よどみ憑依

第42話 黒き猛炎

 星が雲に覆われている、一面似たようなモヤの夜空を、カレッドは自室で寝そべりながら横目で見ていた。まるで自身の心情を露わにしたような光景は、彼に少しの安らぎを与えた。


 少しでも何かで気を紛らわせておかないと、怒りで今すぐ風成を殺しに行きたくなっていた。


 前世、王側の魔法使いたちにより恋人と引き裂かれ、失った過去の後悔と憎しみ。奇跡的に今世で再開してから、彼はその二つを原動に生きてきた。前世の過ちを回避する生活は3年近く続いた。そしてこれからも続くようにさらに努める気でいた。


(あの気持ち悪い空間を出てからなんだ。グラシュがおかしくなったのは!)


 眉間に皺を寄せたまま鋭い目で網戸を見る。眠気は全く来ない。一息ついてスマートフォンに手を伸ばす。暗証番号を打とうとしたその時。


『憎きのままに⋯⋯』


 微かに、しかし確かに。多くの声質が重なった言葉を耳にした。カレッドは身震いしながらも、その声に全ての意識が惹かれた。


 気づけば現代の親にバレないように窓から外出していた。自身の魔法で出した炎を纏いゆっくり降下した後、人の気配が皆無の道を走る。


「ここは⋯⋯」


 ハッと冷静になって辺りを見渡す。足を止めたところは、山に続く住宅街の外れだった。


「一体何が⋯⋯」


 ガサガサと山奥から何かが迫ってくるような音が聞こえてくる。カレッドは極度の緊張から身を硬直させてしまった。

 木々を抜け、彼の目の前に現れたソレは黒い霧状の塊。


『憎きのままに! そのを使え!』


 黒い霧は彼の体に覆い被さった。



 トドロキ高校の昼休み。3年の教室が並ぶ廊下の一箇所はざわめいていた。


 騒ぎの中心にいる3人の人物。1人は学校1の嫌われ者で、残りの2人は自分たちの世界に浸る恋人同士。


「どちらも人とあまり好んで関係持たないタイプだろ」

「あのバカップル、要頬さんの方は最近やたら交流を広げようとしてたけど」

「まさか栂部くんの方が話しかけるなんて」

「よりによってあの廻郷にだぜ」


 周囲の人々以上に、風成は驚愕していた。目を見開いて、動きが全く取れないほど動揺している。

 一方、麗奈は恋人が昨日までの態度を急に改めたことを不思議に思いながらも、かつてのように3人で仲良くなれるのかもしれないと期待を抱いた。一緒に登校する最中、カレッドが風成とまた話したいと言った時は疑念を抱いていたが、自分1人では気まずいと付き添いを頼んできたことに安堵を抱いた。


 カレッドは満たされた顔の恋人を微笑ましく見つめてから、目の前の小柄な少女に親しげに言葉をかけた。


「あえて苗字で呼ぶよ、廻郷。結構時間空いたしな、俺たち」

「⋯⋯」

「いきなりだよな。俺さ、冷静に考えたんだよ。いつだってお前は俺たちを王達あいつらに売らなかった。警戒する必要はないって気づいたよ。むしろ、かつてのように親しくしたい」


 彼の目に映る少女の瞳が沈む。だがそれは拒絶より、悩みを浮かべたものに近い。


 彼はそのまま、話を続ける。


「再び親睦を深めるためにさ、3人で遊んだ近所のあの山で遊ばないか? ほら、中学の時たまに行った公園近くの入り口で」


 彼の提案に真っ先に声を上げたのは麗奈だった。


「それはっ、急すぎない? 確かに昔はたくさん遊んだけれども、その、3年近く私たちは」

「わかった」

「え、ふうちゃん⁉︎」


 まさかの承諾に慣れない大声を出してしまった麗奈は咳き込んだ。すぐさま恋人が背をさすったおかげで早く持ち直す。


 彼女が落ち着いたことを確認した風成は言葉を続けた。


「いつにする。今日は部活があるから後日がいいだろう」


 賛成を示そうとした麗奈だったが、突然かレッドが抱擁したため動きを止めた。代わりにカレッドが意見を言う。


「今日にでもいいか? 一刻も早く、隙間を埋めたい」

「⋯⋯早くて21時になるぞ」

「助かる! グラシュ、君も俺のわがまま聞いてくれる?」


 慣れた前世名での呼びに何か引っ掛かるものを感じた麗奈だったが、久々3人で、思い出の場所に行けるワクワクが勝り首を縦に振った。


「じゃあ、放課後また!」


 気前のいい声で麗奈と共に教室へ戻る彼。

 反対に、背を向けた風成の表情はとても強張ったものであった。


 彼女の手の震えまでを確認したのは、人に囲まれながらも様子を見続けていたマリード1人だった。



 部活を終え、支度を一式した風成は時間を確認して外出の準備をした。


「お前のことは不快だ。だが、お前のおかげで気づけるのだ、“海色”」

『その感謝のお返しに私と一緒になってくださればいいのですけれど』


 ずっと聞こえていた。

 親友を騙る魔法使いの男が、近づくたびに、言葉を発する毎に。


 “海色”の声は、人が自身に抱く悪意に比例して大きくなる。特に彼と話してからはその“海色”とができるほどになっている。彼が並ならぬ悪意を向けていることは、内側から響く大きな笑い声から察していた。


