第41話 結果で示せ

 深夜の一連の出来事を忘れる勢いで、彼らは最終日の勉強に励み解散した。

 合宿を通して協力しながら勉強するコツを掴んだ彼女たちは、度々図書室や空き教室に集いテスト当日に備えた。


 その頃の風成は過去問題集や模擬問題集の点数が赤点を安定して上回るようになっていた。しかし難易度はいつも通りとは限らない。コツコツと周りの助力を受けながら当日まで粘った。



 中間テストから数日後。風成は担任教師と共に職員室にて話していた。

 彼は生徒のテスト結果をとても誇らしげに眺めていた。


「廻郷さん、全教科赤点無しとは。合宿参加していたからな。たくさん頑張ったんだな!」


 発端となった部活動制限の対象から彼女は外れた。彼は晴々とした笑顔を生徒に向け、その頑張りを多くの言葉で伝えた。


 照れによってにやけそうになる顔を必死に引き締めながら風成は一礼をし、その場から離れようとした。2人の前に痩せ型の中年が迫る。


「ふむ、たまたまでしょうな」


 問題児として知られている女子生徒に冷たい目線を向ける教師。担任教師は自分が受け持つ生徒を庇うように立ち、彼と睨み合う。


「細稲教頭。何か御用で?」

「いやいや、甘く設定してしまったと思ったのです。今回は部活動参加生徒の成績向上は見受けられましたが、無所属の生徒にはあまり効果がなかった」


 生徒の前で彼が妙なことを言い出すのではないかとヒヤヒヤした担任は、風成に小声で退出するように話しかけた。しかし、彼女はなぜかずっと立ち尽くしている。

 細稲教頭はわかりやすいため息をつき、言葉を続けた。


「連帯責任にすべきでしょうか。条件を変えるべきでしょうか。自分の失敗が全体に大きく迷惑をかけてしまう。それを学びより個人として立派になっていけるよう──」


 あくまで欠陥を補おうとする教頭に、担任は冷静に意見を述べた。


「結果を出した部活動生たちにはなにも言うことはないのです? 特に生徒会の彼らが企画した勉強会参加者はのけなみ成績が向上しました。協力により結果を出したその過程は?」


 細稲教頭は表情を尖らせ、咳払いをする。それはまるで彼らが努めた過程に注目する必要がないと言わんばかり。あくまで彼は補い合いより個人の力による育成を曲げないつもりだ。


園倉そのくら先生、ただでさえ専門科の生徒には問題行動が目立ちます。どんなに優秀であってもそれを引っ張る欠点があってはいけない。それを治さなければいずれは我が校にキズが」

「一部共感するところはあります。しかしね、その欠点を個人のみの責任とする方針はいかがなものかと」


 体格のいい園倉教師は、体を大きく貼り、上司である細稲教頭を威圧するかのような熱量を出しながら距離を詰めた。


「第一、こうと決めた方針を一部の結果のみで変えようとする誠実性のなさ。教育者としてどうでしょう。生徒諸君はきちんと結果で示しているのに」


 意見をまっすぐ冷静に伝えている彼であるが、その瞳の奥に宿る熱意は、頑張りを見せた生徒達を蔑ろにされた怒りに満ちている。


 細稲教頭は喉をしめたような息をひゅっと出したかと思えば、唸り声のようなみっともない音と真っ赤な表情を浮かべながら去っていった。


 園倉教師は風成に謝罪と共に後ほど大人達で話し合うことを伝え、職員室の中から彼女を見送った。


 退出し、廊下を少し歩いた先。スマートフォンを片手に壁に寄りかかる後輩の少年──想生歩がいた。


「あ、先輩。ちぃ〜す」

「⋯⋯ん」


 風成は彼の前に立つと、周囲を見渡しながら胸ポケットにつけていたペンに見えるものを渡した。


「これでいいか?」

「うぃ〜。まいどぉ〜」


 早速彼はそれを引き伸ばす。現れたのは小さなボタンの数々。ペンの形状をした録音機を扱い、目当ての発言がうまく入っていたことを確認する。


『たまたまでしょうな⋯⋯細稲先生⋯⋯』

「いやぁ、面白いやりとりだねぇ。太内教頭派がこれで少しは優位になるといいなぁ」


 卑怯なことをした気分に陥った風成だが、他者が理不尽を押し付けられる事態を回避するためと言い聞かせその場を去る。


(そもそも、私が借りを返すと言ったせいだ)


