満がたまる。


 女が所有物マリードに与える罰を考えている中、最実仁の大声が響いた。


「戦うなら場所を移せ! 俺が相手になる!」

「貴方、私に指図したの?」

「ここにいる人たちはお前のファンなんだろ? 被害に合わせていいのか!」

「上位存在のすることに下等生物が否定する権利はないでしょう?」


 最実仁は前世を辿って舌打ちをした。王都の魔法使いたちは皆、驕り高ぶっていたことを思い出す。彼らと会話は不可能だと暴れた過去を振り返った。


 王の姉は明るい表情を作り、倒れた人々の上を遠慮なくズカズカ歩きながら喋りはじめた。


「炎の魔法使い。貴方、今この場で死になさい! 再生の子は私についてくること。貴方さえいればそこの“イレギュラー”ふくめた人間全員に手は出さない。マリード、貴方も来なさい。躾直しよ」


 周囲に対してあまりにも乱暴な扱いをする女に、1番腹を立てたのは風成だった。周囲を弱いと決めつけ、力を無責任に振るうそぶりに我慢ができない。


「このクソババァ、隠居し⋯⋯」

「待って、先輩」

「え? お前」


 激昂した心が驚きのあまり沈む。制止の声掛けとともに腕を掴んだのは、先程倒れたはずの想生歩だった。これには魔法使いたちも目を丸くしていた。


 シルグレイも予想外の出来事に余裕が少し崩れている。


「なんで? もしかしてあなたもイレギュラーなの? そんな情報知らない⋯⋯」

「関わらないつもりでしたよぉ。でもぉ、嘘ばかり聞こえるから腹立ったんっす。

 この場の者たちにんげんに手を出さない? そもそもに来たでしょう、おまえ」


 想生歩が口調を変えた直後、彼を中心に圧迫されるような雰囲気がまたフロア全域を支配した。


 意識ある5人は冷や汗を次々に浮かべ、体の震えを感じていた。


 お構いなしに後輩は言葉を続けた。


「知っています。おまえはサイン会を他の作家では類を見ない頻度で行っているでしょう? そこに参加した子たち限定で行方不明になった件数の割合は国の平均の4倍でした。魔法とやらを、その色紙にかけて洗脳でもしました?」


 少年の指摘にシルグレイは眉をひそめた。


 推測は正しい。

 色紙に『思考を制限する』という特性をかけて、より“魔獣生成”に適した上質な肉体を集めていた。大勢だと怪しまれると考えて多くて2人までにしていたが、人間に対する価値観がずれていたため、魔法使いたちは違和感を持たれると思っていなかった。


 少年は彼女をゲテモノを見るような蔑みの目で見ていた。

 下等と思っている人間の、それも自身よりはるか年下の少年による軽蔑の目は、シルグレイの心を逆撫でる。


(壊してやる、ガキが! う、うごかない!)


 反抗できない哀れな生物を見て、想生歩は鼻で笑った。


「本屋、良い商いです。叡智を収めた紙の束を売ることで、『知を買う』ことを実現してます。

 だからこそ、知性のかけらも無い行動をするお前にここは似合いません。

 おれの目の前でことは起きました。きちんと相応の対処をしないと。何が原因でか分かりやしませんから」


 彼が飾りのような笑顔を作った刹那、腕を握られていた風成の様子に変化が起こる。


「ぐあぁぁぁぁぁあ!」


 脳内全てを無理やり塗りつぶされる苦痛に叫ぶ少女の声に、同学年の魔法使いたちは目を見開き震える手を伸ばした。


「風成!」

「ふうちゃん!」

廻郷まわりざと! 貴様、何を⋯⋯」


 海色の輝きが肥大化し、ゆっくり消えていく。収まった発光源の少女の体は、真っ白な肌と海色に輝く瞳と髪を有していた。


 麗奈の唇が震えながら、説明を求める。


「う、“海色”? なに、何をしたの、君」

要頬かなめほほ先輩。見ての通り、現状打破のため助太刀です」


 “海色”はギロリと隣を見る。


「図々しさもここまで来ると文句が出なくなるのですね」

おれだって不本意です。しかし物事の優劣はいつだって決めないとでしょう」

「はいはい。最悪な知恵じょうほうは受け取りました。さて、早速従いましょう」

「廻郷先輩には絶対秘密です。協力はそれが条件ということをお忘れなく」


 異次元の気迫を漂わせる2人は動き出す。


 “海色”は舌打ちをした後瞳を瞑り、数多くの記憶を辿る。そして的確に思い出した。


 本当の自分とは大きくかけ離れてしまった一片。

 そばにいた存在と多くを過ごしたいと願い、人に成りきろうと努めた、狂ったを。

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