『木刀一本ですか。包丁の方が殺傷能力はありますよ?』

「奪われた時こちらが不利になるだろ。いいんだこれで。に解決方法はない。せめて、私が罪を被って終わりにしたい。──友の名にキズをつけてなるものか」


 手にした武器を強く握りしめ、呼吸を整えた後、風成は家を後にした。



 待ち合わせの時間通りに、3人の高校生は公園のそばにある山の入り口に集まった。風成は彼らに木刀が見つからないように上手く隠しながら歩く。


「早速行こう!」


 爽やかな笑顔を見せるカレッドと、その隣で心から楽しそうに歩き出す麗奈。

 普段好まない外出を深夜に差し掛かる時間帯でしている、小さなリュックにたくさん詰め込んだものや備えているスポーツドリンクを持つ彼女を見る。

 風成は胸が締めつれられる想いを押し殺し、2人の後に続いていった。


 会話がないまま黙々と進む雰囲気に耐えられず、麗奈は静かに話題を振った。


「何回もこの山には来たけれど、深夜近くにきたのはこれで2回目ね。ほら、深夜の怪異を調べるために、家族に秘密で抜け出した日のこと」


 風成は口から溢れそうな思い出話を咄嗟に閉じた。


 中学1年の今頃。3人で家を抜け出し、山に集い怪異調査という名目で夜の山道を探索した。幸いにも何事も起きず山を降りたところ、風成の父に遭遇。3人の家族は子供達がいなくなったことに気づき近所の人達と共に探していた。そのまま近所の大人達のところに連れて行かれてとても怒られたあの日。


 この記憶を今語ってしまうと、大切な親友たちが目の前の偽物達に塗り替えられてしまう気がして恐ろしかった。


 さらに雰囲気が沈み冷や汗をかく麗奈は、一旦冷静になろうと辺りを見渡した。


(あれ、こんな道あったっけ)


 恋人の後をついていっているが、いつの間にかアスファルト一つない、獣道のようなところを進んでいた。漠然とした不安が過ぎる中、先頭の彼が動きを止めた。


「グラシュ、後少しだから、ちょっと後ろに下がっていて。廻郷、お前の力を借りたい。このくらいの倒木なら俺たちでどかせるだろ」


 麗奈は首を傾げた。夜道なのでスマホのライトをつけて歩いていたのだが、カレッドの前方に倒木があった記憶がない。オドオドしていると背後から来た風成が、声をかけた。


「もう数歩下がれ。危ない」

「う、うん」


 胸騒ぎが治らない彼女だったが、ずっと見つめてくる親友の瞳に押され、言われた通りに後ろに下がった。同時に、背後に回ったことで風成が隠し持っていたものを見つけてしまった。


(なんで、木刀を?)


 声を掛けようとした途端。

 

 隣に来た風成を、炎を纏った足で思いっきり蹴る恋人を見た。


「⋯⋯な、なに? 何してるの⁉︎」


 数メートル離れた場所まで衝撃はあり、メラメラと炎が飛ばされた少女の道をしるす。

 それを眺めている彼の顔は、暗闇でもわかるほど、ひどく歪んだ笑顔だった。


「ふぅ、やっと邪魔者を消したんだ。グラシュ、君を奪おうとした奴は始末して⋯⋯」


 カレッドの声質でありながら、深い闇を帯びた言葉は閉ざされた。

 彼の体を纏い、敵へ続く道を作った炎は一瞬のうちに消えていた。


 ふらりと、人影が揺れる。飛ばされた少女の体は、土や葉による汚れや擦れ傷のほかに、死人のような真っ白な肌と海色の髪と瞳へと変化をしていた。


 何が目の前で起きているか整理がつかない麗奈は茫然と目の前で起きていることを見ていることで精一杯だった。


 彼女を置いて、2人の時は進んでいく。


 カレッドは魔法が使えなくなったことに気づき、怒りで歯を強く食いしばった。動きを封じるため力強く蹴飛ばしたはずだが、たいした傷を負っていないことにも苛立ちを覚えた。


「殺す⋯⋯殺す‼︎」


 彼の怒号を笑って聞いている“海色”は、さらに怒りを駆り立てようと余計な言葉を告げる。


「殺意がダダ漏れすぎますよ。風成わたしでも何をしてくるかすぐわかりました。受け身、得意なんですよ。まぁ衝撃で気を飛ばしてしまいましたが。まだまだですね」


 聞き取れない強い叫びを放つカレッド。その身を炎の代わりに、黒いモヤが憎しみを体現するように纏う。


 “海色”は上品な振る舞いでにやけていたが、耐えきれず、感じるまま高らかに笑い声を上げた。


「あはははは! さぁて、その人間うつわを壊して差し上げます!」

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