 深く大きなため息をついて、部活の準備に取り掛かるためその場を離れた。



 風成は教室の荷物をまとめ武道館に向かっていた。生徒会室の扉が見えた時、そこから村上と魔法使いのカップルが出てきた。

 想定したこともない組み合わせだったので、驚きのあまり体が動きを止めてしまう。


(早くこの場を去りたい)


 心情通りに身体は動いてくれない。とりあえずゆっくり呼吸を整えてみる。

 とたん、彼らの目線を浴びてしまった。


「廻郷さん、今から部活動ですか? よかった、きちんと認証されたのですね」

「あ、ふうちゃ⋯⋯。こんにちは」


 好意的な眼差し。そわそわした態度。その向こう側に隠しきれていない敵意を抱く人。


「む、村上、くん。どうしたんだ」


 魔法使いたちは自分たち以外の人々を“下位の存在”と見下す考えをもつ。目の前の2人も例外ではなく、散々周囲を蔑んできた。


 そんな彼らが人を手伝っている。彼らと長くいる風成の思考は自然に疑いに染まった。


 特に村上がターゲットにされているとなると怒りが湧く。今の自分とは異なり、人のため動き、人のために努める優しい存在を、自己保身の具現のような2人に踏み潰して欲しくはない。


 険しい顔をする風成の心情をなんとなく感じ取った村上はメガネをくいっとあげながら状況を話した。


「お二人は手伝ってくれています。先日の合宿運営に関して第三者としての意見をまとめてもらい、職員室に提出しに行こうとしてたのです」


 村上の気遣いを見た彼女はさらに表情を曇らせる。これを機に恩だ貸しだと彼らに言いくるめられるのではと歯を食いしばり眉間に皺を寄せる。


 不信を浮かべる少女の前に、麗奈は真剣な面持で近づき、口を開いた。


「私が言い出したの、何かできることはないのかなって。あの期間、結局なにもできなかったから。それに私は魔法使いである前に──」


 とたん、背後にいる恋人が大きく咳き込む。彼女は急いで言葉を紡ぎなおした。


「私というを改めて知って欲しくて。それだけなの」


 見放してきた周囲に対する罪悪感と、荒れ果てた心を持つ友人に今度こそ寄り添いたいという願望を含んだ眼差しが、風成に届くことはなかった。彼女が言い終わる前に小柄の少女は3人を横切り、振り向いた時にはさらに小さな背中となっていた。


 村上は用紙の束をぐっと握りしめている少女の様子を伺う。なんと声をかければいいかと戸惑っていたら、くるりと振り返り顔を見せた。


「さて、行きましょう!」


 悲しい気持ちや辛い気持ちを押し殺した作り笑顔と明るい振る舞い。


 眼鏡から哀れみが溢れないように彼は再びクイっと調整する。


(切り替えないと)


 歩き出そうとした途端、背後のおぞましい気配に鳥肌が立つ。これには触れない方がいいと不良時代から築き上げた勘を信じ、生徒会長はあえて正面を向いたまま目的地へ踏み出した。


 廊下にポツンと立つ少年は、炎がふつふつと溢れる手を強く握りしめていた。


「グラシュ⋯⋯。こんどは、あの女が俺から奪うのか⋯⋯!」


 憎悪の火が、1人の魔法使いの胸中に猛りだした。

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